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【聖書】サマリア・列王記上16章

列王記上16章・・・・・・サマリアと名付けた
「彼はその築いた町の名を、山の所有者であったシュメルの名にちなんでサマリアと名付けた。」16:24

くぅ〜ママのちょっと一言
16章では北王国イスラエルの歴代の王が列挙されています。
南王国ユダが、ソロモン王の後、レハブアムアビヤムアサと3人の王が次々と代わっていく間、北王国イスラエルではヤロブアムが国を治め続けていましたが、アサがユダを治めるようになって3年目にヤロブアムに代わってナダブが王となり、続いてバシャが謀反を起こして王となり、エラジムリに続いてオムリアハブ王になりました。
南王国は主に従うアサ王の治世が長く続きますが、北王国は次々と王が代わっていったのです。
そして偶像礼拝のサマリアの町がオムリ王によって築かれたことが書かれています。また、エリコの町も再建されます。ヨシュア記6:26に、ヨシュアがエリコの町を滅ぼした時「この町エリコを再建しようとする者は主の呪いを受ける。基礎を据えたときに長子を失い城門を建てたときに末子を失う。」 と誓ったと書かれているのですが、この町を再建した時にその通りのことが起こったことが記されています。
サマリアの町ですが、新約聖書に出てくる良きサマリア人の例え話にも出てきますし、イエスキリストが水を求めた女性もサマリアの女性として書かれています。サマリアは偶像礼拝の町、また混血の町として、ユダヤ人の歴史の中で、特に捕囚後、ユダヤ人はサマリア人を忌み嫌いました。しかし使徒言行録には、「福音はエルサレムから始まって、ユダヤ、サマリアへと広がっていきました」という記事があり、異教の地に福音が伝えられた最初の町ということになります。その後どんどんと異教の地にも福音が伝えられ、私たちの日本にも旧約聖書そして新約聖書が伝えられたのです。「まことに「罪」のいや増すところに「恵」もいや増すなり」主の恵が世界にあまねく広がる日がきっとくると期待します。

聖書要約
バシャは主の目に悪とされることを行い、預言者イエフに主に裁かれることを預言されます。
イスラエルの王エラ
バシャに続いて、その子エラが王になり、2年間王位につきました。ジムリが謀反を起こして王となります。ジムリはバシャの家の者をすべて撃ち滅ぼしつくしました。またむなしい偶像礼拝でイスラエルに罪を犯させ、主の怒りを招きました。
イスラエルの王ジムリ
ジムリは7日間のみの王でした。その後軍の司令官オムリが王となります。
イスラエルの王オムリ
オムリは主の目に悪と思われることを行いました。オムリは山を買い取って町を築き、サマリアと名付けました。そこを偶像礼拝の拠点としてどの王よりも悪を行ったのです。そのオムリも死に、その子アハブが王となります。
イスラエルの王アハブ
アハブは22年間サマリアでイスラエルを治めたのですが、以前のどの王より悪を行いました。また妻のイゼベルはサマリアにバアル神殿を建て、アシュラ像を築き主の怒りを招いたのです。またべテル人ヒエルがエリコの町を再建したのですが、基礎を据えた時に長子を失い、扉を付けた時末子を失いました。

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【聖書】列王記上15章

列王記上15章・・・・・・主の目に適う正しいこと
「アサは、祖父ダビデと同じように主の目に適う正しいことを行い…。」15:11

くぅ〜ママのちょっと一言
北王国と南王国の王が互いに関連付けながら紹介されています。王の名前と王位の年数とその時の北南、双方の相手側の王の名前、そして神の前にどう生きたかということが必須項目として記されています。
私の死後、もしその人生を言いあらわすとしたらどんなことが挙げられるでしょうか。この世に生まれた日、この世を去った日、主からお預かりした二人のわが子をとにかく一生懸命育てたこと。そして一番大事なのは私自身がどのように生きたかということだと思いますが、それは学歴、職歴などで表されるものではなく、人に対してどう生きたか、また神の前にどう生きたかということが大切なことのように思います。「主を悲しませるような場面もいっぱいあったけど、いつも主の前にざんげし、人と仲良く暮らし、いつも主に忠実に従おうと生きてきました。」と言えるような生き方が出来ればなあと思います。

