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【聖書】マタイによる福音書2章

マタイによる福音書2章・・・・・人生の主権は主の手に
「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」マタイ2:10

くぅ〜ママのちょっと一言
2章では救い主であるユダヤ人の王がお生まれになったことが、東方の学者に星を通して知らされます。幼子のいる家にとまった星を見て「喜びにあふれた」と書いてあります。原文はとてつもない大きな喜びという意味だそうです。学者達は救い主の誕生の喜びを「拝みに行く」という行動で表し、その喜びを自分達の財力をもって主に仕えることで表しました。
ヘロデは自分とは別の王の存在を脅威に感じイエスを亡き者にしようとします。
主イエスの誕生に対して自分がどう関わるかは様々だと思います。ヘロデのように脅威と感じて否定するのか、それとも学者のように大きな喜びとするのか、さらにマリアやヨセフのように謙虚にお従いしますとひざまずくのでしょうか。
主イエスの誕生を受け入れて人生を送ることがクリスチャンの歩みです。それは自分で生きるのではなく、私の中に働かれるイエス・キリストとともに生きるということです。それは新約聖書の多くを書いたパウロは「私たちは洗礼によってキリスト共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活されたように、私たちも新しい命に生きるためなのです」(ローマ6:4)と告白しています。 またマザーテレサは「私は神さまに握られている1本の鉛筆に過ぎない」と、自らをいい表しています。すなわち信仰とは「私の人生の主権を自分の手から神さまの手に手渡すこと」なのです。

聖書要約
グッド占星術の学者たちが訪れる
イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになりました。天文学者たちが東の国からはるばるやってきて尋ねました。「ユダヤの王としてお生まれになった方はどこにおられますか。私たちはその方の星を見たので拝みに来たのです」と。それを聞いたヘロデ王やエルサレムの人々は不安を抱きました。祭司長や律法学者に調べさせたところ、預言者ミカが「ベツレヘムで私たちの民の指導者が出る」と記していたのです。ヘロデ王は学者たちをひそかに呼んで「詳しいことが分かれば知らせてくれ。私も拝みに行くから」と言って送りだしました。学者たちは星が幼子のいる家に留まったのを見て大きな喜びにあふれました。彼らはひれ伏して拝み、黄金、乳香、没薬の贈り物を献げました。「ヘロデの所に行くな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って帰って行きました。
グッドエジプトに避難する
彼らが帰った後、み使いがヨセフに現れて言いました。「ヘロデがこの子を殺そうとしています。エジプトに逃げなさい」と。ヨセフはその夜のうちに、マリヤと幼子を連れてエジプトに旅立ち、ヘロデが死ぬまでそこで留まりました。「私の子をエジプトから呼び出した」という預言者の言葉通りのことが起こったのです。
グッドヘロデ子どもを皆殺しにする
天文学者にだまされたことを知ったヘロデ王は怒り狂い、ベツレヘムとその周辺に住む2歳以下の男の子を一人残らず殺させました。これもエレミヤが預言した通りのことでした。
グッドエジプトから帰国する
ヘロデが死ぬとエジプトのヨセフにみ使いが夢に現れて、イスラエルに帰るように言います。ヘロデの息子が王となっていたため、ユダや地方に行くことを避け、ガリラヤのナザレの町に住むことになりました。預言者が「彼はナザレの人と呼ばれる」と言った通りになったのです。

