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創世記2章
   今日の誕生日inマナ…、いくのちゃん21歳、こうへいくん18歳、りんかちゃん14歳、、さわちゃん10歳、もとなおくん9歳、ゆうきくん9歳、あおいくん7歳、よういちくん5歳、ゆづるくん3歳、さなちゃん2歳、神さまの祝福が豊かにありますように!
          
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嘘をつくことは悪いこと!と私たちは家庭でも学校でも教えられて成長しました。でも嘘をついた人よりよりもだまされる方が悪いをいう考えが主流の国もあるそうです…最近の日本の国や国際社会を見ていると平気でうそをついてもまかり通っているような…。やはりだまされる方が悪い!が本当の考えなの?と怒りをぶつけたくなる気分です。大人は子どものよいお手本にならなくてはならないのに…
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創世記2章・・・・・・ふさわしい助け手
「人は一人でいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」2:18
全世界は完全に出来上がりました。神は第7日目に仕事の手を休め、この日を祝福して聖なる日と定められました。
初めは地には一本の木も生えていませんでした。神が雨を降らせなかったし、地を耕す人もいませんでした。しかし地のあちらこちらから水が湧き出て地を潤していました。やがて神は人をお造りになるときがやってきました。地のちりで体を作り、息を吹き入れられて人格のある生きた者とされました。そして神は東の方にエデンの園を造られて、そこに人を住まわせました。園にはあらゆる種類の木が植えられて、美味しい実をつけました。園の中央に「いのちの木」と「善悪を判断する木」がありました。そしてエデンの園には4つの川が流れていました。第1はピション川、その流域は金や香りのよい木や琥珀などが採れました。第2はギボン川、クシュを潤します。第3はチグリス川、第4はユーフラテス川です。
神は人をその園の番人にしました。園のどの果物を食べてもいいが、ただ、「園の中央の善悪を判断する木の実は食べてはいけない、食べると死んでしまうから」と神は人にお命じになりました。
神は人が一人でいるのはよくないと考えて彼の助け手を造ろうと考えられました。土からあらゆる種類の動物や鳥を作り、人のところに持って来て、名前をつけさせました。しかしアダムの助け手になるようなものが見当たらず、神はアダムをぐっすりとねむらせ、アダムの肋骨の1本を取り出し、それで女をお造りになりました。アダムは「ぴったりです。まさに私の半身です。男〈イーシュ)から造ったから女(イシャー〉と呼ぶことにします」と。こういうわけで、人は両親の元を離れ、妻と結ばれ二人は一体となるのです。このときは二人は裸でしたが、恥かしいとは思いませんでした。

くぅ〜ママのちょっと一言
1章、2章と時間が交差して書かれています。2章の大半は天地創造を振り返って、人間の創造という大切な部分がもう少し詳しく書かれています。1章ではアダムの助け手として女が造られたところが省かれて、「男と女に創造された」となっていたのです。
 女はふさわしい助け手となっていますが、これはパートナーということで、主従の関係ではなく対等な向き合う関を示しています。妻は夫のよいパートナーとしての使命を自覚し、夫は妻をパートナーとして大切に守っていかなければならないと思います。対等と言っても、生物的差異を考えると男女に与えられた役割の特徴はそれぞれにあると思います。少なくとも、産む性をもつ女性はしなやかな攻撃的でない肉体を持っているので、男性は女性を大切にし、守るという役割を忘れてはいけません。二人は裸でいても恥ずかしくなかったと書かれていますが、お互いのそのままを認めあう関係であり、性そのものは祝福されたことなのです
エデンから流れる川が書かれていますが、この地名などから考えても、エデンがどこに位置していたかは推測できないようです。
エデンの園の中央の、「善悪を判断する」木の実は食べてはいけないと神はお命じになりまいた。善悪とは道徳的なことではなく、全知全能の神のようになるという意味です。

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