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【聖書】1テサロニケ4章

テサロニケの信徒への手紙4章・・・・・・主が再び来られる時に
「神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導きだして下さいます」4:14

くぅ〜ママのちょっと一言
4章は大きく3つのことが書かれています。一つ目はみだらな行いを避け、聖なる生活をすることです。テサロニケが位置したギリシャは性的な乱れが日常化しており、宗教的にも一種の恍惚状態になることを求め、それが性的解放となっていたということなのですが、そのような中にあって、「聖なるものとなることを求めなさい。品位のある結婚生活、また異教徒のように汚れた肉欲におぼれてはいけない」と、パウロは教えました。
神に喜ばれる生活の二つめは兄弟愛についてです。「このことについては書く必要がないほど、テサロニケの信徒たちの愛は国中のすべての兄弟に届いている」と、パウロからの賞賛の言葉が書かれています。さらにパウロが勧めるのは静かな生活、仕事に励み、喜んで自ら働くように心がけること。そうすればクリスチャンでない人からでも尊敬され、信用されるとパウロは教えます。
3つ目のことは再臨に際してのことです。わたしたちは自分のいのちが終わる時には、必ずイエスが迎えにきてくださると信じています。そして再臨のときがきたら既に死んだ者も今生きているクリスチャンもともに神のそばで憩うことができるということなのです。だから死は暗黒というイメージより、むしろ希望なのです。いのちの最後を迎えた後がさらにすばらしい。このことを目標にして今日もいのちを燃やして生きていけるのだと思います。

聖書要約
神に喜ばれる生活
愛する皆さん、さらに付け加えます。どうしたら神に喜ばれる生活ができるのかをあなたたちはわたしから学びました。あなたたちはそのように生活していますが、さらに熱心にその歩みを続けてください。神が望んでおられることは、あなた方がきよくなることです。それはみだらな行いを避け、聖なる生活をすることです。あらゆる不品行をさけて、品位のある結婚生活を送りなさい。異教徒のように汚れた肉欲におぼれてはいけません。他人の妻を横取りしてはいけません。神はこれらのことに罰をお与えになります。神がわたしたちを招かれたのは聖なる生活をするためであり、これを拒むことは、わたしたちに聖霊を与えて下さった神を拒むことになるのです。
兄弟愛について書く必要がないと確信しています。あなたたちの愛は国中のすべての兄弟に届いていますが、さらに兄弟愛を求めなさい。ますます静かな生活、仕事に励み、喜んで自ら働くように心がけなさい。そうすればクリスチャンでない人からでも尊敬され、信用されます。
主は来られる
皆さんはクリスチャンが死んだらどうなるか知ってほしいのです。希望を持たない人々のように嘆き悲しむことはありません。わたしたちはイエスが死んで復活されたことを信じています。イエスキリストが再び来られる、再臨の時にすでにこの世を去ったクリスチャンも連れ戻して下さいます。主から直接お聞きしたことを伝えるのですが、再臨の時にすでに墓の中にいる者を差し置いてわたしたちが主にであうことはありません。再臨にさいしてまず合図の号令が鳴る。大天使の声が聞こえる。神のラッパが鳴り響く。主が天から降ってこられる。クリスチャンで既に亡くなっている人が復活する。今生きているクリスチャンたちが空中で主と出会う為に先に復活した人たちと一緒に雲に包まれて引き上げられるいつまでも主と共にいることになる。このことを信じて互いに慰め合い、励まし合いなさい。

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【聖書】1テサロニケ3章

テサロニケの信徒への手紙3章・・・・・・苦難の傍らにおられる主
「それはあんたがたを励まして、信仰を強め、このような苦難に遭っていても、だれ一人動揺することのないようにするためでした。」3:2

くぅ〜ママのちょっと一言
迫害の中にあるテサロニケのことがパウロは気がかりでなりませんでした。また迫害のある事は前もってパウロによって予告されていたと書かれています。クリスチャンになったら悪い事は何も起らないのかというとそんな事はなく、病気もするし、辛いことも経験します。ただ信仰を持つことで異なる事は、その辛い経験の傍らにイエス・キリストがいてくださることを確信して、その経験を乗り越えていくことができる点です。危機は好機と言いますが、乗り越え方によってその先の展開が異なってきます。これがクリスチャンの生き方ではないでしょうか

