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【聖書】ルカ14章

ルカによる福音書14章・・・・・・神の国の食卓につく
「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう。」ルカ14:15

くぅ〜ママのちょっと一言
当時、安息日の礼拝後に、おもだった人を招いて宴会をすることはよくあったようです。そこでイエスが水腫の男を癒されたことが書かれています。安息日など律法を守ることは神に栄光を帰す為のものですから、安息日であっても神が喜ばれることはするべきなのです。
上席を好む者への警告ところでは、謙遜に生きることは、高慢に生きることに優っていると教えています。物質的に豊かであれば、人は自分の力を誇り、高慢になりがちですが、物質的に恵まれていても、そうでなくても、神の前にどう生きているかが問題なのです。
ユダヤでは大宴会を催す時に仮の招待状を出し、再度、招待する習慣があったようです。この大宴会のたとえは「神の国の食事」です。旧約聖書は仮の招待状を現わし、2度目の招待は、バプテスマのヨハネやイエスの弟子達の招きを指しています。2度目の招きに対して、先に招かれていた人は色々な理由をつけて宴会を欠席します。そこで急遽、当時罪人と呼ばれているような人々や通行人が招かれたのです。神の国の食卓につくことは、永遠の救いを意味します。神の宴会の招待状を手にしたときには、何事にも優先してお受けしないといけないのです。
弟子の条件では3つのこと求められています。ひとつは神への愛です。それは親兄弟の愛よりも、自分への愛よりも勝る愛です。二つ目は自分を捨てること。三つ目はこの世の富みへの執着を捨てること。これらのことは決して容易いことではありませんが、今日まで神から愛され、守られてきたことを思うときに、このような弟子としての生き方が出来るのではないかと思います。

聖書要約
グッド安息日に水腫の人を癒す
安息日イエスはファリサイ派の議員の家で食事することになりました。そこにいた水腫を患った人にイエスがどうされるか、人々は見守っていました。そこでイエスは「安息日に病気を治すことは許されているか」と人々に聞き病気を癒されました。そして「息子はおろか牛であっても、井戸に落ちたら安息日でもすぐに引き上げるではないのか」と言われました。誰も答えることはできませんでした。
グッド客と招待する者への教訓
「招かれた時は上席に座らず末席に座りなさい自分から名誉を受けようとする者は低くされ、自分から腰を低くする者は身に余る名誉を受ける」とイエスは言われました。また「宴会を催す時は、あなたにお返しをすることが出来ないような人々を招きなさい。あなたは天からの報いを受ける」と言われました。
グッド「大宴会」のたとえ
イエスがたとえで話されました。「大宴会の時間が来ても、招待された人々はことごとく口実をつけて出席を断った。『畑を買ったので。牛を買ったので。妻を迎えたばかりなので。』怒った主人は広場や路地に行って、貧しい人や体の不自由な人を連れて来させた。最初に招かれた人たちで私の食事を口にする者は一人もいない」と。
グッド弟子の条件
イエスについて来た群集に向かってイエスは言われました。「誰でも私に従いたいのなら、父母、兄弟、自分の命以上に私を愛し、自分の十字架を背負い、この世の富みへの執着を捨てて従ってきなさい」と言われました
グッド塩気のなくなった塩
イエスの弟子なら、イエスに従うこれらの覚悟を失ってはいけません。それは塩気がなくなった塩のようです。

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【聖書】ルカ13章

ルカによる福音書13章・・・・・・実のなるいちじく
「御主人様、今年もこのままにしておいてください…来年は実がなるかもしれません。」ルカ13:8

くぅ〜ママのちょっと一言
「実のらないいちじく」のたとえですが、ある人とは神、園庭とはイエス、実をつけることの出来ないいちじくの木は私達です。「実」とは平和の実、喜びの実、善意の実 柔和の実、愛の実、寛容の実、親切の実、誠実の実、節制の実(ガラテヤ5:23)そのような実をなかなかつけることが出来ない私達です。神は愛のお方ですが、厳しい裁き主でもありますから、本来なら、罪ある私達を赦すことは出来ません。しかし神は御子イエスを私達の罪の身代わりとして十字架につけることによって、私達に救いの道を与えて下さいました。私たちが切り倒されずにすんでいるのは、十字架に架かってくださったイエスが日々私たちのために、神に執り成して下さっているからなのです。「狭い戸口」とは入ろうとしても入れない人が多いということを表わしています。戸が閉められる時、すなわち地上での楽しみが終わり、終末の悲しみが覆っていると時に、戸の中では、天の喜びの宴会が始まります。神の裁きの結果で戸口の内と外に分かれるのです。
神に切り倒さないでくださいと執り成し、めんどりが雛を集めるように、戸の中に入るように手招きしてくださるイエスの愛に答えて生きていかなければならないと思います。