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【聖書】マタイによる福音書1章

マタイによる福音書1章・・・・・・インマヌエルの主に信頼して
「その名はインマヌエルとよばれる」マタイ1:23

くぅ〜ママのちょっと一言

聖書は旧約聖書と新約聖書があり、前半の3分の2ほどが旧約聖書です。新約聖書の最初がマタイによる福音書です。福音とは「イエス=キリストによってもたらされた人類の救いと神の国に関する喜ばしいよい知らせ」ということ。マタイに続き、マルコ、ルカ、ヨハネと福音書が続きます。
マタイはイエスキリストの弟子の一人です。マタイは税金を取り立てる役人でした。当時、彼らの中には不正に取り立てる者も多く、人々から軽蔑される職業でしたが、主イエスはマタイに声をかけられました。マタイはいっさいを捨てて彼に従ったのです。
マタイの福音書はユダヤ人に対して、イエスは人々が待望していた救い主、キリストであることを伝えようとしています。系図を重んじるユダヤ人に書かれたものですから、最初に名前が列挙されているのです。現代の私たちにはここで読む気力がダウンしてしまいそうになるのですが、ユダヤ人にはここが大切なことでした。私たちにとっても聖書に慣れ親しむに従って、この系図を見ると、聖書の流れが一目了然となり、親しみを感じるものに変わってきます。
1章の後半は主イエスの誕生ストーリーです。マタイはヨセフ側から主イエスの誕生について書いています。マリヤはもちろんですが、この主のご計画に対し、自分の名誉や都合をいっさい言わず、自分を明け渡して主に従いました。ここに主の祝福があります。
「インマヌエル」神さまが私たちと共におられる!なんと嬉しい言葉でしょう。この信仰がクリスチャンの力強い歩みとなっています。迷っている時は正しい道を示して下さり、恐れている時には心に平安を与えくださり、疲れて一歩も前に踏み出さないような時には背負ってくださり、重い荷物を持っている時には担いでくださり、前が見えない時には足元にともし火を照らしてくださり、手を引いてくださり、行く手の希望を見させて勇気付けてくださる。そんな主イエスに信頼して生きていくのがクリスチャンの歩みなのです

聖書要約
グッドイエスの系図
アブラハムからダビデまで14代、ダビデからバビロン移住まで14代、バビロン移住からイエスキリストの誕生まで14代、計42代の名前が列挙されイエスキリストの系図が表されています。
グッドイエス・キリストの誕生
イエス・キリストの誕生について。母マリヤはヨセフと婚約していましたが、結婚する前にマリヤは聖霊よって身ごもりました。ヨセフは正しい人でしたから、婚約を破棄しようとしたのですが、み使いが夢に現れて言いました。「ダビデの子孫ヨセフよ。マリヤとためらわずに結婚しなさい。マリヤは聖霊によって男の子を宿したのです。その子をイエス(救い主)と名付けなさい。この方こそ、人々を罪から救って下さる神の御子です。神が預言者を通して語られたことが実現するのです。すなわち『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は“神は我々と共におられる”という意味である』。」と。ヨセフはみ使いが命じた通りにマリヤと結婚しました。ヨセフは出産するまでマリヤに触れませんでした。そして生まれた子にイエスと名付けました。


 

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【聖書】天の窓・マラキ書3章

マラキ書3章・・・・・・主は天の窓を開き、祝福を注いでくださる
「必ず、わたしはあなたたちのために、天の窓を開き、祝福を限りなく注ぐであろう。」3:10

くぅ〜ママのちょっと一言
主の道を整える使者はバプテスマのヨハネに置いて成就します。裁きの日にこの地が滅びないために主は社会的弱者への愛、また家族の和解の実現を求められます。また十分の一は主にお返しする信仰姿勢によって主は天の窓を開いて恵むと言われます。聖書を通して「主を試しなさい」と書かれているのはこの個所だけだとか。何よりも主の記憶の書に名前が記され、消されることがありませんように主に従っていく生涯を歩みたいと思います。

