マナ's Blog

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【diary】日本カトリック医師会大阪支部講演

今日の誕生日inマナ…なおやくん13歳、さきちゃん11歳、となんくん8歳、ひなたちゃん6歳、神さまの祝福がありますように!

今日はお昼から自治会の方々にこうのとりのゆりかごについての説明会を開かせていただきました。ご心配な点や貴重なアドバイスを頂き、真摯に対応させて頂こうと思っております。また応援しているよとのお声も沢山いただきました。感謝いっぱいで目頭が熱くなります。「ひよどり台2丁目に素晴らしいところがあるよ。」と言って頂けるように頑張ります。

明日は日本カトリック医師会大阪支部で講演をさせて頂きます。一般公開ですので、もしよろしかったらお出で下さい。

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【聖書】栄光と力は主のもの・詩編29編

詩編29章・・・・・・栄光と力は主のもの
「栄光と力を主に帰せよ」29:1

くぅ〜ママのちょっと一言
神は火、地震、風の中に顕現されるとよく表現されますが、ここでは嵐の中に表される神が書かれています。9節の「月満ちぬうちに子を生ませる」は「林を裸にする」の訳を、そして「雌鹿」を「樫の木」の訳の方を使って表現してみました。
詩人は神の力強い支配を感じ、その神が救ってくださることを確信して主のみ名を褒め称えているのです。目には見えず、その声を直接聞く事はありませんが、信じる者を守り、働きかけてくださる神に心から感謝を捧げ、声の限り主を讃美したいと思います。

聖書要約
御使いたちは主を褒め称えよ。栄光と力を褒め称え、清い衣を着てみ前に出なさい。主のみ声は水の上に、雷雲の中から響きます。その声は力強く、威厳に満ちています。その声は杉の木をなぎ倒し、レバノンの巨大な木も引き裂きます。レバノン山、シルヨン山を揺り動かし、子牛のように躍らせる。神の声は稲妻のように響き渡り、荒野を揺るがします。それは巨大な樫の木を倒し、森を揺さぶって丸裸にします。神殿では主に栄光あれと褒め称えます。大洪水をもたらして、全宇宙の支配者であることを示された主は引き続き力を表されます。そしてご自分の民に力を与え、平和をもたらし、祝福してくださるのです。


 

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【diary】プリンター

今日の誕生日inマナ…りほちゃん20歳、ひかるくん15歳、まなちゃん14歳、ゆうりちゃん9歳、るいやくん4歳、かほちゃん1歳、神さまの祝福がありますように!

 

プリンターが壊れてしまいました。紙送りが出来なくなってしまいました。絶対しないといけない仕事を終えた後だったので良かったです。1年半酷使したのでやむを得ないと、今日新しく買ってきました。インクも新しいの買いました。プリンターは消耗品であることは認識していますが、急に動かなくなるのは仕事上怖いです。あたらいいのは真っ赤の小型。気分が明るくなります。

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【聖書】み手の業を悟る・詩編28編

詩編28章・・・・・・御手の業を悟る
「主の御業、御手の業を彼らは悟ろうとしません」28:5

くぅ〜ママのちょっと一言
敵対する者に命が脅かされている人の嘆きの詩。その敵とは仲間なのです。裏切り、欺き、うそ、神なき世界には正義や秩序がないのです。それは詩篇の詩人の時代も今の時代も同じなのではないでしょうか。人間の心にすむ悪なるものを排除して主をお迎えしたいと思います。主が導いてくださる青草の原で、主を仰ぐ仲間と一緒に喜びをもって生きていきたいのです。

聖書要約
ああ主よ、どうかお助け下さい。あなたは私を守って下さる岩です。あなたが沈黙されたら私は死ぬしかありません。どうか私の叫びをお聞き下さり救ってください。口先ではいいことを言っても悪意を抱いている者たちと私を一緒にしないで下さい。彼らを悪事に応じて報いてください。彼らは神様のことなど全く関心もないのです。彼らを完全に滅ぼしてください。
私の訴えをお聞きくださった主を褒め称えます。私は主に拠り頼みます。主が助けてくださるので、私の心は喜びが湧き上がるようです。主よ。あなたの民をお救い下さい。いついつまでも私たちを導き養ってください。

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【diary】赤ちゃん同窓会

今日の誕生日inマナ…はなみちゃん20歳、あみちゃん17歳、るりちゃん16歳、ゆきひでくん12歳、しんたろうくん11歳、てんとくん9歳、たくまくん1歳、神さまの祝福がありますように!
                   * * * *

今日は午前の妊婦健診が終わった頃に昨年マナ助産院で誕生した赤ちゃんがママと一緒にやってきてくれました。アメリカとヨーロッパから日本に来ているママたちです。ママたちの日本語の上達にはびっくりします。お二人とも初産でしたが、上手にお産をしてくださいました。お産中は気を使わせてはいけないと私たちも英語で頑張りましたよ。(ほとんど単語ですが…)日本の赤ちゃんより目鼻立ちがはっきり…頭の形も違います。それぞれのいのちのバトンですね。肌の色、髪の毛の色が違っても理解し合ってみんなで仲良くこの地球上で暮らしたいです。
 