聖書要約
グッド悔い改めなければ滅びる
何人かの人がやってきて、イエスに「ピラトがエルサレムの神殿で供え物をしていたガリラヤ人を殺害した」と告げました。イエスは「殺された者が特別罪深かったわけではない。シロアムの塔が倒れて犠牲になった者も同じだ。あなた方も悔い改めなければ、同じように滅びる」と言われました。
グッド実らないいちじくの木のたとえ
イエスは次のようなたとえ話しをされました。「ある人がぶどう園にいちじくを植えたが、三年経っても実がならない。とうとう腹が立てって、『これ以上手をかける必要はない』と切り倒すように園庭に命じた。すると園庭は主人に言った。『もう一年待ってください。念入りに肥料をやってみます。来年、実をつけるかもしれません。』と。
グッド安息日に腰の曲がった婦人をいやす
安息日にある会堂に18年間出血で腰が曲がったままになっている女性が入ってきました。イエスがその女性に「あなたの病気は治った」と言われると、たちどころに腰が真っすぐになり、賛美して出て行きました。「安息日に働いてはいけない」という会堂長にイエスは「安息日でも牛やロバの綱を解いてに水を飲ませる。まして18年間もサタンに縛られていた女性を解放してやることがなぜ悪いことか」と言われました。人々はその教えを聞いて喜びました。
グッド「からし種と「パン種」のたとえ
神の国は見る間に大きく成長するからし種ややパンを膨らせる酵母のようなもの。やがて世界中に広がります。
グッド狭い戸口
「救われる人は少ないのか」と問う人にイエスは答えられました。「天国の門は狭いが、出来る限りの努力をして、そこに入りなさい。入ろうとしても入れない人が大勢いる。主人が戸を閉めてしまわれたら、どれほど戸を叩いても入ることはできない。あちらこちらの国からやってきた人が神の国の宴会の席につきます。今、軽んじられている人が多いにほめたたえられます。
グッドエルサレムのために嘆く
ファリサイ派の人々がイエスに忠告しました。「ヘロデがあなたの命を狙っているから、ここから出て行きなさい」と。イエスは「私は人々をいやし、悪霊を追い出すのは限られた間だ。しかしエルサレム以外では殺されることはない。わたしは「あなた方が救われるように」と何度も神に執りなしたが、あなた方はそれを拒んだ。あなた方は見捨てられる。そしてその日が来るまでわたしの姿を見ることはない。

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【聖書】ルカ12章

ルカによる福音書12章・・・・・・神の前に豊かになる
「尽きることのない富みを天に積みなさい」ルカ12:33

くぅ〜ママのちょっと一言
イエスは神との関係を忘れ、地上の冨、自分の力を頼みとして生きることの愚かさを説かれました。人生は「持つこと」や「自分の楽しみ」が大切なのではなく、神の前に豊かになることが大切なのです。それは神への感謝と、神の愛を人々に分かち合うこ生き方ではないかと思います。この後、続けて、弟子達に「思い悩むな」といわれました。私達の関心事である大方衣食住のことは神様からみれば些細なことで、すでに私たちに用意されているものです。だから「思い悩まずに、ただ、神の国を求めよ」とイエスは言われました。
「腰に帯、ともし火…」はイエスの再臨への備えが書かれています。イエスの再臨がいつかは誰にも分かりません。だからしっかりと「神の前に豊かになる生き方」をしていなさいと聖書は教えています。