聖書要約
「見よ、私は私の前に使者を使わして、道を整えさせる。そしてあなたたちが待ち望んでいる主は突如、神殿に来られる。神が約束されたその使者は素晴らしい喜びをもたらす。その人は必ず来る」と万軍の主は言われる。「しかし彼が来る時、誰がそれに耐えうるだろうか。彼は火で金属を精錬され、汚れた衣服を純白にされ、清い心で主に仕え、正しく捧げることができるようにされる。そうなれば、私は以前のようにユダとイスラエルの民の捧げものを喜んで受け入れる。彼が来る時、私の裁きは素早く確実に行われる。人をだます者、不品行な者、嘘つき、不当な賃金で労働者を酷使する雇い主、未亡人はみなしごを苦しめる者、外国人をだます者、主を畏れない者は排除される」と万軍の主は言われる。
グッド悔い改めの勧告
「神である私は変ることはない。あなたたちは先祖の時代から私の律法を軽んじてきた。しかし私の下に帰ってくるなら、私はあなた方を赦そう。」と万軍の主は言われる。しかしあなた方は「「どうように立ちかえればいいのか」という。またあなた方は神を偽っていながら「どのように私たちが偽っているのですか」という。あなたたちは私に収めるべき10分の1の捧げものをしていないではないか。そのためにあなた方には恐ろしい呪いが降りかかる。「十分の一の献げ物を全て倉に運び、わたしの家に食物があるようにせよ。これによって私を試してみよ。と万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために天の窓を開き、祝福のを限りなく注ぐ。収穫物をイナゴの害から守り、ぶどうが不作となることはない。諸国の民はあなたたちを幸せな者と呼ぶ。」と万軍の主は言われる。
グッド正しい者と神の逆らう者
「あなたたちの言葉は何と横柄なんだ」と主は言われる。ところがあなたたちは「なんのことですか」という。あなたたちは「神を礼拝したり、神に従うなんて馬鹿げている。高ぶる者も幸せに暮らしている。悪事を働いても罰せられない」という。しかし主に従う者の語りあう言葉に主は耳を傾けておられ、彼らの名を記憶の書に書いてくださる。その日には彼らは私の宝となる。その時は善人と悪人、主に仕える者と仕えない者の神の扱いは全く違う。
グッド主の日
万軍の主は言われる「裁判の日が来る。高ぶる者、悪を行う者はわらのように燃え尽きてしまう。しかし主の名を畏れる者は正義の太陽がのぼり、その翼があなた方を癒す。子牛のように喜び跳ねて、悪人どもを踏みつける。シナイ山でモーセに与えた律法を守れ。審判の火にはエリヤのような預言者を遣わす。彼の宣教によって父と子が再び仲良くされる。私が来て、あなた方が悔い改めないのを見てこの地を完全に破壊するようなことがないように。

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【聖書】契約・マラキ書2章

マラキ書2章・・・・・・命と平和のための契約
「レビと結んだわが契約は命と平和のためであり、わたしはそれらを彼らに与えた。」2:5くぅ〜ママのちょっと一言
離婚することへの戒めが書かれています。注解書にはこれが書かれた背景には「帰還した民が資産を確保するために、土地の女性と結婚し、元の妻を離縁することがあった」と書かれていました。現代も3組に1組が離婚する時代です。理由は違いますが、結婚した二人がいついつまでも仲良く暮らすことは難しいことだと思います。愛を持続させる有効な方法は、お互いに主から愛を頂くことと、相手も神がこよなく愛しておられる大切な一人だということにいつも立ち返るはことではないでしょうか。

聖書要約
グッド祭司への警告
祭司たちよ、万軍の主の命令を聞きなさい。「あなた方が生き方を変えず、私の名を崇めないなら、私はあなた方に刑罰を下す。実際すでにあなた方は呪われている。私は子孫を責め、宿営の外で焼かれるいけにえの動物の糞と一緒にあなた方を投げ捨てる。その時ようやくあなた方はレビに与えた律法に戻りなさいと言ったのが主なる私であることを知るであろう。
律法を与えた目的は、律法を守る人には祝福である、いのちと平和を与え、主への尊敬と畏敬の念を示す機会とすることである。レビはそのことを民に伝え、主に立ち返らせた。しかしあなた方は律法を教えるどころか、律法をねじ曲げ、見せかけだけのものとし、民を神から離して罪を犯させている。自分の好きなように律法を変えたのだから、私もあなたたちを無価値な者とする」と主は言われます。
グッド若い時の妻に対する背信
あなた方は神によって創造された兄弟なのに互いに裏ぎり、律法に反している。ユダでは異教徒の女と結婚して聖なる神殿を汚している。このような者は祭司であれ、信徒であれ、祝福の契約から除外される。しかしあなた方は「私たちはこんなに捧げているのに、神はお受け取りにならない」と言って祭壇に涙を流す。私が捧げ物を受け取らない理由は若い時に結婚して長年連れ添った妻を離縁させるという裏ぎり行為をしたからだ。主のみ心に沿って二人は結婚したのだから、二人は一つとなって神を信じる子孫を産み育てることを主は望んでおられる。だから情欲におぼれることなく、妻を裏切ってはいけない
グッド審判の日の到来
あなた方は自分の言葉で主を煩わしている。それなのに「どのように疲れさせたのですか」と驚いて見せる。あなた方は「悪を行うことも主を喜ばせていることだ」とか「神は私たちを罰しない」と言っているではないですか。