聖書要約
ユダの王アビヤム
北王国イスラエルではヤロブアムが王になって18年目、南王国ユダではレハブアムに代わってその子アビヤムが2代目の王となりました。アビヤムは3年間王位にありました。母の名はマアカ。アビヤムも父を同様、主に従わず罪を犯しました。しかし主はダビデ故にダビデの家系を絶やす事はなさいませんでした。ダビデはウリヤの事以外では全て神に従った王だったのです。
ユダの王マアサ
北王国のヤロブアムが王になって20年目、ユダではアビヤムに代わってアサが王位につきました。母の名はマアカ。アサは父や祖父とは違い、主の目にかなう正しいことをしました。神殿男娼を追放し偶像を壊し、偶像を作った母マアカも退けました。しかし聖なる高台を取り除く事はしませんでした。朝とイスラエルの王バシャとの間には戦いが絶えませんでした。アサが死んだ後、ヨシャファトが王となりました。
イスラエルの王ナダブ
ユダ王国でアサが王になって2年目に、北王国ではヤロブアムの子、ナダブが王となり2年間国を治めました。ナダブも父と同様悪の道を歩んだ王です。ナダブは謀反を起こしたバシャによって殺されます。バシャはヤロブアムに属する者を全て滅ぼしました。アヒヤの預言通りです。
イスラエルの王バシャ
ユダのアサが王になって3年目にイスラエルではバシャが王となります。バシャはヤロブアムの道を歩み、主の目に悪を行ったのです。

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【聖書】列王記上14章

列王記上14章・・・・・・レハブアムの罪
「その母は名をナアマと言い、アンモン人であった。」14:31

くぅ〜ママのちょっと一言
ソロモンの死後分裂した北王国イスラエルと南王国ユダの様子が書かれています。どちらも主から離れていったことが書かれています。南王国ユダの方の記事には、レハブアムの母がアンモン人であったことが2度も書かれています。聖書は女性の名まえが記されることも珍しいことなので、読んでいて不思議な気がします。ナアマはソロモンの外国人の妻の一人でした。レハブアムがカナン的な異教の文化を取り入れていったのはこの母の影響です。そのことを聖書は強調しているように思います。
現代の日本でも男性中心の社会であり、国家や社会を動かしているのは男性ではありますが、実はその妻やその母の影響がないとは言えません。いやすべての人は母から生まれ、女性の手で育てられることがほとんどです。と言う事は男性中心の社会とは見せ掛けで女性が社会を動かしているのかもしれません。レハブアムの母は国を悪へと導いてしまいましたが、今子育てしているすべての母たちが、人と人とが仲良く暮らし、分かち合い、平和な国を作ることを願い、なによりも主を畏れる心を子どもに教えることができたら、次代は変わる!そんな思いがするのです。世の中を変えることができるのは女性なのかもしれません。

聖書要約
ヤロブアムの子の病死
ヤロブアムの子どもが病気になりました。ヤロブアムは妻に変装させて、自分が王になると預言してくれたシロの預言者アヒヤの所に子どもの病気がどうなるかを聞くために送り出しました。
アヒヤは主から前もってこの事についてお告げを頂いていました。主はこう言われたのです。「お前の子どもは死ぬ。わたしはおまえを選んでイスラエルの王とした。ところがおまえは金の子牛をつくり、他の神々を拝して、これまでのどの王より悪を行った。だからいずれお前の家族は汚物のように徹底的に拭い去られる。」と。そして神はイスラエルをも捨てると言われたのです。妻が帰ると預言の通り、子どもは死にました。ヤロブアムは22年間国を治めました。その間戦争が耐えませんでした。ヤロブアムが亡くなった後、その子のナダブが王になりました。
ユダの王レハブアム
一方ユダではソロモンの子レハブアムが王となり17年間国を治めました。母はアンモン人でナアマと言いました。ユダの国もイスラエルの国と同様、王が聖なる高台を作り、偶像礼拝や神殿男娼など異教の慣習が広まりました。レハブアムが王になって5年目にはエジプトのシシャク王が攻めてきて神殿と宮殿の宝物を奪っていったのです。レハブアムとヤロブアムの間では戦争が絶えませんでした。やがてレハブアムは死にその子アビヤムが王となりました。