聖書要約
もうこれ以上我慢できないので、わたしはアテネに残り、協力者であるテモテにそちらに派遣しました。あなた方が迫害の苦難の中にあっても、信仰が強められるように励ましたかったのです。苦難がやってくることをわたしは前もってあなたたちに予告していたのですが、それが現実になったのです。わたしはあなた方が信仰から離れてしまうのではないかと心配でテモテに行ってもらいました。しかしテモテから「信仰と愛がしっかりと守られている」という報告を受け、どんなに喜んでいることでしょう。あなた方がわたしをおぼえていてくれ、また会いたがっているという知らせも嬉しいことでした。主にあって信仰を堅く保っていれば、苦難にも耐えることができます。あなた方が与えたくれたこの喜びをどれほど神に祈ったらよいでしょう。もう一度会って、語り足りなかったことを補いたいと昼夜思っています。どうか父なる神が再会の機会を与えてくださるように。あなた方を思う私の愛のように、あなた方もお互いの愛を深め、満ち溢れさせてくださるように。キリストが再び来られる時、あなた方が無罪の宣告を受け、天国に入ることの出来る者としてくださるように。アーメン

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【聖書】1テサロニケ2章

テサロニケの信徒への手紙2章・・・・・・神の言葉を受け入れた時に
「あなたがたは、それを人の言葉としてではなく神の言葉として受け入れたからです」2:13

くぅ〜ママのちょっと一言
パウロは激しい迫害の中でテサロニケに行きました。神様から勇気を与えられて福音を宣べ伝えたのでした。テサロニケの信徒達は福音を神の言葉として受け取りました。信じたので「神の言葉があなた方の内で生きて働いた」と書かれています。色々な聞き方があると思います。頭上を飛んでいくような聞き方、頭で理解する聞き方、心に受け止める聞き方、心が揺さぶられ何かせずにはおれなくなるような聞き方…神の言葉を心から受け入れ、内から変えられるように願いながら、神の言葉を聴きたいと思います。

聖書要約
テサロニケでのパウロの宣教
愛する皆さん、わたしがあなた方のところに行ったことは無駄ではありませんでした。わたしはそちらに行く前に、フィリピで散々な目に遭いました。しかしわたしは神に勇気づけられて、激しい苦闘の中であなた方に語ったのです。わたしは神に認められ、福音を委ねられているからこそ語ったのです。聞くものの好みに合わせて語るような事はなく、神さまの真理を話しました。人に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を吟味される神に喜んでいただくためです。使徒とし賞賛されることも求めませんでした。それどころかわたしはテサロニケの人々を母親が子を思うように愛おしく、命をも差し出しても良いというほど愛し、負担をかけないように昼夜働きながら、福音を宣べ伝えたのです。また父親のように一人ひとりに呼びかけ、励ましました。そのようにして宣べ伝えた福音を信徒達は神の言葉として受け入れました。その神の言葉によって信徒達は変えられのです。同胞人から苦しめられると言う事はイエスに結びついている教会に倣うようになったのです。ユダヤ人はイエスを十字架につけたばかりでなく、キリスト者を迫害し、異邦人伝道を妨害し、罪を重ねているのです。神の怒りは爆発するでしょう。
テサロニケ再訪の願い
離れてからかなりになるので、会いたいものですが、いつもサタンによって妨げられました。イエスの再臨の時に私たちに希望と喜びを与え、誇りの冠となってくれるのはまさにあなた方であり、あなたがたはわたしの喜びなのです。

