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【聖書】士師記21章

士師記21章・・・・・・自分の目に正こと、神の目に正しいこと
「そのころ、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正いとすることを行っていた」21:25

くぅ〜ママのちょっと一言
イスラエルの指導者たちの都合のよい理屈で事が運んでいきました。それも最後の1行に書かれている「その頃イスラエルには王(神)がなく、それぞれ自分の正しいとすることを行っていた」ということに象徴されるのだと思います。人間がそれぞれの都合に合わせて大義名分を立てて国民を地獄に陥れるのが戦争だと思います。それはこの時代も今の時代も変わりません。また日本の日清日露戦争から敗戦までの行程も日本の利潤を優先にしながら大義名分をたてて国民を戦争へと駆り立てました。人間が人間を平和へと導く事は大変難しいと思います。それは人間は自分の都合や利益を抜きにして考える事がまずできないからです。しかし神に導きを仰ぐことによって始めて私たちは戦争のない平和な世界を手にすることが出来ると思います「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。 ... 「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」聖書が教えるこの神の第1の掟を自分の身の回りから実現していきたいと思います。

聖書要約
イスラエルの指導者達は戦闘前に娘をベニヤミンの部族に嫁がせないと誓っていましたが、いざ戦いが終わってみるとベニヤミンのほとんどが死に絶え、わずかにリンモンの岩場に隠れている600人ほどの兵士たちが残されているだけでした。その者たちに自分達の娘を嫁がせる事はできないということはイスラエルの民は12部族の1部族が欠けることになり、それを嘆いたのです。しかし妙案が浮びました。ミツパでの主のみ前での集まりに参加しないものは滅ぼされるという誓いを破った者がいました。それはベニヤミンと密接な関係にあったギレアドのヤベシュの住民でした。イスラエルの共同体は兵を集め、ヤベシュを攻撃し壊滅させましたが、400人の娘を生かしておいて、リンモンの岩場にいるベニヤミンの生き残りの者達に和解を呼びかけ、それらの娘を与えたのです。しかしまだ足りません。そこで考え出したのが、ベニヤミンの男達にエフライムの領地であるシロの祭りの時に踊りに来る娘を略奪することを許したのです。もし文句を言う者があれば、ベニヤミンに嫁がせる事は「誓い」があるためできないけど、こうすることで誓いを破らずにベニヤミンの男と結婚することが出来るのだからと言って説き伏せました。そのころイスラエルには王がなく、それぞれ自分の正しいとすることを行っていました。


 

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