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【聖書】列王記上13章

列王記上13章・・・・・・聖なることをおろそかにしたヤロブアム王
「志望する者はだれでも聖別して、聖なる高台の祭司にした」13:33

くぅ〜ママのちょっと一言
神の人が預言した事は後に南王国ユダのヨシア王によって実現します。(列王記下23章ヨシアの宗教改革)その事は祭壇がさける、灰が飛び散るというしるしを通して、また老預言者の証言をとおして神が警告されていたのですが、ヤロブアムは間違いを改めませんでした。前の章ではヤロブアムの罪は2体の子牛の偶像と主が定めた祭司ではなく、王が祭司を選び、祭儀に介入したという2つのことが指摘されましたが、ここでは偶像のことは触れられていません。祭司については本来レビ人から選ばれなければなりませんでしたし、王が祭壇に犠牲を献げたり、香を焚いてはいけなのです。
聖なることへの畏敬の念を忘れてはいけません。現代に生きる私たちは多くの律法からは解放され、ただイエスキリストを信じる信仰によって神の子とされる恵に生かされています。しかし洗礼、聖餐式、主の招命、礼拝、聖会、献金など主との聖なる交わりをおろそかにしてはいけないということを学びたいと思います。

聖書要約
ベテルへの呪い
ヤロブアムがベテルで祭壇に香を焚こうとしていると、神の人が来てこう預言しました。「ダビデの家にヨシアという王が現れ、聖なる高台で礼拝を捧げている祭司達をいけにえとして捧げる。人骨がお前の上で焼かれる。その証拠に祭壇が裂け、脂肪の灰が飛び散る」と。ヤロブアムが「捕まえろ」と手を伸ばすと、その手は麻痺して動かなくなってしまいました。と同時に祭壇が避けて、灰が飛び散りました。王は麻痺した手を元にしてほしいと願ったので、神の人が祈ると手は元に戻りました。王は礼がしたいと神の人を王宮に招きますが、神の人は「ここでパンを食べたり、水を飲んではいけない。来た道に戻ってもいけないと主から命じられている」と言い、他の道を通って帰っていきました。
ところがその話を聞いたベテルに住む老預言者が神の人を追いかけ、「自分も預言者であり、主があなたを自分の家に招き、食事をするようにと言われた」と、引き返すように勧めたのです。神の人はそのとおりにしました。しかし食事中に主が老預言者の口を通して、「あなたは主の命令に従わなかったので、あなたの亡骸は先祖の墓には入れない」と言われたのです。老預言者は神の人をだましたのでした。その言葉通り、神の人がろばに乗って帰る途中に獅子に襲われ、その亡骸は道に打ち捨てられていました。そのことを聞いた老預言者がその場所に行きますと、亡骸の側に獅子とろばが立っていました。この光景を見た老預言者は、神の人が預言したことは必ず起ると確信したのです。しかしこの出来事の後も、ヤロブアム王は聖なる高台の祭司を志望する者を王が任命して祭儀を行わせてのです。ここにヤロブアムの罪があるのです。

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【聖書】列王記上12章

列王記上12章・・・・・・ヤロブアムの罪
「自らの祭壇に上って香をたいた」12:33

くぅ〜ママのちょっと一言
ソロモンの侵した罪によってダビデ王朝の子孫は神の祝福を受けることができなくなってしまっていました。新しく王になったレハブアムが自分の大きく見せることによって、かえって民の心は離れてしまったのです。しかしヤロブアムも主の道を歩めば祝福されると預言されていたにも関わらず、偶像礼拝の罪に陥ってしまいます。これがその後「ヤロブアムの道」と言われる主に背く姿なのです。
こうして歴史を見てみると、主の言葉に従うだけで主から祝福を受けることができるのに、なぜこんなに簡単なことができなかったのだろうと思います。しかし現代の私たちにも同じことが言えると思います。どうしたら主から祝福を受けることができるかは明らかにされています。それは主を信じ、主を礼拝し、聖書の言葉に忠実に歩むこと。そしてイエスキリストの十字架の愛の下で生きることです。それがなかなかできない現代人の姿はレハブアムやヤロブアムと大きな違いはないのかもしれません。

