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【聖書】ヨシュア記20章

ヨシュア記20章・赦しの道
「…あるいはその時の大祭司が死ぬまで、町にとどまらねばならない。」20:6
くぅ〜ママのちょっと一言
旧約の律法では人を殺害した者は自分の命を持ってつぐなうことが定められていましたが、細則として、過って人を殺したものが助かる道が示されました。
私たちが生きる新約の時代ではどうでしょう。すべての罪は主のみ前で告白し、私の罪のためにイエスキリストが十字架に架かられたと信じるときに、その罪は赦され、人は新しく生きることができるようになると聖書には書かれています。イスラエルの民は大祭司が死ぬことによって罪が赦され、家に帰ることができましたが、キリストは私達のためにすでに死んで赦しの道を与えてくださっているのです。もちろん自分が所属する社会のルールに違反した時は所属する社会の法律にのっとって償わなければなりません。しかし永遠の命を握っておられる神さまに赦してもらうことが何よりも大切なことなのです。

 

聖書要約

逃れの町
主はモーセに言われた逃れの町についてヨシュアにも命じられました。そこは意図的ではなく過って人を殺害した者が報復をする者から逃れることができる所です。その人は裁きを受けるまで、またその時の大祭司が死ぬまで、そこで留まらなくてはなりませんでした。ケデシュ、シケム、ヘブロン、ベツェル、ラモト、ゴランがその町と定められました。

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