グッド偽善にきをつけさせる
群衆が集まる中で、イエスはまず弟子たちに言われました。「悪いことを心に持ちながら偽善ぶるファリサイ派の人々に注意しなさい。彼らの偽善はパン種のように膨れ上がり、明るみにでます。
恐るべき者 体の死の後、地獄に投げ込む力のある神を畏れなさい。小さな雀さえ大切にされる神は、あなたの髪の毛の数までご存じなのです。
グッドイエスの仲間であるといい表す
人の前でイエスを知らないというものは、天使達の前でイエスから知らないと言われます。しかしイエスに逆らうくらいなら赦されますが、聖霊(神の力)に対する冒涜」は赦されないことです。
グッド「愚かな金持ち」のたとえ
群集から遺産相続の仲裁を願い出た人がありました。イエスは「貪欲には気をつけなさい」と言われ、豊作を経験した金持ちの話をされました。彼は「私の収穫物を、私の倉に納め、私の人生を楽しもう」と考えます。「今夜あなたの命は取り上げられる。おまえのこれらのものはどうなるのか」と言われました。自分のために富を積むことより、神の前に豊かになることが大切なのです
グッド思い悩むな
何を食べようか着ようか思い悩むな」とイエスは言われました。空の鳥を養って下さり、野の花を美しく装って下さる神、ましてあなたたちのことを考えてくださらないはずはありません。「ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」貧しい人に愛を行いなさい。それらは富みとして天に蓄えられます。「あなたの富があるところに、あなたの心もある」とイエスは言われました。
グッド目を覚ましている僕
腰に帯、ともし火を灯して主人の言われたとおりの働きをしているとことを、不意に帰ってきた主人に見られる僕は幸せです。
グッド分裂をもたらす
「地に平和が来るには、御心に適う人が選別されなければならず、そのために分裂が生じる」イエスは言われました。
グッド時を見分ける
天気予報で色々なことを予測するように、今何をすべき時かを知りなさい。
グッド訴える人と仲直りする
裁判に連れて行かれる前に仲直りすれば、牢に入らなくても済む。それと同じように、今、神との和解、悔い改めをすべき時なのです。

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【聖書】ルカ11章

ルカによる福音書11章・・・・・・呼吸するように祈れる者に
「わたしたちに必要な糧を毎日与えてください」ルカ11:3

くぅ〜ママのちょっと一言
主の祈りが書かれています。父よ、(罪に滅びる私達をイエスキリストの十字架によって贖い、神の子として下さった父への呼びかけ)御名があがめられますように。御国がきますように(神の臨在が重々しく現わされ、神の支配が実現しますように)わたしたちに必要な糧を毎日与えてください(「私」ではなく「私達」になっているのは私も含め世界で飢餓で苦しむ人がないようにという愛が込められた言葉)わたしたちの罪を赦してください。わたしたちにも自分の負い目のある人を赦しますから、わたしたちを誘惑に遭わせないで下さい(「私達の罪を神さまが赦してくださったのだから、私達も赦すことが出来る者としてください」と神のみ前に身を低くして祈る)ことをイエスは教えられました。わたしたちは朝、起きたらまず一日の導きを祈り、食事の前には食事の感謝の祈り、寝る前には一日の感謝の祈りをします。そして呼吸するように主に恵みを体に取り込み、周りの人々に愛を注ぐような祈りの人になりたいと思います。

聖書要約
グッド祈りについて
一人の弟子がイエスに祈りを教えてほしいと頼みました。イエスはこのように教えられました。「父、御名があがめられますように。御国がきますように。わたしたちに必要な糧を毎日与えてください。わたしたちの罪を赦してください。わたしたちにも自分の負い目のある人を赦しますから、わたしたちを誘惑に遭わせないで下さい」 また、旅行中立ち寄った友のために、真夜中に別の友だちにパンを借してほしいと熱心に頼んだ人のように、「求めなさい。そうすれば与えられる。」また「罪深い人間でさえ子どもに良いものをあたえるのであれば、天の父は求める者に聖霊を与えて下さらないはずはない」と言われました。
グッドベルゼブル論争
イエスが悪霊を追い出したことで人々はすっかり驚いてしまいました。中には「イエスは悪霊の頭だから悪霊を追い出すことが出来る」と言う者や、「本当にメシアなら奇跡を見せろと」と言う人もいました。イエスは「悪魔たちが内輪もめするようなことはしない。ユダヤの教会にいる悪霊を追い出すあなた達の仲間に聞いてみなさい。私は神の指図によって悪霊を追い出しているのだ。悪霊より強い神の国がすでに来ているのだ」と言われました。
グッド汚れた霊が戻ってくる
イエスは「汚れた霊が出て行った後、神を心の中心に迎えていなければ、汚れた霊が仲間を連れて戻ってきて、前より悪い状態になる」と言われました
グッド真の幸い
「すばらしいイエスを育てた母はなんと幸せなのでしょう」という女性にイエスは「御言葉を聴いて、守る人が本当に幸いな人だ」と言われました。
グッド人はしるしをほしがる
「人々はメシアを証明する奇跡を見たがるが、ヨナのしるし(3日目に魚の腹から生き返り神の言葉をニネベの町に伝える)と同じように人の子イエスも今の時代のしるしとなる。またソロモンの知恵を伺いに遠路はるばるシェバの女王はやってきたが、彼らに優るイエス自身が、神の国到来のしるしであるのに、それを認めず、悔い改めない人たちは罪に定められる。」とイエスは言われました。
グッド体のともし火
「ともしびを燭台の上に置くように、イエスの光に照らされて、光の子となった弟子達には、入ってくる者(異邦人)に「光が見えるような(イエスを指し示す)証人となる使命がある」とイエスは言われました。
グッドファリサイ派の人々と律法の専門家を非難する
ファリサイ派の人々に食事に招かれたイエスは、律法で定められている食事の前に身を清められなかったことで不審がられます。イエスは貧しい人への施しなど内が清いと、外も清くなると言われ、宗教家たちの形ばかりの献金や上席や挨拶されることを好み、守りきれないような規則を民に押しつけていることや、預言者たちを殺してきた責任を問われました。彼らはイエスに激しい敵いを抱き、質問をして、言葉尻を捕えようと狙うようになりました。

