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【聖書】士師記14章

 士師記14章・・・・・・ナジル人サムソンの罪
「サムソンはティムナに下って行ったが、そのティムナで一人の女、ペリシテ人の女に目をひかれた」14:1

くぅ〜ママのちょっと一言
この時代、結婚は親同士の取引によって成立したようです。イスラエルの民は異教徒との民と結婚することは禁じられていたはずですが、サムソンの両親もペリシテ人との結婚を反対はしたものの、それほど厳格に主の戒めを受け止めていなかったことが伺えます。しかし聖書はこの事は神のご計画だったと書かれています。御心は私たちには計り知ることが出来ません。それにしてもサムソンが妻の求めに負けて、なぞ架けの答えを言ってしまうところは何とも情けない気がします。
生き方に信念を持つ事は大事なことと思います。守るべき事は絶対に守る。してはいけない事は絶対にしない。それが甘くなると生き方がぶれてきます。もし、信念を曲げざるを得ないことがあったとしたら、十分に痛みを覚えての苦渋の決断でありたいです。

聖書要約
サムソンはティナムで会ったペリシテの女性に一目ぼれしました。サムソンは父母に結婚させてほしいと頼みましたが、父母は大反対です。しかしこの事は神さまのご計画だったのです。サムソンのたっての願いに父母はサムソンと一緒にティナムに向かいました。途中で若い獅子がサムソンに向かってきました。主に霊がサムソンに下ったので、サムソンは獅子を素手で引き裂きました。父母はそのことを知りません。父母とサムソンは女性の両親と結婚の約束を交わし帰っていきました。
しばらくしてサムソンは結婚式のためにまたティナムに出かけました。途中獅子の死骸の所に立ち寄ると死骸に蜜蜂が群がっていました。サムソンは蜜をかき集めて歩きながら食べました。両親にも食べさせたのですが、獅子の事は誰にも言いませんでした。
さて結婚式の手はずが整い、習慣に従って村の若者30人を呼んで祝宴を開きました。そこでサムソンはなぞ賭けをしようと持ちかけます。負けたほうが30枚の麻の衣と着替えの衣を差し出すことにしました。サムソンの出した問題は「食べる者から食べ物がでた。強いものから甘いものがでた」でした。若者達はわからなかったので、サムソンの妻に強要してサムソンから答えを聞きだし、「蜂蜜と獅子」を言い当てることが出来ました。サムソンは妻を使って聞き出したことに腹を立てて、妻を放って両親の家に帰ってしまいました。サムソンの妻は結婚式に来てくれていたサムソンの友のものとなりました。


 

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【聖書】士師記13章

 士師記13章・・・・・・主の霊が臨む時
「子は成長し、主はその子を祝福された。主の霊が彼を奮い立たせ始めたのは…」13:24

くぅ〜ママのちょっと一言
ナジル人とは聖別された者という意味で、ぶどうから取れるものを食べない、濃いお酒を飲まない、そのほか頭の毛を剃らない、死体に近づかないなどを守らなければなりませんでした。一定の期間請願をたてて、その期間ナジル人として生活する事は民数記の6章に書かれていますが、サムソンは胎内にいた時から死ぬまでナジル人として主から召されたのです。
私たちクリスチャンにはナジル人として生きる事はもとめられませんが、「自分の体を聖なるいけにえとして献げなさい」と、私たちがクリスチャンとして生きる姿勢がローマの信徒への手紙12:1に書かれています。それはまさしく聖別された者と言えます。私たちは日々、聖なる者として、霊の力を頂いて、主のご用のために家庭に、地域社会に、職場に使わされるものでありたいと思います。
サムソン
イスラエルの人々は、またも主の目に悪とされることを行ったので、40年間ペリシテ人の支配下に置かれるようになりました。主がそのようにされたのです。
ある日のこと、ダン族のマノアの妻の所に、主の御使いが現れました。妻は不妊でしたが、御使いは妻に男の子を産むと告げたのです。さらに「ぶどう酒や強いお酒、禁じられた食べ物は口にしてはいけません。その子をナジル人として育てなさい。その子はイスラエルをペリシテから救い出すことになる。」と告げたのです。妻は夫のマノアにそのことを話しました。マノアは「もう一度その方を私たちの元にお送りください。子どもをどのように育てたらいいのか教えてください」と祈りました。その祈りは聞かれ、今度は夫婦でその方に会うことができました。名前を尋ねたところ「不思議という」との答え。マノアは献げ物ささげました。炎が天に昇る時、御使いも天に昇って行かれました。それで夫婦はその方が御使いである事を知りました。やがて妻は男の子を産み、サムソンと名付けました。主の祝福の内に成長し、主の霊がサムソンに臨むと、力が奮い立つのです。