聖書要約
王国の分裂
レハブアムの即位式にイスラエルの人々は集まりました。エジプトに亡命していたヤロブアムも帰って来て、新しい王にイスラエルの民の要求を差し出しました。それは「あなたの父が課した過酷な労働を軽くしてくれるなら、私たちはあなたに仕えます」と言うものでした。レハブアムは「3日後に答えを出そう」と、民を帰らせました。その間レハブアムはソロモン王に仕えていた長老に意見を求めると、「優しい言葉をかけることで民は新しい王に仕えるでしょう」と言いました。レハブアムは自分と同世代の者達にも意見を求めました。すると彼らは「私は父より権力がある。だから父が課したものよりもっと重い負担を強いる」と言いました。王はそちらの意見を取り入れたのです。その結果イスラエルの人々は「私たち10部族はダビデ王家に用はない。レハブアム王はユダだけの王になればいい」とそれぞれの天幕に帰ってしまいました。しかしレハブアムはイスラエルから労働力を集めようとアドラムを派遣しましたが、イスラエルの人々は言うことを聞くどころか、アドラムは殺されてしまいます。同行していた王はやっとの思いでエルサレムに逃げ帰りました。その後イスラエルの人たちはヤロブアムを王に擁立して国家を作りました。ユダ族(とベニヤミン族)だけはダビデ王朝に仕えたのです。レハブアムはユダとベニヤミン族からえり抜きの兵士を募り、特別攻撃隊を整えてイスラエルを攻撃しようとしましたが、預言者シャマヤに「戦いを挑むな」との主の言葉が臨んだので、戦う事はしませんでした。
一方ヤロブアムはイスラエルの民がいけにえを献げにエルサレムの神殿に上って行くことによって彼らの心がレハブアムに移るといけないと考えて、金の子牛2体を作り、ベテルとダンに高台を作りそこに置きました。ヤロブアムはレビ人でない人から祭司を任命し、彼は勝手に8月に祭りを定め、自ら祭壇に上って香をたいたのです。

 

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【聖書】列王記上11章

列王記上11章・・・・・・ソロモンの心は主から離れた
「ソロモンの心は迷い、イスラエルの神、主から離れたので、主は彼に対してお怒りになった。」11:9

くぅ〜ママのちょっと一言
栄華を極めたソロモンでしたが、主の戒めを守らず、特に年は神から離れた生活を送ったため主の祝福からもれてしまったのです。外国の女性と結婚する事は申命記17:17で禁じられています。それは異教礼拝を招く危険性があるからです。ソロモンはその主の教えを軽んじてしまったのか、まったく守らなかったのです。
その後のイスラエルは北王国10部族と南王国1部族とに分裂します。イスラエルは元々12部族ですが、ユダ族とベニヤミン族は1つの部族とみなされることがあり、ここでは1部族となっています。
主への信仰を貫く事は難しいことなのかもしれません。あの知恵者のソロモンでさえ、主の道から外れてしまったのですから。私は大丈夫とか、少しくらいなら…という気持ちから、気がつけば礼拝者でなくなってしまっているということにならないようにと思います。やはり日々聖書に聞き、祈り、週の始まりの日曜日には主に礼拝を献げるクリスチャンの生き方を崩したくないと思います。

聖書要約
ソロモンの背信とその結果
ソロモンは多くの外国女性を愛しました。700人の王妃と300人の側室がいました。彼女達はそれぞれの国の神々をイスラエルに持ってきました。ソロモンが老境に入ったとき、彼女達は王の心を迷わせて、他の神々に心を向かわせました。またそれぞれの神々の祭壇を築き、いけにえを献げたのです。主はソロモンに2度も現れてお怒りになりましたが、ソロモンは主の戒めを守らなかったのです。主は「あなたに授けた契約と戒めを守らなかったので王国を取り上げる。但し、ダビデとエルサレムのゆえに1部族だけをあなたの子孫に残す。そしてソロモンが存命中は取り上げない」と言われたのです。
 こうして王はソロモンに敵対する者を起こされました。一人はエドム人のハバドです。かつてエドムはダビデの部下であるヨアブによって征服されましたが、ハバドはエジプトに亡命していたのです。もう一人はエルヤダの子レゾンです。レゾンもかつてダビデがツォパを滅ぼしたときダマスコに逃げた仲間を集め、自らが首領となっていたのです。
もう一人の反逆者はネバテの子のヤロブアムです。ヤロブアムはソロモンの有能な部下です。ある日預言者アヒヤがヤロブアムに10の部族を主から与えられることを預言されます。そして主の道を歩み、ダビデのように命令を守るなら、祝福を与えようと主は言われます。
ソロモン王はヤロブアムを殺そうとしますが、ヤロブアムはエジプトに逃げ、ソロモンが死ぬまでエジプトに留まりました。ソロモンは永遠の眠りにつき、その子レハブアムが王になりました。