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【聖書】ルカ10章

ルカによる福音書10章・・・・・・あなたの隣人とはだれか
「その人を見て憐れに思い…」ルカ10:33

くぅ〜ママのちょっと一言
サマリア人の例えは、前の所で喜びにあふれて語られた新しい世界を具体的に示しています。見て哀れに思って6甦鵑辰騰ぜ分の出来るだけの処置をしてソ媛阿墨△譴胴圓Δ金を払って、その人を宿屋の主人に頼みます。「隣人とは誰か」と隣人を探すのではなく、私が「隣人とされるために」出て行って、行うことなのだと聖書は教えています。その後にマルタとマリアのことが書かれています。この2人女性の違いを示して、永遠の命を受ける為に何をすべきかということを、さらに積極的解答として書かれています。それはイエスの言葉を聴くことによって神がどれほど私達を愛しておられるかを深く知り、それを感謝し喜ぶことがもっとも大切なのです。ポイントは「喜び」だと思います。マリアは「喜んで」イエスに傾聴しました。マルタの口からは文句が出ています。もし神さまの愛に押し出されて喜んで給仕をしたとしたら、マリア以上の恵みがあったのではないかと思うのです。

聖書要約
グッド七十二人を派遣する
イエスは72人を選び、ご自分が行く予定の場所に二人ずつ派遣しました。「収穫は多いが働く者があまりにも少ない。さあ、出かけなさい。何も持っていってはならない。喜んで迎えてくれる町では、出された者は何でも食べ、病人をいやし、『神の国がすぐそこまできている』ことを伝えなさい。歓迎してくれない町では広場に行って、『裁きの日にはあの邪悪なソドムの罰の方が軽い』と言いなさい。」
グッド悔い改めない町を叱る
悔い改めない町は不幸だ。もしティルスやシドンでこの奇跡が行われたら、悔い改めたに違いない。わたしたちは選ばれた民だとうぬぼれている者たちよ。あなたたちは地獄に突き落とされます。あなた方を受け入れない者はわたしを受け入れないばかりか、私をお遣わしになった神をも受け入れないのです。
グッド七十二人、帰ってくる
七十二人が伝道から帰って来て、喜んでこう言いました。「主の名前を使うと、悪霊さえも私達に屈服しました」と。しかしイエスさまはおっしゃいます「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と。
グッド喜びにあふれる
イエスは聖霊によって喜びにあふれて言いました。「これらのことを小さな子供のように神を心から信じる者にお示しになりました。」そして「多くの預言者や王達が見たいと思っても見れなかった、聞きたかったが聞けなかったことが、今知らされる時代がやってきています。(終末)」このようなメシア到来、新しい時代の到来のことを、イエスは喜びを持って語られました。
グッド良きサマリア人
律法の専門家がイエスを試そうと質問します。「永遠の命を受ける為にどうしたらいいか」と。「律法には何と書いてあるか」と問われるイエスに、彼は「心を尽くし…また隣人をあなた自身のように愛しなさい」と答えます。さらにイエスはおっしゃいます。「それではそれを実行しなさい」と。しかし再び、学者は「では隣人とはだれですか」と質問します。そこでイエスはたとえで話されました。
ユダヤ人が追いはぎにあって瀕死の状態にあるのを見て、祭司もレビ人も道の向こうを通って行ってしまいましたが、彼を助けたのはユダヤ人からすると反目しているサマリア人でした。見て、哀れに思い、近寄って、自分の出来る処置をして、宿屋に連れて行き、お金を払って、その人を宿屋の主人に頼みました。この話の後、イエスは「あなたも行ってそのようにしなさい」とおっしゃいました。
グッドマリアとマルタ
イエスはある村に行き、ました。マルタとマリアが喜んでイエスを迎えました。マリアはイエスの側に座り、話を聞いていました。接待で忙しマルタは「マリアに手伝うように言ってほしい」とイエスに言います。イエスは本当に大切なことはただ一つです。マリアはそれを選んだのです。それを取り上げてはいけない」と言われました。