 

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【聖書】士師記12章

 士師記12章・・・・・・内紛
「そのときエフライム人四万二千人が倒された」12:6

くぅ〜ママのちょっと一言
ヨセフ族にはエフライム族とマナセ族がありますが、そのエフライムがギレアドをバカにしました。ギレアド人はヨセフ族を逃げ出した者たちであり、本来、ギレアド人たちはエフライムやマナセの中でおとなしくしていればいいのに生意気だというわけです。それを聞いてエフタは怒ったのです。またヨルダン川の渡し場でエフライム人を捕らえるのに、エフライム人は「穂」と意味する「シイボレト」を「シボレト」と発音することで見分けたのです。もともと同胞であり、どちらもヨセフの子孫なのに悲しいことです。
人間の虚栄心はするどい剣のようです。自分を優位にする為に人の心をずたずたに踏みにじみます「夕方5時からしか1時間しか働けなかった人にも、朝から働いた人と同じ賃金を払ってやりたい」とおっしゃる神さまの愛と赦しの天国が、この地でも実現するように願わずにはおれません。そして5時からしか働けなかったような私をも主はあふれんばかりの愛を注いでくださるのですから、もっと謙遜になって、主の愛に応えて生きていかなければならないと思います。

聖書要約
エフライム族がツァフォンに兵を集めてエフタに言いました。「アンモン人と戦う時なぜ、マナセには声をかけてエフライムには頼まなかったのか。お前を家もろとも焼き払ってやる」と。エフタは「以前エフライムに助けを求めた時に助けてくれなかったから、当てにせず、命がけで戦ったのではありませんか。主が味方してくださったので勝利したのです」と言いました。エフライムはエフタが属するギレアドのことをバカにしたので、エフタは兵を集めてエフライムを攻撃しました。エフタはヨルダン川を手中に収めて、そこに逃げてくるエフライム人を言葉のなまりで見分けてことごとく殺害したのです。
エフタは6年間イスラエルで士師として働きましたが世を去り、ギレアドの町に葬られました。
イブツァン
ベツレヘム出身、7年間士師としてイスラエルを裁きました。
エロン
ゼブルン人、10年間士師としてイスラエルを裁きました。
アブドン
ヒルアトン人、8年間士師としてイスラエルを裁きました。


 

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【聖書】士師記11章

 士師記11章・・・・・・ただ受けること
「エフタがミツパにある自分の家に帰ったとき、自分の娘が鼓を打ち鳴らし、踊りながら迎えに出て来た。」11:34

くぅ〜ママのちょっと一言
娘や息子を主にささげるというのは異教の習慣でイスラエルの主はそのようなことをお命じにはなりません。かつてアブラハムは主の試みとして息子イサクを主に献げるように命じられますが、イサクに手をかける前に止められました。そして主はイサクの代わりに献げものを用意してくださっていました。なぜエフタの場合はこのような悲しいことになってしまったのでしょうか。私たちにはみ心がすべて分かるわけではありませんが、エフタが請願をたてたことに問題があるような気がします。勝利の恵は主から無代価で頂くもので、「〜するから、恵を下さい」と取引するものではありませんクリスチャンの信仰は取引ではないのです。「お賽銭を入れたので商売を繁盛させてください」ではなく、すでに主から頂いた恵への応答して私たちは主に従うのです。それにしてもエフタは自分の家から最初に出てくる者が限られることがなぜ分からなかったのでしょう。いやそれがだれであっても他の人の命をかけるような請願をしてはなりません。