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【聖書】ささげ物・マラキ書1章

マラキ書1章・・・・・・主へのささげ物
「…傷のあるものを主にささげる偽り者は呪われよ。1:14

くぅ〜ママのちょっと一言
捕囚から帰還して100年、神殿の再建から80年を経たころに預言者として使わされたのがマラキです。民は主への感謝が薄れ、礼拝は形式主義に陥り、律法軽視の雰囲気が漂っていた頃に、主の言葉を民に伝えます。神がイスラエルを愛しているにもかかわらず、民の不誠実、特に祭司の不実が取りざたされます。(ヤコブとエソウについては創世記25章を参照のこと)信仰は形式でもなく、義務でもなく、主から頂いた恵みの大きさを思う時に感謝してもしきれない気持ちで礼拝に集い、全ては主の恵みによって頂いたものなのですから、その中から感謝をこめて主にお捧げするのが本来のあり方でしょう。

聖書要約
マラキが主から託されたイスラエルへの言葉
グッドイスラエルとエドム
「私はあなたを愛した」と、主は言われます。しかしあなたたちは言う。「どんなに私たちを愛してくださったのですか」と。「私はあなた方の始祖、ヤコブを愛した。理由はない。ヤコブの兄のエソウは退け、相続の地は廃墟となっている。もし子孫が再建しようとしても私が破壊する。悪の地、神に見放された民と呼ばれる。イスラエルの民よ、自分の目で確かめて言いなさい『主の力はイスラエルの国境を越えて全地に及ぶ』と」
グッド正しい礼拝
「子は父を敬うものだ。しかしあなた方は父なる神である私を少しも敬っていない。祭司に至っては私の名をさげすんでいる。」と主は言われる。あなた方は「私たちがいつ神様をさげすんだのです」と言う。主の答えは「祭壇に汚れたいけにえを捧げる時だ」とお答えになる。「あなた方は高価なものを祭壇に捧げる必要はないと言って、足の悪い動物や病気の動物を捧げる。総督にそんな贈り物をして喜んでもらえるか試してみるがいい。今、神が恵みを与えることが出来るように赦しを願ったとしても神がそれを受け入れてくださるだろうか。『こんな捧げものは受け取らない』と、戸を閉ざす祭司が一人でもいたらいいのだが。私は汚れた捧げものなど受け取りたくもない。」
全世界の国々の民が主の名を崇め、香が炊かれ、清い捧げ物が捧げられている。それなのにあなたたちは主の祭壇を汚している。捧げ物のことを軽く見たり、煩わしいことと思っている。傷のない雄の動物を捧げると言いながら傷のあるものを主に捧げる者は呪われる。完全な主権者である主は、主の民であるあなた方が主を拒否するのであれば、主は他の諸国の民に祝福をお与えになるであろう。そして彼らは主を畏れるであろう。

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【聖書】夕べになっても光が・ゼカリヤ書14章

ゼカリヤ書14章・・・・・・夕べになっても光がある
「そのときは昼もなければ、夜もなく、夕べになっても光がある」14:7

くぅ〜ママのちょっと一言
エルサレムに対する諸国の攻撃の後、主が顕現され、新たになったエルサレムで世界を統治される。諸国からエルサレムに礼拝に訪れるようになる。また神殿祭儀にまつわる聖と俗の区別がなくなり主に礼拝を捧げるかどうかだけが問題となると書かれています。またエルサレムは霊のエルサレム、すなわち教会と解釈されるとのことです。大変理解が難しい個所とのこと。しかしその日には主の輝きによって光を頂けるので、もはや太陽や月の輝きは必要なくなります。夕暮れでもなお光があるのです。また律法的ではなく、自由に礼拝を捧げることができるようになるなど、希望に満ちたものであることが伝わってきます。