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【聖書】ルカ9章

ルカによる福音書9章・・・・・・幼子を友とする謙遜さ
「わたしの名のために、この子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」ルカ9:48

くぅ〜ママのちょっと一言
弟子たちはイエスの十字架の受難と復活を予告されても、その真意を悟りませんでした。弟子達のメシア像は政治的指導者、権威をもって君臨することだったのです。そんな使徒たちに「自分の十字架を負うて従いなさい」と説明されます。誰が偉いかという議論も弟子たちの勘違いが浮き彫りになっていますが、イエスは幼子のような素直で謙遜な人が一番偉いと言われました。
「父を葬る」とはユダヤ教では他の全ての宗教規定にまして重要なものとのこと。しかしイエスは安息日やきよめなど、儀式的律法を守るよりも、新しい神の国の到来、福音、神の真実な愛を宣べ伝えることが急務であると言われました。

聖書要約
グッド十二人を派遣する
イエスは神の国の宣教と病人をいやすために弟子たちをお遣わしになりました。
グッドヘロデ戸惑う
ヨハネの首をはねたヘロデは、群衆がイエスをヨハネのよみがえり、また預言者の生き返りとうわさしていると聞き、イエスに会いたいと思いました
グッド五千人に食べ物を与える
イエスと弟子の後を追って、男だけで五千人もの人が集まってきました。人里離れた夕暮れ時です。イエスは「食べ物を与えよ」と弟子に言います。手元には5つのパンと2匹の魚しかありませんでした。イエスはそれを祝福して裂いて弟子たちに配らせました。全ての人が食べて満足しました。
グッドペトロの告白
イエスは弟子にわたしは何者だと言うのかと尋ねられました。ペトロは「神の御子メシア(キリスト、救い主)です」と答えました。
グッド死と復活の予告
イエスは十字架の受難と復活を弟子達に予告されます。
グッドイエスの姿が変わる
ペトロとヨハネ、ヤコブを連れて、イエスは山に登って祈っておられると、イエスの服が真っ白に輝き、モーセとエリアと語りあっておられました。ペトロは3人のために小屋を作ると言います。
グッド霊に取り付かれた子を癒す
山を下りられたイエスは、弟子達が癒せなかった悪霊に取り付かれた子どもをイエスが癒されます。
再び自分の死の予告する
メシアである自分はやがて裏切られることを弟子に予告しますが、弟子たちは理解できませんでした
グッド一番偉い者
弟子達は「自分達の中で一番偉い者は誰かと言い合います。イエスは「小さな子どもを大切にする人はわたしやわたしを遣わされた神を大切にしている。そんな謙そんな者が一番偉い」と言われました。
グッド逆らわない者は味方
弟子たちはイエスの名前を使って悪霊を追い出している人に腹を立てますが、イエスは逆らわない者は味方だと教えました。
グッドサマリアから歓迎されない
エルサレムに登っていって行く為サマリヤを通りましたが、彼らは一行を歓迎しませんでした。
グッド弟子達の覚悟
あなたが行かれる所どこへでも従います」という人にイエスは「メシアのわたしは休む場所もない」と言われました。また弟子になるように声をかけられましたが、死んだ父の葬式を出してからという人に対して、「死んだ人は後の人に任せて、あなたの務めは神の国が来ることを伝えることだ」と言われました。