聖書要約
エフタ

 エフタはギルアデ出身の勇者でした。しかし母が遊女であったため、腹違いの兄弟に追い出され、ならず者と行動を共にするようになりました。ところがアンモン人がイスラエルに宣戦布告をしてきたとき、ギルアデの要人達がエフタのところに来て、指揮官としてギルアデのために戦って欲しいと頼みました。エフタは最初は冷ややかでしたが、「戦ってくれたらギルアデの王としよう」という言葉にエフタは帰ることにしました。この契約はミツパにおいて神の前で結ばれました。
 王になったエフタはアンモン人の王に使者を送り、攻撃の理由を聞きました。するとアンモン人の王はイスラエル人が住んでいる土地はもともとアンモン人のものだと主張するのです。エフタは出エジプトにおける歴史的事実を説明します。それはイスラエルの民が紅海を渡り、旅を続ける時に、エドムとモアブの王に領地の通過の許可をもらおうとしましたがこれを拒否されました。またエモリ人の王シホンには拒否されたばかりか、攻撃を仕掛けられたのです。主はイスラエルのために戦ってくださり、エモリ人の全土を与えてくださったのです。主から与えられた土地を私たちは守りますから、アンモン人はあなた方の神であるけケモシュが与えて与えて下さった土地を守りなさい。また300年間そのままにしていて、今更そのような主張は通らないと言い返したのです。しかしアンモンの王はエフタの言葉に耳を貸しませんでした。

 神の霊がエフタに臨み、エフタついに兵を挙げました。マナセを通り、マナセからも兵を募りました。エフタは主に「もし主の助けにより、アンモン人に勝って、帰還させていただいたなら、私を最初に迎えに出てきた者を完全に焼き尽くすいけにえにします」と請願を立てたのです。エフタは勝利を収め凱旋しました。エフタが戻ると、一人娘がタンバリンを打ち鳴らしながら父の勝利を喜びながら出迎えてくれたのです。エフタは胸が張り裂けそうでしたが、主への誓願を反故にするわけにはいきません。エフタは2ヶ月の間、家を出て、子どもを残せず死ぬことを嘆き悲しみましたが、その後その身をささげたのです。イスラエルには毎年4日間娘達は出て行ってエフタのために嘆き悲しむのです。

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【聖書】士師記10章

 士師記10章・・・・・・私の苦しみを見ておられる主
「主はイスラエルの苦しみが耐えられなくなった」10:16

くぅ〜ママのちょっと一言
後半の部分は次の章に行く為の序文です。アンモン人と戦ってくれる人が11章で現れます。
10章でも次々と士師が立てられ、リーダーとして民を導いたことが分かります。リーダーがいる時、民は主に従うことが出来るのですが、いなくなると偶像礼拝をするようになってしまうのです。出エジプトにもモーセがシナイ山に入っている40日間に、麓で待っていた民が金の子牛を造ったことでにが裁かれたことが書かれています。人間は目に見えない神さまを信じることより、目に見えるものに対して拝んだり信じたりする方が容易いのかもしれません。しかし、よくよく考えてみれば、超自然な神さまを見える形で現す方が信じがたいように思います。朽ちたり、さびたり、持ち運ばないといけないような対象を拝むのもなんだか変な感じがしてなりません。