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【聖書】1テサロニケ1章

テサロニケの信徒への手紙1章・・・・・・響き渡る信仰
「主の言葉があなたがたのところから出て…響きわたった…」1:8

くぅ〜ママのちょっと一言
テサロニケは恵まれた地形を生かした港町として、商業貿易で栄えた町です。パウロはフィリピを後にしてこのテサロニケにやってきましたが、ユダヤ人の激しい迫害に遭い、宣教を中断せざるをえなかた町です。教会のその後を心配してパウロはテモテを派遣します。帰ってきたテモテからの報告から、テサロニケの信徒たちの素晴らしい信仰を耳にし、感謝と励ましの手紙を書き送ったものです。従ってこの手紙の筆者はパウロです。
パウロのテサロニケでの伝道は使徒言行録を見る限り、わずか3週間ほどだったようです。ユダヤ人に負われて逃亡するようにテサロニケを去ったのですが、短期間にも関わらず、かなりの数のギリシャ人たちが福音に触れ、その上、その後も信仰が守られていました。8節に「響き渡る」と書かれていますが、ギリシャ語ではエーケーオー、やまびこのエコーと言う言葉はここから由来しているそうです。主の言葉がテサロニケの人たちを通して響き渡ったのです。
聖霊という言葉が何度か出てきますが、聖霊が働かれる時、人の思いにまさることが起ります。まさにそのような伝道だったのではないでしょうか。聖霊が働いてくださることを祈りつつ大事なことに取り組みたいと思います。

聖書要約

パウロとシルワノとテモテから主に結ばれているテサロニケの教会へ。神とイエス・キリストの恵みと平安があなた方にあるように。
主に倣う者
わたしはあなた方のために欠かさず祈り、,△覆進の強い信仰愛にあふれた労苦イエスの再臨を希望をもって待ち望む姿勢に対して神に感謝しています。そしてあなた方は迫害の中にも関わらず、福音を自分のものとして受け入れました。これは聖霊の働きによるものです。さらにあなた方の信仰は周りの地方の人々の模範になっています。そしてわたしたちのことをも周りの人に言い広めてくれていることにも感謝します。それはわたしたちを歓迎してくれたことや、偶像を捨てて神を信じるようにいたったいきさつや、どのように再臨を待ち望むようになったかというようなことです。そしてあなた達の信じているイエスこそ、死に打ち勝ち、私たちを死から救ってくださる方なのです

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【聖書】コロサイ4章

コロサイの信徒への手紙4章・・・・・・言葉の用い方
「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。」4:6

くぅ〜ママのちょっと一言
6節に「塩で味付けされた快い言葉」という表現がされています。言葉はとても大切です。言葉によって傷ついたり、励まされたり、不安になったり、元気を回復したり…人を中傷したり、おとしめる言葉は絶対に使いたくありません。言葉によって人は元気づけられますし、世の中を平和にし、未来に希望を見出すことができます。言葉は大切です。
またパウロは祈りについても語ります。祈りは応えられると信じて熱心に祈ること。また神さまのことが良くわかるようになることを期待して祈ること。パウロはあらゆる機会を最大に生かして、キリストを宣べ伝えることができるように、祈ってほしいと祈りのリクエストをしています。
結びとして、牢につながれているパウロからコロサイの信徒達に思いを込めて語ります。ここに名前が出てくる人たちの中で、ティキコはかつて異邦人教会の代表として贈り物をエルサレムに届けた人物、エペソの教会にも手紙を届けました。オネシモはコロサイの信徒の一人ピレモンの奴隷だったのですが、何かの理由で逃亡した人物です。しかしパウロの下で忠実な信徒となったのでしょう、パウロは忠実な愛する兄弟とオネシモを呼んでいます。アリスタルコはパウロの奴隷という身分になってでもという思いでパウロに同行している信徒。マルコは第1回目の伝道旅行で同行しましたが、途中で帰ってしまったことからパウロは2回目の伝道旅行ではバルナバの推薦があったにもかかわらずマルコを同行を拒否したといういきさつがある人ですが、パウロの入獄に際してそばにいるほどに信頼を回復したようです。ユトスはユダヤ人クリスチャン。医者ルカはパウロの主治医として、また同労者として奉仕の生涯を送った人です。デマスは最終的にはパウロから離れていきます。ラオディキアはコロサイから16Kmの距離にある都市で、そちらの信徒達にも挨拶を依頼しています。そして祝祷で手紙の最後の言葉としています。