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【聖書】列王記上10章

列王記上10章・・・・・・巨万の富を得たソロモン
「ソロモンの時代には、銀は値打ちのないものと見なされていた。」10:21

くぅ〜ママのちょっと一言
金で作った盾の重さは大盾が約7Kg、小盾が1.7Kgだったようです。10章はソロモンの巨万の富、物質的な豊かさが書かれています。そしてソロモンが多くの人から尊敬された様子も伺えます。
人としての本当の価値が問われるのは、例えば富を得て裕福になった時や人の上に立つような立場になった時にどれだけ謙遜になれるかではないかと思います。高収入や安定した職業につく事は素晴らしいと思います。しかしそこには「傲慢」という落とし穴があることを知っていなければなりません。傲慢な生き方は周りの人ばかりでなく神さまからも見離されてしまいます。

聖書要約
シェバの女王の来訪
シェバの女王がソロモンのうわさを聞き、大勢の従者を連れて、香料や金宝石を携えて、難問で彼を試そうとやってきました。ソロモンはその難問に見事に答えました。女王はその知恵だけでなく、宮殿や食卓、家来たちの素晴らしさや神への献げ物を見て、うわさは実際の素晴らしさの半分にも及ばないと言いました。ソロモンは女王に用意していた贈り物の他に女王が望むものをプレゼントしました。
ソロモンの富
ソロモンの歳入は金、税収、貿易で得た収入もありました。ソロモンは得た金で大盾200枚、小盾300枚を作りました。また象牙の大きな椅子を金で覆い、獅子などの細工をしました。これほどのものはどこの国にもありませんでした。ソロモンの食器はすべて金製で銀製のものなどは一つもありません。銀は値打ちのないものとみなされていました。ソロモン王の船団はヒラム王の船団とタルシシュの船団を所有しており、金銀象牙、さる、ひひを積んで入港しました。諸国からはソロモンの知恵を聞こうと贈り物を携えてやってくるので益々富は豊かになりました。ソロモンは戦車なども輸入しましたが、それらを輸出して貿易による収入も得ていました。

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【聖書】列王記上9章

列王記上9章・・・・・・砕かれた心
「この地とこの神殿に、主はなぜこのような仕打ちをされたのか」9:8

くぅ〜ママのちょっと一言
主の言葉ははっきりしています。どんなにりっぱな神殿よりも、主に誠実に従うことを望んでおられるのです。7年もの歳月をかけて素晴らしい宮殿を建築して、主に献げたソロモンの心を主はお受け取りになりましたが、もし主から離れるようなことがあれば、そのような神殿はなんの価値もなく廃墟となるといわれるのです。
私たちの信仰も形ばかりになったり、惰性になったりしたときには主から同じ言葉を頂くことになるでしょう。本当に砕かれてた心で主に向かって、心から礼拝を捧げる者でありたいと思います。

聖書要約
主の顕現
ソロモンが神殿と宮殿を建築した後、主がソロモンに現れて語られました。「わたしはあなたの祈りを聞いた。この神殿に絶えず目を向け、心を寄せる。但し、父ダビデのように誠実に歩み、おきてと法を守るなら、イスラエルの王座につく者は絶えることはない。しかし、私に背き、教えを捨てて他の神々を拝むなら、与えた地から追い出し、神殿を廃墟と化す。」と。
ソロモンの業績
20年がかりの建築に協力したヒラムにソロモンは20の町を送りましたが、ヒラムは送った金に見合わない荒地であるとこの町々を気に入りませんでした。
ソロモンは神殿と宮殿のほかにもミロの要塞エルサレムの城壁などを築きました。ゲゼルはエジプト王が征服した町ですが、ソロモンに嫁がせた娘に結婚の贈り物として与えた土地でした。ソロモンは戦争で征服した町の人々を労働者にしましたが、イスラエルの人々を労働力しては扱いませんでした。
王は年に3度祭壇にいけにえを献げました。
またソロモンは紅海に面した町に造船所を作りました。ヒラムは熟練した水夫を差し向け、そのお陰で多くの金がソロモンの元に集められました。

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【聖書】列王記上8章

列王記上8章・・・・・・神が住まわれる所
「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることができません」8:27