聖書要約
トラ
アビメレクの死後イスラエルを救うためにトラが士師として立てられ、23年間イスラエルを裁きました。
ヤイル
その後ヤイルが22年間士師として立てられました。
イスラエルの罪と罰
ヤイルの死後また民は主の目に悪とされることを行いました。バアル、アシュタレト、アラム、シドン、モアブ、アンモン、ペリシテの神々に仕え、主を忘れてしまいました。主は怒りに燃え、イスラエルの民をペリシテ人とアンモン人の手に渡されたので、民は18年間苦しみました。耐えられなくなった民は主に救いを叫び求めました。しかし主は「あなたがたが仕えていた神々に救ってもらいなさい」と言われます。人々は異国の神々を一掃して主に仕えるようになりました。主はイスラエルの人々が苦しむのにこれ以上耐えられないと思われました
 さてアンモン人がギルアドに終結し、ミツパにいるイスラエルの民を攻撃しようとしていた時、ギルアデの人々は自分達を率いてアンモン人と戦ってくれる人はいないものかと思っていました。その人をギルアデの頭としようと話し合っていたのです。

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【聖書】士師記9章

   士師記9章・・・・・・勧善懲悪が成り立つか
「こうしてシケムの人々は、エルバアルの子ヨタムの呪いをその身に受けることとなった」9:57

くぅ〜ママのちょっと一言
勧善懲悪の結末は聞く者、見る者を勇気付けます。アビメレクとシケムの人々の悪事は報復され、ヨタムの呪いも成就したわけです。しかし現実の生活では決してそういう結末ばかりでないことを私たちは経験します。悪行を尽くして平然と生活している傍らで、正しい者が涙を流すことも現実にはあります。そのように目に見える世界だけを考えると割の合わない人生と思えるようなこともあるでしょう。しかし天の評価がある事を忘れてはいけません。この世で評価を博しても、天で評価されなければ天国には入れないのではないでしょうし、誤解を受けて辛い時、濡れ衣を着せられて悔しい時、真実を尽くしても分かってもらえない時、天では正しい評価がされていることもあります。最後に栄えるのはやはり主にあって正しい人であり、裁かれるべきは主の目に悪いことをする人とすれば、勧善懲悪の原理は天において完全に成り立つことなのです。
アビメレクの過ち
 エルバアル(ギデオン)の側女の子アビメレク母方の家族が属するシケムの人々を味方につけて、ギデオンの69人の子どもを殺害して王になりました。しかし末の息子ヨタムだけは身を隠して生き延びていました。ヨタムはアビメレクが王になったことを聞き、寓話を持ってシケムの人々とアビメレクを非難します。それはオリーブの木、いちじくの木、ブドウの木に王になって欲しいと頼むのですが、これらの木々は王になる事は自分の本来の仕事ではないと断わり、やむなくいばらが王となるというのです。すなわち王の風格を称えた子どもたちが王にならないのに、側女の子であり王にふさわしくないようなアビメレクが王になったことを批判しているのです。そしてヨタンはもしシケムの人々やアビメレクが間違っているなら滅びるだろうとのろいの言葉を発して身を隠しました。
 一方アビメレクは3年間イスラエルの支配下におきますが、シケムの首長たちはアビメレルを疎んじがるようになり、ついには裏切ることになりました。エベドの子ガアルをシケムの首長達は信用して仲間に引き入れたのです。祝宴を催した時に首長たちがアビメレルを嘲たのに乗じて、ガアルが「アビメレクは自分が成敗する」と豪語したのです。それをゼブルンがアビメレクに知らせたことによって、ガアルとアビメレクは一戦を交えることになりました。ゼブルンはガアルが怖気づいているのを知っていました。そして戦いをけしかけたのです。案の定ガアルは敗走しシケムから出て行きました。アビメレクはミグダルシケムの人々を打ち払い、続いてテベツの町を攻撃しようとしましたが、その時、女が挽き臼をアビメレクめがけて投げたので、アビメレクの頭蓋骨が砕かれてしまいました。瀕死の状態でしたが、女に殺されたという不名誉な死に方はしたくないと従者に止めを刺させたのです。これを見た人々はそれぞれ自分の家へと帰っていきました。このようにしてアビメレクとシケムの人々の悪事の報復が果たされたのです。