聖書要約
奴隷の主人は奴隷を正しく公平に扱いなさい。自分の主人である神さまが天からご覧になっていることを忘れてはいけません。
勧めの言葉
意識をして感謝をこめてひたすら祈りなさい。わたしのためにも祈ってください。神の秘められたご計画を人々に分かりやすく語ることができるように。そのことを語ったことで牢につながれているのですが、どんな所であってもあらゆる機会を最大に生かして、キリストを宣べ伝えることができるように、また塩で味付けされた快い言葉、すなわち良識的であり、善意にあふれた言葉で語りなさい。そうすれば一人一人の相手に対してどう語ったらいいかが分かるでしょう。
結びの言葉
わたしの愛する、熱心な働き人ティキコがわたしの様子を知らせてくれるでしょう。またかれがそちらの様子も知らせてくれるでしょう。信仰の友オネシモを同行させます。一緒に牢につながれているアリスタルコとマルコが宜しくと言っています。ユダヤ人クリスチャンユトスからも宜しく。またあなた方の町から来たエパフラスはあなた方のことをいつも祈っています。医者ルカとデマスからも宜しくとのことです。ラオディキアのクリスチャンやニンファと彼女の家の教会のクリスチャンたちのも宜しく。これを読み終えたらラオディキアに回して下さい。またラオディキア教会宛てのわたしの手紙も回ってきたら読んでください。わたしが牢にいることを覚えてください。神の恵みがあなた方と共にあるように。

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【聖書】コロサイ3章

コロサイの信徒への手紙3章・・・・・・主にあって
「愛は、すべてを完成させるきずなです。」3:14

くぅ〜ママのちょっと一言
私たちが人を愛する動機は「神が私を愛してくださったから」です。また私たちが人を赦す動機も「神が私の罪を赦してくださったから」なのです。だから自分にとって快い人も、苦手な人も、また見返りのあるなしに関わらず、赦し、愛することが可能なのです。とは言え、愛せない、赦せない自分がいることも確かです。しかしそのような私の罪のためにイエス様は十字架にかかられたのです。そこに思いを馳せて、もう一度愛せない、赦せない自分を見るときに、少しずつでも自分が変化していけそうな気がします。少しずつでも愛せる自分、赦せる自分になりたいと願い続けることだと思います。

聖書要約
あなた方はキリストの復活と共に復活の恵に与かったのですから、天にある喜びに目を向けなさい。地上のものに心を惹かれてはいけません。あなた方の罪ある体はイエスと共に十字架にかけられ死んだのです。あなた方の命はキリストのものです。ですからキリストが再び来られる時(再臨)にはあなた方もキリストの栄光に包まれるのです。だから地上の悪を捨てなさい。すなわちみだらな行い、不潔、情欲、欲望、貪欲、また怒り、憤り、悪意、そしり、恥ずべき言葉、うそから離れなさい。そのような古い自分を、古着を脱ぐように脱ぎ捨てなさい。そして神に倣う新しい命に生きるのです。そこでは全てのものが平等で、すべて者にキリストとつながる機会があたえられているのです。
神に選ばれて新しい命を与えられたあなた方は神の愛に包まれているのですから、人に対して情け深く、優しく親切で、謙遜で穏やかな態度でいなさい。あなた方は神から赦されたのですから。他の人も赦しなさい。なによりも大切なのは愛に満ちていることです。それが他の人との関係において完全に調和を保つ方法です。キリストからいただく平和をいつも心にとどめなさい。そしてキリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。何を話すときもイエスの名によって行い、感謝しなさい。
家族に対して
妻は夫に従い、夫は妻を愛しなさい。子どもは親に従い、父は子どもをいらつだたせてはいけない。奴隷はこころから神に仕えるように主に仕えなさい。それは主なる神に仕えているのと同じなのです。神はその報いとして御国を受け継がせてくださいます。主のために最善を行わない者は、その報いを受けるのです。

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【聖書】コロサイ2章

コロサイの信徒への手紙2章・・・・・・実体はキリストにあり
「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています」2:3