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【聖書】ルカ8章

ルカによる福音書8章・・・・・・福音のともし火が世界を照らす
「ともし火…入って来る人に光が見えるように、燭台の上に置く。」ルカ8:16

くぅ〜ママのちょっと一言
ともし火のたとえは神の国の福音であり、入って来る人とは異邦人のこと。福音のともし火で世界が照らされる時がすでにきているのです
後半は4つの奇跡が書かれています。自然(突風)悪霊(ゲラサの男)死(ヤイロの娘)病(出血の女性) 科学万能といえども、自然の脅威を回避することはできません。悪霊とは自分の心の中や社会における神に反する現象。これらは人間を不幸にします。病や死もどんなに医学が発達しても人間は克服することは不可能です。しかしイエスはそれら全て支配される方として私達の中にきてくださったのです。

聖書要約
グッド婦人たち、奉仕をする
イエスは十二人の弟子と、神の国のすばらしい知らせを宣べ伝えるため町や村を巡り歩いておられました。病気が癒されたり、悪霊を追い出して頂いた女たちが持ち物を出し合って一行の世話をしました。
グッド「種を蒔く人」のたとえ
イエスは群集にたとえを用いで語られました。「種を蒔いていると、ある種は道端に落ちた。鳥が食べてしまった。石地に落ちた種は芽は出たが、水気がなく枯れてしまった。茨の中に落ちた種は、茨が生い茂り生長できなかった。良い土地に落ちた種は百倍の実を結んだ。みなさん注意深く聞きなさい」
グッドたとえを用いて話す理由
イエスは弟子たちに「あなたたちには神の国の奥義を知らされますが、他の人は『見ても見えず、聞いても理解できない』ようにたとえで話す。これはイザヤがかつて預言したことです」と言われました。
グッド「種を蒔く人」のたとえの説明
「種とは御言葉のこと。御言葉という種が心に蒔かれても、道端に落ちた種は信じることがないようにすぐに悪魔に奪い去られます。石地に落ちた種は根が張らないので試練に遭うと信仰から身を引いてしまいます。いばらに落ちた種は世の中の楽しいことや思い煩いなどが邪魔をして信仰が育ちません。良い土地に落ちた種はよく御言葉を聞き、忍耐して実を結びます
グッドともし火のたとえ
ともしびは入って来る人に光が見えるように燭台に置く。同様に全てが明るみに出る時がきます
グッドイエスの兄弟
ある日イエスの母と弟たちがイエスに会いに来ましたが、イエスは「神の言葉を聞いて行う人が神さまの家族、兄弟姉妹なのだ」と言われました。
グッド突風を静める
イエスは弟子たちが乗った船に突風が吹きつけました。弟子たちは眠っておられるイエスを起こし、「舟が沈みそうです」と叫びました。イエスが風と荒波をおしかりになると凪になりました。
グッド悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやす
悪霊に取りつかれ墓場で暮らす男がイエスを見て、「いと高き神の子、底なしの淵にだけは行かせないでくれ」と言いました。イエスは豚の群れに入ることをお許しになりました。豚は湖にななだれ込み死にました。正気に戻った男はイエスの言われたとおり、町じゅうにこのことを言い広めました。
グッドヤイロの娘とイエスの服に触れる女
ガリラヤの会堂の管理人の娘が危篤と聞き、イエスはその家に向かいます。途中長血を患っている女性を癒されます。その間にヤイロの娘は亡くなったと伝えられますが、イエスはヤイロの家に行き、娘は眠っているだけだと言います。人々はあざ笑いましたが、イエスは娘を生き返えらされました

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【聖書】ルカ6章

ルカによる福音書6章・・・・・・敵意を愛に変える力
「敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい」ルカ6:27

くぅ〜ママのちょっと一言
マタイでは山上の説教として書かれていることが、ルカではイエス山から下りて、平地で説教をしたように記されています。これはモーセが十戒をもってシナイ山から降りてきて、民に律法を与えたのに対して、イスラエルに与えられる新しい律法(福音)なのだとルカは紹介しているようです。
貧しい人、飢えている人、今泣いている人は幸いというのです。イエスはそういう人を慰め、元気付け、笑顔にするために来られました。これが福音です。
またこの福音は敵を愛するという本来人間には出来ないことが可能にしてくれます。十字架でイエスキリストが流された血潮の力によって敵意が愛へと変えられるのです。