くぅ〜ママのちょっと一言
神と神殿と民の関係がソロモンの祈りで分かります。主は神殿におられるわけではないのです。神殿で献げた民の祈りを主よ、お聞き下さい。また神殿の方に向かって祈る祈りを主よ、お聞き下さいということなのです。神殿が偶像化することがないようにとの配慮が伺えます。プロテスタントのクリスチャンは建物や像や写真を敬ったり、拝むということはありません。クリスチャンは手を合わせ、祈る時、天におられる、また私たちの側におられる、また私たちの心の内におられる主がお聞きくだっているという信仰を持っているのです

聖書要約
契約の箱の安置とソロモンの祈り
神殿の完成に際して、ソロモンはイスラエルの長老、すべての部族長、イスラエル人書家系の首長を招集しました。神の箱と神殿の備品をダビデの町から搬入するためです。数え切れないほどの牛や羊のいけにえが献げられ、盛大な祝宴が催されました。神の箱が神殿の至聖所に運び込まれた後、祭司達が聖所から出ると、なんとまばゆいばかりに輝く雲が神殿に満ちました。その時ソロモンは祈りました。それは父ダビデに約束してくださったことが実現されたことへの感謝、そして未来にわたって主の守りがあるようにという願が続きました。またソロモンは「イスラエルの神はこのような神殿に住まわれるような方ではないのはよく分かっています。しかし天からこの神殿で祈られる祈りに目を注いでください」と祈ります。それは隣人に罪を犯した時、あなたに罪を犯したことによって敵に打ち負かされた時、罪のために雨が降らなくなった時外国人であっても偉大な神を知ってあなたに祈る時、戦いに出る時、もしあなたに罪を犯し捕虜となって国を出るようなことがあって神殿に向かって祈るとき、このような祈りを主よお聞きくださるようにとソロモンは祈りました。その後でイスラエルの民に向かって祝福したのです。主を称え、主は先祖と共に歩んでくださったように、私たちと共にいて見離されることがないように、主に心を向け、主の道に従い、主の戒めと掟を守らせてくださるようにと。王が献げたいけにえは牛2万2千頭、羊12万頭でした。祝いは14日間続き、民は主がして下さった多くの恵を喜びそれぞれの天幕に帰っていきました。

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【聖書】列王記上7章

列王記上7章・・・・・・神殿建築と宮殿の建築
「ソロモンは13年の年月をかけて宮殿を築き、その宮殿のすべてを完成させた」7:1

くぅ〜ママのちょっと一言
ソロモンは7年かけて神殿建築を終えた後、13年の歳月をかけて宮殿を建築しました。宮殿の大きさは神殿の4倍だったということです。ソロモンは宮殿建築の前に神殿建築を手がけたということが分かります。
私ごとですが、ソロモン王の建築の後に言うのははばかれるようなほんの小さな経験ですが、マナ助産院は教会の建築のすぐ後、同じ業者によって着工しました。お気づきの方もあると思いますが、外壁と屋根は同じ色、同じ素材で作られています。教会建築は教会員で話し合って色や素材を決めたのですが、私の心の中では同時に助産院のものも決まっていきました。教会のほうが若干大きいと思います。常に自分のことと同時に、教会のことを考えたいと思います。沢山の方々の心の拠り所神の愛が発信される教会自分の最期を託す教会が潤うことが私たちの幸せの基という思いを持ち続けたいと思います。

聖書要約
宮殿の建築
ソロモンは神殿建築の後、13年かけて宮殿を建てました。宮殿にはレバノンの森と呼ばれる大広間や柱の間、王が訴訟を聞くための裁きの間などレバノン杉張り巡らせた部屋が作られました。エジプトから娶った妻のためにも自分と同じ大きさの住まいを宮殿の中に作りました。建物はすべて大きくて高価な石が用いられました。
神殿の備品の製作
青銅細工の熟練工であるヒラムをツロから呼び寄せ神殿の備品を作らせました。ヒラムが作ったものは二本の柱、柱の上に載せる柱頭(ゆりの花の形)、柱頭を覆う格子網、格子網に並べられたざくろ、洗盤とその台10ずつ、大洗盤とそれを支える12頭の牛、灰壷、十能、鉢。これが青銅で細工され作られました。また神殿で使う器具や調度品は純金で造られました。至聖所の祭壇や聖卓、職台などです。神殿の工事が完成した時ソロモンは神殿の宝物庫にダビデが主に献げるために特別に取っておいた金、銀などを納めました。

 

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