くぅ〜ママのちょっと一言
私たちのどうすることもできない罪はイエスキリストが十字架に架かられ死なれたことによって赦されました。そしてイエスキリストが復活されたことによって新しい命を頂くことができるようになったのです。そのことをただ信じるだけでよいのです。これが私たちの信仰の中心です。この十字架に架かられ復活されたイエスキリストをとおして、私たちは神さまから遠い存在だったのが、神さまの懐の中で生きることができるようになったのです。懐に抱かれた子どものように、安心してなんでも願い求めることができます。神さまは私にとって一番良いものをもって、その祈りに応えてくださいます。苦行や自己卑下的な謙遜は自分を満足させるだけに過ぎません。キリストである頭にしっかりつながることで神に育てられて成長していきたいと思います。

聖書要約
わたしはコロサイの信徒のみならずラオディキアやまだ会っていない人たちの為にも苦闘しています。それはこれらの人たちの心が励まされ、愛によって結び合わされ、理解力が豊かに与えられてキリストを悟るようになるためなのです。「巧みな議論に惑わされないようにしなさい。キリストには素晴らしい知識と知恵がまだまだ隠されているのですから」と。
キリストに結ばれた生活
あなた方はキリストを受け入れたのですからキリストに結ばれて歩みなさい。キリストに結ばれ、キリストに深く根を下ろし、養分を吸収して成長し続けなさい。人間の思いつきや、むなしいだましごとの哲学にだまされてはいけません。キリストの内にこそ神の性質が全て宿っているからです。キリストと結び付くことによって神に満たされるのです。キリストは全てを超えた、権威ある支配者なのです。あなた方は肉体の割礼ではなく、霊的な割礼(バプテスマ)を受けたのです。バプテスマにより、罪は十字架と共に葬られ、キリストの復活を信じる信仰によって新しい命を与えられたのです。あなた方に差し出された罪の明細書は十字架上で無効となりました。罪を犯したと責め立ててくるサタンの力をくじかれ、キリストの勝利が公然と示されたのです。だから、食べ物、祭り、新月の儀式、安息日などの問題でとやかく言われる事はないのです。それらはキリストが来られる前にだけ有効なものだったのです。偽りの謙遜(人間は無価値なので直接神に近づくことができないので仲介的な諸霊の助けを借りなければならないとする考え)や天使礼拝を強制する者たちに批判されることはありません。キリストに結びついて神さまに育てていただきましょう。
日々新たにされて
戒律に縛られてはいけません。それは偽りの謙遜や苦行を伴っていていかにも優れたもののように思われますが、それらは人を高慢にさせるだけのものなのです。

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【聖書】コロサイ1章

コロサイの信徒への手紙1章・・・・・・すべてに先立つ主
「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です」1:15

くぅ〜ママのちょっと一言
コロサイは今のトルコの一部にある町です。パウロがエフェソ伝道中にパウロの下で奉仕していたコロサイ出身のエパフラスによって福音が伝えられました。パウロはコロサイを訪問した事はないのですが、きめ細やかな配慮をもって手紙を書いています。この教会にも問題は異端でした。天使的な霊力を信じ、キリストはその一つとする考えで、諸々の霊視力に礼拝を奉げなければならないという聖書と違った考えがはびこっていたのです。コリントの教会は不道徳、ガラテヤの教会は律法による義という間違いを、エフェソ、フィリピは不一致という問題を抱えていました。それぞれの教会に、それぞれの問題があったのです。この問題を解決する為、エパフラスが代表でパウロの所にやってきたのです。
パウロは、御子イエスの内には神の本質が充満しており、地上では人間の姿をとられましたが、神の本質は少しも失われていないこと。すなわちイエスにおいて、神性と人間性は統一されており、両方の本質を失うことはないのです。パウロはそのことを口調を荒立てることなく、むしろ信仰を称賛しつつ間違いを指摘します。わたしたちも聖書の言葉を忠実に理解するものでありたいです。