聖書要約
グッド安息日に麦の穂を摘む
イエスと弟子達が安息日に麦の穂を手でもんで食べているのをファリサイ派の人々が見て、安息日にしてはいけないことをしていると非難します。イエスはダビデが空腹だった時に神殿の特別なパンを食べたことをあげて「わたしは安息日の主である」(安息日は礼拝するためにある)と答えられました。
グッド手のなえた人を癒す
別の安息日、右手の不自由な人に対してイエスは「安息日によいことをするのと、悪いことをするのとどちらが正しいのか」と言われ、手を癒されます。ファリサイ派の人々はイエスを殺そうと思い始めます。
グッド十二人を選ぶ
山に行かれ、夜を徹して祈られ、十二人の使徒を選ばれました。
グッドおびただしい人を癒す
イエスは彼らと山から降りて来られました。そこでは多くの病人、汚れた霊につかれたものが集まって癒しを求めていました。イエスはそれらの人々を癒され、また語られました。
グッド幸いと不幸
イエスは貧しい人、飢えている人、今泣いている人は幸いと語られました。天国はこのような人のものだと。また「わたしを信じているということで、憎まれたり、追い出されるのなら喜べ。天にその報いがある。今富んでいる者は不幸だ。彼らの喜びはこの世限りのものだから」と語られました。
グッド敵を愛しなさい
敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。あなたの頬を打つ者にはもう一方の頬を向けてやりなさい。求める者には、だれにでも与えなさい。人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。自分を愛してくれる人を愛したところでどんな恵みがあるでしょう。天の父が憐れみ深いようにあなた方もそうありなさい。
グッド人を裁くな
人を裁いてはいけない。あなたも裁かれないために。人を罪人と決めるな。あなたが罪人とされることがないために。赦しなさい。あなた方も赦される。与えなさい。そうすれば与えられる。兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。
グッド実によって木を知る
なる実によって木が分かるように、自分の口から出るものによって自分を吟味しなさい
グッド家と土台
わたしの教えを聞いてそれを行う人は、岩の上に土台を据えて家を建てた人のよう、言葉を聞いても行わない者は土台なく家を建てた人のよう。激流が押し寄せると家はたちまち倒れるでしょう。

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【聖書】ルカ5章

ルカによる福音書5章・・・・・・今までの生き方にとらわらない生き方を
「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」ルカ5:5

くぅ〜ママのちょっと一言
中風の男の癒しを見た宗教家たちは、罪は動物の犠牲によって赦されるものと考えていたので、イエスがイエスの名によって罪を赦すことが理解できませんでした。またイエスの福音は「〜してはならない」「こうあらねばならない」ではなく、食べたり、飲んだりする自由と解放された陽気さと躍動があります。このような新しい時代の生き方を保守的な考え方は排除します。新しい服、新しいぶどう酒のたとえは、躍動するような新しい考えは古い価値観で理解しようとしても出来ないということなのです。
今までの生き方にとらわれず「網を降ろしてみなさい」というイエスの言葉を信じて行動に移したいと思います。行動に移さなければ、大漁を経験することは決してないのです。

聖書要約
グッド漁師を弟子にする
ゲネサレト湖畔におられるイエスの所に大勢の群衆が押しかけて来ました。イエスはシモンに舟を出してもらい、舟から岸に向って話されました。話し終えた後、イエスがシモンに「沖に漕ぎだして網を降ろし、漁をしなさい」といわれました。シモンは「夜通し漁をしたけど、何も取れませんでした。しかしお言葉ですから」と、イエスの言葉に従いました。すると網が破れるほどの沢山の魚が取れたのです。そこでシモン ペトロは「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深いものです」と、イエスの足元にひれ伏しました。側にいたヤコブ、ヨハネも同様でした。イエスは「怖がらなくてもいい、これから人間をとる漁師にしてあげよう」と言われました。岸に上がると、彼らは全てを捨ててイエスに従いました。
グッド重い皮膚病を患っている人をいやす
全身に重い皮膚病を患っている人がイエスに「どうかわたしの体を元に戻してください。あなたのお気持ち一つで治ることができるのですから」と願いました。イエスが男にさわると皮膚病はたちまち消えました。イエスのうわさはますます広まり、大勢の人が教えを聞いたり、癒しを求めて集まってきました。
グッド中風の人をいやす
ある日、イエスが教えておられる所にファリサイ派の人々や律法の教師数人ががやってきて、話を聞いていました。そこに床に乗せられた中風の人が男たちに担がれてやってきました。群衆で遮られたので、男たちは屋根に上り、屋根をはずして、イエスの前に吊り降ろしました。イエスは彼らの信仰をご覧になって、「あなたの罪は赦された」と言われました。居合わせたファリサイ派の人々たちはその言葉に対し、神への冒涜と反発の感情を持ちました。それを見抜かれたイエスは「わたしは病気を治す力も、罪を赦す力も持っているのです」と言われ、その男に「起きて歩け」と命じられした。すると男は立ちあがって賛美しながら家に帰って行きました。皆は神を畏れほめたたえました。
グッドレビを弟子にする
イエスはレビという徴税人に「わたしに従いなさい」と言われました。彼は何もかも捨ててイエスに従い、自分の家でイエスを招き、他の徴税人たちと盛大な宴会を催しました。ファリサイ派の人々たちはなぜイエスは罪人と食事をするのか問うたので、「医者を必要とするのは病人であるように、わたしは罪人を招いて悔い改めされるために来た」と答えられました。
断食について
人々はイエスの弟子が、他の宗教家のように断食しないのはなぜかと尋ねたところ、「花婿が取りされる時には、断食をする。」そして新しい布で古い服を継ぎあてはしない。どちらも台無しになる。古い革袋に新しいぶどう酒を入れると袋は破れる。また古いぶどう酒を飲めば、新しいぶどう酒はほしがらないとたとえで話されました。