聖書要約
見よ、主の日が来る。その日主は諸国を集め、エルサレムを攻めさせる。都は陥落し、半分の者は奴隷となって連れさられ、半分の者は廃墟に残される。その時、エルサレムを攻める諸国と戦われるために主が来てくださり、オリーブ山に頂きに立たれる。すると山は真っ二つに分かれ、町に通じる谷が出来る。そこを通って逃げることが出来る。主なるみ使いと共にあなたの側に来られる。その日太陽も月も星も輝かなくなる。それでも昼間が続き、夕暮れでもなお光がある。いのちを与える水がエルサレムから流れ出し、夏も冬も絶えず流れ続ける。このようにして神は全地を支配される。その時、他の神々は退けられる。全地が広大な平野となり、エルサレムだけが高台となり、ついに安心して人々が住めるようになる。主はエルサレムを攻撃した諸国を伝染病で苦しめ、金銀が押収される。この災いの中で生き残った者が毎年、主を礼拝するためにエルサレムに上るようになる。礼拝をするためにエルサレムに来ない者はみな罰せられる。その日はすべての器は聖なるものとなり、礼拝に来る者は捧げものを煮るためにどの容器でも自由に使える。神殿には商人はいなくなる。

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【聖書】清められる・ゼカリヤ書13章

ゼカリヤ書13章・・・・・・罪と汚れが洗い清められる
「…罪と汚れを洗い清める一つの泉が開かれる。」13:1

くぅ〜ママのちょっと一言
「私の友である羊飼いが切り殺される」というのはイエスキリストの十字架の死によって現実となります。主イエスも十字架の前に引用されています。
泉によって罪と汚れが清められるとありますが、真の清めはイエスキリストの十字架の死という犠牲に寄らなければ成しえなかったことであり、それを信じることによってのみ私たちの罪と汚れは清められると聖書は教えています。

聖書要約
その日イスラエルとエルサレムの住人に罪と汚れを清める泉がわき出る。そして万軍の主が宣言されます。「その日、偶像を跡形もなく取り除く。偽預言者や占い師も一掃される。それでも懲りずに預言する者は「神の名を使って偽りをいう者は死ね」と、両親によって切り殺される。偽預言者は傲慢な態度をとることを止め、預言者を表す服装もしなくなる。「私は預言者ではありません。若いころから農夫をしています」というようになる。預言をする儀式の時に自ら切り付けた胸と背中についた傷も「友だちとケンカをしたときの傷です」というでしょう
万軍の主は言われる。「私の友である羊飼いを打ち殺せ。そうすれば羊は散り散りになる。しかしその後私は戻ってきて羊をいたわる。イスラエルの3分の2は死に絶え。3分の1だけが残る。その残った人々を金や銀を精錬するように清める。私が『あなたたちこそ私の民だ』という時、彼らもまた『主は私の神である』と答えるだろう。」

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【聖書】刺し貫いた者・ゼカリヤ書12章

ゼカリヤ書12章・・・・・・自ら刺し貫いた者を見つめる
「彼らは、自ら刺し貫いた者であるわたしを見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむj。12:10

くぅ〜ママのちょっと一言
イスラエルに対する神の奇跡的な救いが描かれています。そして主はイスラエルに憐れみと祈りの霊を注がれます。そのことによって罪と汚れから清められたことを表すとのこと。嘆きの動機は自ら刺し貫いた人を見ることとなっていますが、この預言は新約聖書の主イエスキリストの十字架上の死によって成就します。
嘆くことも主がしてくださることですし、敵に対して重い石にされるのも主の働きかけです。救いも浄化も全て私たちの努力ではなく、主がそのようにしてくださるのです。なんと感謝なことでしょう。

聖書要約
グッドエルサレムの救いと浄化
天を張り、地の基いをすえ、人間を霊を持つ者としてお造りになった主なる神がイスラエルの運命を次のように宣言されます。
「私はエルサレムを、敵を無力にする酒を盛った杯とする。私はエルサレムを、攻めてくる国々を押しつぶすような重い石とする。その日にはエルサレムにたちむかってくる諸国をことごとく撃つ。ユダの諸族は口々に言うであろう『エルサレムの住人は神である天の軍勢が彼らに力を与えていることを知った』と。その日には私はユダの部族を麦の束を焼き尽くす松明のようにするので、周りの民は焼き尽くされる。しかしエルサレムは無傷のままだ。主はまずエルサレムより先にユダを救われる。エルサレムの住人とダビデの子孫が傲慢にならないために。またその日主はエルサレムのために盾となられる。その日、エルサレムの住人の最も弱い人でもダビデのように強くなり、神やみ使いのように先だって戦う。その日、エルサレムに攻めてくるあらゆる国を必ず滅ぼす。その日エルサレムの全住人に憐れみと祈りの霊を注ぐ。彼らは自分が突き殺した者を見て嘆き悲しむ。長男を亡くしたように嘆く。イスラエルの全民は誰もかれもが悔恨の涙を流す。