聖書要約
挨拶
神に選ばれてキリスト・イエスの使徒とされたパウロと信仰の友であるテモテから、コロサイにいる聖なる兄弟たちへ手紙を送ります。わたしたちの父なる神の恵みと平安があなたがたにありますように。
神への感謝
わたしはあなた方がイエス・キリストから信仰が与えられていることと、主にある兄弟を深く愛していることを聞いて、いつも神に感謝しています。またあなたがたは真理の言葉である福音を聞いて天国への希望を持ち続けています。そして世界中に伝えられた福音が至る所でそうであるように、あなた方も聞いて悟った時から実を結んで成長しています。あなた方についてのこの良い知らせを伝えてくれたのは、エパフラスです。彼はキリストに忠実で、あなた方の愛をわたしに知らせてくれました。
御子キリストによる創造と和解
私はあなた方のことを聞いたときから次のように祈っています。霊による理解力があたえられますように知恵と理解によって神が何を望んでおられるかを悟ることができるようにいつも主に喜ばれる生き方ができますようにい茲ざ箸砲茲辰神に近づくことができますようにヂ召凌佑親切にできますように神を益々深く知ることができますように。またこうも祈っています。/世気泙梁腓な力に満たされて、どんなことが起っても前進し、喜びに満たされておれますように。天国に住む権利を頂いたことに対して神に感謝するように。
神は私たちを暗黒から救い出してくださり、キリストの支配下においてくださいました。キリストは神の姿ですべての者が造られる前からおられ、すべてのものの創造者です。また教会の頭です。誰よりも先に死人の内から復活され、あらゆる点で第一の地位を有しておられます。神はご自分の全てがキリストの内に宿ることを望まれたからです。そして天地にあるすべてのものが神の元へいける道を開かれたのです。すなわち神の子イエスキリストが十字架で死なれたことによってすべてのものが神さまと平和な関係を持つことができるようになったのです。この福音から離れてはいけません。
パウロに与えられた務め
あなた方のために苦しむ事は私の務めです。神が私を遣わされたのは、異邦人(ユダヤ人以外)に福音を伝える為です。すべての人が神と和解し、神の前に立つことができるように願っています。キリストが私に働いてくださるから、この務めを果たすことができるのです。

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【聖書】フィリピ4章

フィリピの信徒への手紙4章・・・・・・キリストの平安
「そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心をと考えをキリスト・イエスによって守るでしょう」4:7

くぅ〜ママのちょっと一言
パウロは手紙の最後の章で二人の女性信徒の和解を勧めます。「命の書に記されている」と言うのは真のクリスチャンを指します。それに続き「主において同じ思いを抱きなさい」と主にある一致を勧めます。その秘訣が6項目と3項目書かれています。そうすればあらゆる人知を超える神の平和が共にいてくださるというのですからなんと心強いことでしょう。また他の人に対する愛の行いは、その相手の人に喜んでいただけるだけではなく、平和の神が喜んでおられることなのです。たとえ人間的に評価されない時も、あだで返されるような時でも神が喜んでくださるのであれば嬉しいことです。
またパウロはフィリピの教会から届いた援助への感謝を表しています。そこでパウロは「満腹の時でも空腹の時でも、豊かな時でも貧しい時でも、どんな境遇でも満足する秘訣を心得ています」と言います。「なぜなら私を強めてくださるキリストの助けによって何でも成し遂げることができることを知っているから」と。好意を受けた者としての感謝ともに、そのことを神さまが喜んでくださっているとフィリピの信徒たちに伝えたかったのでしょう。好意を表した者にとってこれほどのお礼の言葉はないのではないかと思います。