 

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【聖書】士師記8章

士師記8章・・・・・・主の恵みを心にとめよ
「イスラエルの人々は、周囲のあらゆる敵の手から救い出してくださった彼らの神、主を心に留めなくなった。」8:34

くぅ〜ママのちょっと一言
成功した時や人に評価された時にどのように対応するかでその人の真の姿が分かると思うことがあります。うまくことが運ぶとそれを快く感じ、時には有頂天になってしまいがちですが、そんなときこそ益々謙遜な心を持つことが、人生に対して忠実な生き方だと思うのです。
イスラエルの民のため勇敢に戦った勇者ギデオンでしたが、エポデを作ったことで大きな過ちを犯してしまいました。ギデオンの作ったエポデが偶像になってしまったのです。本来ギデオンがすべき事は、主の前に益々へりくだり、主がイスラエルをミディアン人から救ってくださったことを民と後世に伝えることによって、主の栄光を現すことでした。しかし見える形としてエポデを作ったことで、栄光をエポデ、もしくはギデオン自身に向けてしまったのです。そのことによって主の栄光を見えなくしてしまったのです。主に選ばれ、主の恵の内にいながら、人間の傲慢と言う罪のため主の祝福からもれることがあるのです。

聖書要約
 エフライムの人たちがギデオンに「なぜこの戦いに私たちを呼ばなかったのか」と激しく責めたてました。しかしギデオンは「加勢してくれたあなた達が二人の将軍を討ち取ったではないですか。わたしたちの方がなにもできなかった」と話したことで彼らの憤りはおさまりました。
 ギデオンはなおミディアン人を追跡しました。途中スコトで疲れて空腹の兵士のためにパンを求めたのですが、まだ勝利していない者に加担するわけにはいかないと冷たい対応をされます。ペヌエルでも同様の扱いをされました。その後ギデオンはミディアン人の二人の王ゼパとツァルナムを捕らえました。王を連行していく途中でスコトとペヌエルにおいて、ギデオンの頼みを断り、冷遇したことへの報復をしました。そして王に対してはギデオンの兄弟を殺害した事実がギデオンの知れるところとなり、王はギデオンの手によって殺害されます。
こうしてこの戦いは終結したのです。民はギデオンに「我々を治めてください」と言いましたが、ギデオンは「主があなたたちを治められる」ときっぱりと断りました。しかし民から戦利品として手に入れた金の耳輪を私に欲しいと頼みました。こうして民から集められた金の重さは20Kgにもなりました。その金でギデオンはエポデ(祭司の服)を作り自分の町に置いたのですが、それを民が拝むようになり、それがギデオンの犯した悪行となったのです。
一方ミディアン人は二度と立ち直れず、ギデオンが生きている40年間はイスラエルに平和が続きました。ギデオンには息子が70人いましたが、その中にアビメレクという男の子がいました。ギデオンはついに世を去り、墓に葬られました。ギデオンがなくなった後、イスラエルの民はたちまち偶像礼拝に陥り、主を忘れて生活をするようになったのです。


 

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【聖書】士師記7章

士師記7章・・・・・・主にのみ頼むために
「水を手にすくってすすった者の数は三百人であった」7:6

くぅ〜ママのちょっと一言
大軍で戦って勝利したことで、自分の力をおごるようになるといけないので、主は戦う人数を減らされました。大軍で戦うということは戦う前から祈る必要がないわけですから、勝っても感謝が少ないでしょう。しかし本当に心細い状況の中の戦いは主に祈らざるを得ません。祈らずにはおれない状況におかれる事は辛いことですが、そのことで主が共におられることを知ることが出来るならばこれほど幸いな事はありません。「悲しんでいる人は幸いです」というイエスキリストの山上の垂訓の言葉は真実だと思います。