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【聖書】ルカ4章

ルカによる福音書4章・・・・・・聖書の言葉を心に宿して生きる
「人はパンだけで生きるものではない」ルカ4:4

くぅ〜ママのちょっと一言
イエスが悪魔の試みに聖書の言葉を持って対抗されたことが書かれています。私たちも悪魔に対抗する手立てを持っておく必要があります。憎しみや利己主義、戦争や差別など、神さまの愛から程遠い世の中にあって、神様の支配のもとで暮らす秘訣は、イエスがされたように聖書の言葉を心に宿して、神の言葉に忠実に生きることなのだと思います。聖書の説く愛の世界が、私の家族に、私の周りの人々に、そしてこの神戸に、この日本に、この世界に実現する日が来ることを切に祈ります。

聖書要約
グッド誘惑を受ける
イエスはヨハネからバプテスマ(洗礼)を受けられ、聖霊に満たされてヨルダン川から帰ってくるや、御霊によって40日間、荒野を引きまわされ、悪魔の誘惑を受けられました。その期間の終わりに悪魔は空腹になられたイエスに言いました。「この石をパンに変えてみよ」イエスは「人はパンだけで生きるものではない。」と聖書の言葉を用いてお答になりました。次に悪魔は「わたしを拝するなら、全世界を与えよう」と言いました。イエスは「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と言われました。また悪魔は「ここから飛び降りて、神があなたを助けるかどうか試みよ」と言いました。イエスは「あなたの神である主を試してはならない」という聖書の言葉を用いて悪魔に対抗され、悪魔は一端退散します。
グッドガリラヤでの伝道
イエスの教えは皆から尊敬されてガリラヤ地方で広まっていきました。
グッドナザレでは受け入れられない
イエスが生まれ故郷ナザレの会堂で聖書朗読をされた時のことです。「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。…」そして注目する人々に向かって「この御言葉は今日実現した」と言われました。その言葉のすばらしさに人々は驚きました。一方「ただのヨセフの息子ではないか」というささやきもありました。イエスは言いました。「カファルナウムで行った奇跡をここでも行ってほしいのでしょうけど、預言者は郷里では歓迎されないものです。エリアは飢饉のときサレプタのやもめ(異邦人)の所にしか遣わされなかった。エリシャもイスラエルにもたくさんの皮膚病の人はいたけど、癒したのはのシリアのナアマン(異邦人)だけだった」と。それを聞いた町の人たちは憤慨し、イエスを外に追い出して崖から突き落とそうとしました。イエスはすり抜け立ち去られました。
グッド汚れた霊に取りつかれた男をいやす
イエスはカファルナウムの会堂で教えられました。そこにいた汚れた悪霊に取りつかれた人が叫びました。「ナザレの子イエス、神の子よ。我々を滅ぼしに来たのか。」と。イエスが汚れた悪霊を叱りつけられると、悪霊は男から出て行きました。イエスのことはその辺り一帯に広まりました。
グッド多くの病人をいやす
イエスはシモンのしゅうとめの高熱をいやされました。また続々とイエスのもとにやってくる病気の人たちを癒されました。
グッド巡回して宣教する
イエスは一人寂しいところ行かれましたが、人々はすぐに捜し出し、ずっとここにいてくださるように言いましたが、しイエスは「他の町にも福音を伝えなければなりません」と言われ、ユダヤ中の会堂でお語りになりました。

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