聖書要約
愛するクリスチャンの皆さん。あなたたちはわたしの喜びであり、冠です。どうかいつまでも主に対して真実を尽くして下さい。
勧めの言葉
わたしはエボディアとシンティケにお願いします。どうか仲直りをしてください。わたしの真実の協力者である皆さんにもお願いします。彼女たちを助けてあげてください。彼女たちはクレメンスたちと力を合わせて福音(キリストの救いの知らせ)を伝えるために働いてくれた人たちです。
主にあって常に喜びなさい。もう一度言います。ヾ遒咾覆気き⊆己中心ではなく、思いやりがあふれていることを誰からも認められるようにしなさい。主が来られることをいつも意識していなさい。何事も心配してはいけません。イ匹鵑覆海箸任感謝して祈りなさい。Δ泙神さまに求めていることをお願いしなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心を考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。 また/深造覆海函⇔匹い海函∪気靴い海箸肪輒椶靴覆気ぁ△よいこと、愛すべきことについて思い巡らしなさい。神を喜び、讃美することばかり考えなさい。そうすれば平和の神があなた方と共におられます。
贈り物への感謝
あなた方の心遣いをどんなに感謝し、主を賛美していることでしょう。あなたがたは心がありながら、なかなか機会に恵まれなかったことは分かっています。わたしが生活に困っているから言っているのではありません。わたしは満腹の時でも空腹の時でも、豊かな時でも貧しい時でも、どんな境遇でも満足する秘訣を心得ています。なぜなら私を強めてくださるキリストの助けによって何でも成し遂げることができることを知っているからです。それにしても、窮乏下にあるわたしをよく助けてくれました。感謝しています。そしてそれは同時に神さまが喜んでくださっていることなのです。
結びの言葉
わたしとわたしと一緒にいる兄弟たちからフィリピの教会につながっている人たちに宜しく。特に、カイザル(皇帝)の宮廷に使えている人たちからも宜しくと言っています。どうか主イエスの祝福があなたがたの霊と共にありますように。

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【聖書】フィリピ3章

フィリピの信徒への手紙3章・・・・・・わたしたちの国籍は天国にある
なすげきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、…目標を目指してひたすら走ることです」3:13

くぅ〜ママのちょっと一言
「主において喜びなさい」と述べた後、パウロは「犬どもに警戒しない」と言います。それは律法によって救われると思っている人々のことを指しています。パウロもかつてはそのように思っていた者でしたが、イエス・キリストと出会ってからパウロの世界観、価値観が全く変わったと証します。そしてクリスチャンに与えられている終末的希望について語るのです。それはわたしたちは肉体の死後、天に帰るということです。わたしたちの国籍は天国なのですから。
よく「もう少し若かったら」とか「もう一度やり直したい」という言葉を聞くことがありますが、私は一日たりとも戻りたいとは思いません。過去が完璧なのかと言われるとまったくそうではありませんし、消し去りたいような場面もあります。しかしただいつも一生懸命の毎日でした。だから一日でも後戻りはしたくないのです。一日の始まりには一日の全てを主に委ねる祈りをささげ、一日の終わりには感謝の祈りをささげ、天国への目標を目指してひたすら前進したいです。

聖書要約
キリストを信じるとは
主にある兄弟の皆さん、どんなことがあっても、主にあって喜びなさい。何度言っても煩わしいとは思いません。それはあなたがたにとっていいことです。それにしても救われる為には割礼が必要だと言っている犬ども(悪い連中)に警戒しない。割礼を受けさえすれば神の子になれるのではありません。霊を持って神を礼拝する者こそが神の子なのです。クリスチャンが誇れることはイエス・キリストがしてくださった救いのみ業だけです。自分で自分が救えるでしょうか。しかしもし律法を行うことによって救われると言うのであれば、私は律法については誰にもひけをとりません。わたしは生後8日目に割礼を受け、イスラエル人、ベニヤミン族の出身、生粋のヘブライ人です。またファリサイ派であり、教会の迫害者として律法には徹底的に従ってきました。しかし以前価値あるものを思っていたそれらのものをことごとく捨ててしまいました。主イエスを知っているという素晴らしいことに比べたら他のものは色あせて見えてくるのです。キリストへの信仰による義を知り、キリストを復活させた超自然的な力を体験すること、またキリスト共に苦しみ、復活の生き生きとした命に与るにはどんなこともいといません。
目標を目指して
私が既にそのような完全な人間というつもりはありません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がイエスキリストによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。もし何かの点でこの考えから外れていたら神が指摘してくださるでしょう。私に倣ってください。十字架に敵対している人が大勢ますが、その人たちの行く先は滅びです。しかし(主を信じる)わたしたちの本国は天にあります。キリストがそこからきてくださり、死ぬべき私たちの体をご自分と同じ栄光の体に変えてくださるのです。

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