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【聖書】主の家に宿る・詩編27編

詩編27章・・・・・・主の家に宿る
「命の限り、主の家に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを」27:4

くぅ〜ママのちょっと一言

1〜6節は力強い信仰の詩、そして7節以降は悩みの中から主への叫びが歌われています。どちらにしても苦難の時に主がどのように自分を取り計らってくださり守ってくださったかが歌われています。8節の「わたしの顔を尋ね求めよ」を「ここに来てわたしと話そう」という訳をつかったのですが、主の慈愛に満ちた目、主の優しいみ手を感じる箇所です。心静に主を見上げれば、主の励ましの声が聞こえてくるような気がするのです。

聖書要約
主は私の光、救い、命の砦です。私は誰を恐れることがあるでしょう。私に向かってくる者こそよろめき倒れるでしょう。彼らが私に陣を敷いても恐れません。
私が主にお願いするのはただ一つです。それは 命のある限り主のみ前で暮らすことです。主のある喜びを頂くことです。
主は私の苦難に際して、必ず匿ってくださり、敵が手出しできないようにしてくださいます。その時私は主を讃美します。主は私の声に耳を傾け、「ここに来てわたしと話そう」と言ってくださいます。私は「主よ、参ります」とお答えいたします。主よ、どうか私から離れないでください。父母が私を見捨てようとも、主は必ず私を迎え入れ、慰めてくださいます。主よ、私がどうすべきかを教えてください。彼らは私を告発しようとしているのです。偽りを言い広めようとしているのです。私はそのような人間ではありません。主の道を歩もうとしてきた私を憐れんでお救い下さい。主は必ず守ってくださいます。私はそのことを人々の前で褒め称えるのです。

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【diary】面談型こうのとりのゆりかご

今日の誕生日inマナ…ゆうやくん18歳、しおねちゃん15歳、めぐみちゃん10歳、のりかちゃん4歳、神さまの祝福がありますように!
                     * * * *

今日は神戸市の子ども家庭局と保健福祉局の方々と「面談型こうのとりのゆりかご」設置のための話し合いがありました。話し合いを重ね、市のご懸念の点にお応えしていく作業を続けてきましたが、振り返ると、どんどんいい形のものに仕上げってきたと実感しています。マナ助産院がどのようにしたら虐待や遺棄されるいのちをつなぐ場所となれるのかが明確になってきました。
神戸に「こうのとりのゆりかご」を設置すると「こうのとりのゆりかごin関西」が発表して以来、設置を断念したという報道が全国的に3度流れ、「残念だったね」の言葉を沢山いただいてきましたが、後退したことも立ち止まることもなく前に進んできた数か月間でした。
6月4日に再び記者会見があり、経過をご報告する予定ですが、自分を追い詰めて命を絶とうとしている方々や、思いがけない妊娠をして途方に暮れている方々が失望するような報道になりませんように。ポストがなくても、また児の預かりをしなくても、命を守り、子どもを育てることができないと追い詰められた母親の手から、児が次に暮らすいくつかの幸せの場所に命をつなぐことができます。それがマナ助産院の「面談型こうのとりのゆりかご」です。その設置が実現に向かっていることを、必要としている人に朗報として届けることができますように。

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【聖書】主の栄光の宿る所・詩編26編

詩編26章・・・・・・主の栄光の宿る所
「主よ、あなたのいます家、あなたの栄光の宿るところをわたしは慕います。」26:8

くぅ〜ママのちょっと一言
26章は義人の祈り無実の人の訴えと言われています。最初は今までの自分は主に従って歩んできたことを確信をもって主に告白しています。しかし後半はこれからの自分の歩みについて主に従って生きていけるようにと主に願っています。そして最後の聖歌隊という言葉と主に逆らう者の集まりと訳している言葉は同根語なのだそうです。かつて憎しみを覚えて座を共にしないと言った人たちと一緒に主を讃美すると述べているのです。
自分が正しいと主張するところには信仰の平安はないと思うのです。御心に適う生き方をさせてくださいと祈るときに、また共に生きる人々も主に愛されている大切な一人であると思うときに、傲慢な心がすっとなくなるような気がします。本当の平安に満たされた思いとはこのような状態を言うのではないでしょうか

聖書要約
私はいつも主のおきてを守ろうと心がけてきました。どうぞお確かめ下さい。行動だけでなく心も見てください。私は主の恵みと真実に従って生きてきました。悪事を働き、主に逆らうような者たちの集まりには参加するようなことはありません
私は手を洗って身の潔白を証明し、主の奇跡を人々に語ります。あなたのご栄光がある所にいたいのです。
私を罪人と一緒にしないで下さい。私はこれからも主に従って生きていこうとしています。どうか憐れんで、お救い下さい。私は主に従う道に立っています。私はそのことを聖歌隊と共に讃美します。

 

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