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【聖書】わが契約・ゼカリヤ書11章

ゼカリヤ書11章・・・・・・わが契約
「わたしは「好意」というわたしの杖を取って折り、諸国の民すべてと結んだわが契約を無効にした。」11:10

くぅ〜ママのちょっと一言
私には難解な章です。神から遣わされた指導者を拒否した民に悪い指導者を与えると告げられています。世の中の混沌の原因はまずは主に対して罪を犯したこと、そして良い指導者であるキリストを拒否したことにあると言えます。しかし主の愛はそこから私たちを救いへと導いてくださるのです。

聖書要約
レバノンよ、扉を開け、審判が下されるから。レバノン杉が焼かれるようにあなた方は滅ぼされる。パシャンよ、泣き叫べ、人を寄せ付けなかったような森の木まで倒されるから。ヨルダンの密林も荒れ果てた。悪が暴かれて富を失ったイスラエルの指導者の悲痛な叫び声が聞こえる。
グッド悪い羊飼い
それから主は語られました。「滅びに定められた羊を飼いなさい」と。この羊は私の民を表している。指導者は容赦なく私の民を売り飛ばし、富を得た。そして羊を憐れまない。私も民を憐れまず、邪悪な指導者の手に渡す。敵が襲ってきても、私は救わない。
私は羊を飼うために2本の杖を買った。1本は「好意」もう1本は「一致」と名付けた。しかし次々と3人の悪質な羊飼いを追い出した。そればかりでなく、羊である民たちにも我慢できなくなった。民も私を嫌った。もうあなた方の羊飼いをするのはまっぴらだ。私は「好意」という杖を折り、諸国の民と結んだ契約を破棄した。羊を売り買いする商人はそれを見て、私の行為が主から出たものであることを悟った。私は彼らに言った。「よかったら、私に見合った賃金を払いなさい」と。彼らが私に払った賃金はたった30シュケルでした。それをさい銭箱に投げ入れ、もう1本の「一致」という杖も折り、ユダとイスラエルの兄弟関係も無効にした。主はさらに私に言われた。「愚かな羊飼いのようになれ」と。羊の世話は何一つせず、肥えた羊を食べるために引き裂くことしかしない。このような役立たずの羊飼いは呪われよ。主の剣によって腕は使えなくなり、右目は見えなくなる。

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【聖書】隅の石・ゼカリヤ書10章

ゼカリヤ書10章・・・・・・彼らから隅の石が出る
「彼らから隅の石が、彼のから杭が、彼らから戦いの弓が、彼らからすべての指導者が出る。」10:4

くぅ〜ママのちょっと一言
主は偶像礼拝の指導者を罰すると言われます。そして主に救われた者は祝福され人口が増えます。そして彼らから出る、隅の石、杭、弓とはメシアであるイエスキリストを表しています。ゼカリヤ書はメシア預言が散りばめられています。本当に恵みの雨を降らせてくださり、心からの喜びを与えてくださるキリストイエスに従う者でありたいと思います。

聖書要約
春の雨を主に願いなさい。主は豊かに雨を降らせ、収穫を与えてくださる。偶像や占い師に言うことはなんと愚かなことでしょう。そのような言葉に惑わされ。人々は羊飼いのいない羊のように迷い出てしまって攻撃の的にされている。私は彼らを養う羊飼いの立場のイスラエルの指導者たちに怒りを燃やす。彼らを罰し、羊である彼らを助け、誇らしげに戦場を駆け巡る軍馬のようにする。彼らから隅の石、杭、戦いの弓が出る。彼らは主のために戦う勇者となり、敵は全滅する。
私はユダとイスラエルを力づける。私は彼らを愛しているので連れ戻し、彼らの神となる。彼らは勇士のようになり、ぶどう酒を飲んだように喜びを味わう。子どもらも喜ぶ。私が口笛を吹けばみんな駆け寄ってくる。残りの者は再びかつてのように人口が増える。エジプトやアッシリアから呼び集める時、彼らは海を通って進む。ナイルは干上がり、アッシリアやエジプトの時代は終わりを告げる。彼らは主と共に歩み続ける。

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