聖書要約
ギデオン率いるエルバアルの軍勢は朝早くハロデの泉まで進みました。対するミディアンの連合軍は帰途のモレの山沿いに陣を敷きました。その時主はギデオンに言われたのです。「兵が多すぎる」と。そして恐れている者は帰るようにと告げると2万2千人が去り、1万人となりました。主はそれでも多すぎると言われ、水辺に兵を連れて行って、膝をついて飲んだものは去らせました。そして残った兵は300人となりました。
 その夜主はギデオンに敵陣に行ってどんな話が交わされているか確かめるようにおっしゃいました。そうすれば力を得るからと。ギデオンは従者を連れてこっそりと敵陣に忍び込みました。すると次のような夢の話をしているではありませんか「大麦の丸いパンがミディアンの陣営に転がり込み我々の天幕に一撃を加えた」と。仲間の者は大麦の丸いパンはギデオンの剣に違いないと言っているのです。力を得たギデオンは300の兵を3つに分けて全員に角笛と松明を入れた瓶を持たせて、深夜敵の陣営をひそかに包囲したのです。そして彼らは一斉に角笛を吹き、瓶を壊して「主のために。ギデオンのために」と叫んだのです。びっくりしたミディアン人たちは右往左往して、同士討ちをし始めました。主がそのようにされたのです。ギデオンはエフライムの山地に使者を送って、ヨルダン川の渡し場を押さえ、逃げてきた兵士、そして二人の将軍も捕らえたのです。


 

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【聖書】士師記6章

士師記6章・・・・・・「勇者よ」と呼んで下さる主
「勇者よ、主はあなたと共におられます」6:17

くぅ〜ママのちょっと一言
酒ぶねでミディアン人を恐れ、身を隠すようにして小麦を打っていたギデオン、もっとも貧しい氏族の、年下のギデオンに主が呼びかけれた言葉は「勇者よ」でした。あまりに現実と主の言葉にギャップがあります。しかし主の霊が彼をとらえた時、ギデオンは主の言葉どおり雄々しく召集ラッパを吹き鳴らすことが出来ました。主の霊をいただいた時、私たちは力を得て勇者のごとく生きていくことができます。怖気づきそうな時、不安にかれれる時、「勇者よ」と語りかけてくださる主の御言葉に耳をかたむけ、主の霊を頂いて雄々しく前に進む者でありたいと思います。

聖書要約
ギデオン

イスラエルの民はまたもや主から離れて他の神々を礼拝するようになりました。民はミディアン人によって7年間苦しめられました。主がそのようにされたのです。ミディアン人はイスラエルの民の作物を略奪し、家畜を襲い、命の糧になるものをことごとく持ち去りました。そのため民は甚だしく衰えて、民は主に助けを求めたのです。主は預言者を通して、出エジプトやカナン征服において主が民を恵まれたにも関わらず、民は他の神を敬ってはならないと主が言われたことに聞き従わなかったのでこのようなことが起ったのだと教えられました。
さて主の使いがギデオンに現れて「勇者よ。主が共におられます」そして「あなたはイスラエルとミディアン人の手から救い出す」と言ったのです。ギデオンはアビエゼル氏族のヨアシュの息子です。その時、ギデオンはなんとミディアン人に見つからないように酒ふねに隠れて小麦を打っていたのです。ギデオンは御使いに「私はマナセの中でももっとも貧弱なアビエゼル氏族の者、また私は年下です。そんな私がどうして民を救うことが出来るのでしょうか。もしそうならしるしを見せてください。あなたが本当の神である事を見せて下さい」と頼みました。御使いはギデオンが差し出した岩の上の献げ物を、杖を差し伸べて火で焼き尽くしてそのしるしとされたので、ギデオンは主の御使いである事を悟りました。
 その夜、主はギデオンに「父親の一番上等の雄牛を父親のバアルの祭壇に連れて行って、祭壇を壊し、そばのアシュラ像を切り倒してそれを薪にして、主の祭壇を築いて雄牛を献げなさい」と。ギデオンは10人の使用人と夜になってその通り決行しました。そのことが民に知れ、ギデオンは責められますが、ギデオンの父は「バアルの神は情けない。こんなにされても自分で仕返しできないのか。本当の神なら自分の祭壇を壊した人を裁かれるだろうに」とやり返しました。
 それからしばらくしてミディアン人、アマレク人その他の諸国が連合を組んでイスラエルを攻めてきました。神の霊がギデオンをとらえたので、ギデオンは召集ラッパを吹き鳴らしました。アビエゼルの男たちをはじめ、マナセ、アシェル、ゼブルン、ナフタリからも召集の求めに応じて戦士が集まりました。「私をお立てくださるならその証拠を見せてください」とギデオンは神に願い出ました。すなわち「明朝、打ち場においた羊の毛だけが濡れて、土が乾いているようにしてください。」と。主はそのとおりにされました。またもやギデオンは「土が濡れて羊の毛だけが乾いているようにしてください」と願ったのですが、主はまたしてもそのとおりにしてくださったのです。


 

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【聖書】士師記5章

士師記5章・・・・・・主が共に進まれる時
「イスラエルにおいて民が髪を伸ばし進んで身をささげるとき主をほめたたえよ」5:2

くぅ〜ママのちょっと一言
デボラの歌はイスラエル最古の詩文の一つだそうです。デボラのなんと勇ましい語り口調でしょう。武器がないイスラエルが勝ったのは主が共におられたからであることを声高らかに歌っているのです。主はこの戦いにゼブルンとナフタリに出陣せよと命じられましたが、義勇軍として参加した部族もいましたが、参加せずに自らの暮らしを優先していた部族のことも書かれています。参加しなかった部族についてはなんの裁きの言葉も書かれていません。主の言葉に反したわけではありませんから。しかしこの大事にいつもと同じ羊飼いや舟の仕事をしている姿は情けない気がします。
信仰の友が戦っている時には、私もデボラと共に義勇軍として戦う者でありたいです。祈りの戦士として。

聖書要約
デボラの歌

デボラはバラクと共に大勝利をたたえて歌いました。「髪を伸ばして(神に請願を立てて、自らを神に献げた姿)主に従う者たち、主をほめたたえよ。神が我々をセイルから導き出して下さり、エドムに共に進まれた時、地は振るえ、天は雨を降らせ、シナイ山さえ動いた。シャムガルやヤエルの時代、カナン人は平野を通る人に高い通行税を課した為、道行く人は減り、また脇道を恐る恐る通過した。イスラエルもデボラが立ち上がるまでは人口が減り続けた。イスラエルの民は異教の神々に心を奪われたため、主はイスラエルは敵の手に渡されようとした。イスラエル4万の兵士には武器がないというのに。しかし自らを主に献げようとした指導者たちと共に私は戦う。主をほめたたえよ。栗毛色の雌ろばに乗るような裕福な人も、歩くしかないような貧しい人も、主の救いを、主の勝利を歌おう。奮い立てデボラ、振りたてバラク、主が我々と共に行かれる。エフライムやベニヤミン、マキル、ゼブルン、イサカルからも駆けつけて加わった。しかしルベン(羊飼い)やギルアド(参加を躊躇)、ダン(舟の仕事に)、アシュル(船着場の仕事)は加わらなかった。ゼブルンとナフタリの部族は命をかけて戦場に赴いた。
カナンの王と交戦した時、天の星や激流がイスラエルに味方した。神の使いが民と共にいた。女の中でもっとも祝されるのはヤエル。天幕にいる女達の中で最も祝されるのはヤエル。シセラが助けを求めて天幕に入ってきた時、シラクが求める以上のものを差し出して安心させ、ついには命を奪った。シラセの母は帰ってこない息子を案じて、きっと戦利品が多くて分けるのに手間取っているのだと言い聞かせているのです。
主よ、このようにあなたの敵がことごとく滅びますように。主を愛する者が勢い増しますように。」
イスラエルは40年にわたって平穏でした。


 

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