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【聖書】ルカ3章

ルカによる福音書3章・・・・・・罪の赦しに対する応答の実
「悔い改めにふさわしい実を結べ」」ルカ3:8

くぅ〜ママのちょっと一言
最後の預言者、ヨハネは荒野で神の声を聞き、それを人々に伝えました。ヨハネの役割の一つは群集に悔い改めを迫ったこと。二つ目はイエスを群集に紹介したこと。三つ目はイエスに洗礼を授けることでした。ヨハネが神の声を聞いた荒野は神と出会う場所として度々聖書の中に書かれています。現代を生きる私たちにも同様のことが言えるのではないでしょうか。病気や事故や失敗、誤解や裏切りや仲たがいなどから不安や絶望、悲しみ、悔しさ、怒り、あせりという荒野のただ中で、神に出会うという経験をすることがあります。自分にとって望まない人生の荒野が、もし神と出会う時となるならばこれほどすばらしいことはないと思います。
イエスの系図ですが、マタイの福音書の最初にも出てきました。マタイはアブラハムから始まってイエスに至っていますが、ルカはイエスからさかのぼっています。順序が逆でも列挙されている名前が同じであるはずですが、少し違いがあります。しかしどちらも間違いではありません。例えば31節のダビデですが、ルカはダビデの子どもをナタンとしていますが、マタイはダビデの子をソロモンとしています。もちろんナタンもソロモンもダビデの子です。そしてナタンの系図ではイエスの父といわれているヨセフはエリの子、ソロモンの系図ではイエスの父ヨセフはヤコブです。エリとヤコブは兄弟で、エリが子をもうけず死んだ後、兄弟のヤコブがその妻をめとり、産んだ子がヨセフです。(律法の定めに従って)ですから、律法によればヨセフはエリの子。実際はヤコブの子ということになります。

聖書要約
グッド洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
ローマ皇帝ティベリウスの治世15年、ポンティオ・ピラトがユダの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがヨルダン川の東の領主であった時、荒野にいるヨハネに神はお語りになりました。ヨハネはヨルダン川一帯で罪が赦されるためにバプテスマを受けるように宣べ伝え始めました。これは預言者イザヤ書に書かれていることです。ヨハネはバプテスマを受けようと来た群集に厳しい口調で言いました。「まむしの子らよ。悔い改めにふさわしい実を結べ。さもないと切り倒されて火に投げいれられる。自分たちはアブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。」「ではどうすればいいのですか」と尋ねる群集に「下着を二枚持っている者は一枚を貧しい人に与えよ。余分の食べ物もお腹をすかせている人に与えよ」取税人には「ローマ政府が決めた以上の税金を取り立てるな」兵士には「金をゆすったり、だまし取らず、給料で満足せよ」と教えました。人々は救い主メシアを待ち望んでいたので、彼がメシアではないかと考えていました。ヨハネは「私は水でバプテスマを授けるが、後から来る方は私よりはるかに権威があり、聖霊と火でバプテスマをお授けになる。また麦ともみ殻をふるい分けて、麦は倉に、もみ殻は永遠に消えない火で焼き尽くされる」と言いました。
ところで領主ヘロデは兄弟フィリポの妻を妻としたことやその他の悪事をヨハネに指摘されたので、ヨハネを牢に閉じ込めてしまいました。
グッドイエス、洗礼バプテスマを受ける
イエスはヨハネから洗礼を受ける群集に加わられ、洗礼を受けて、祈っておられる時に、天から聖霊が鳩のように下り、「あなたはわたしの愛する子、わたしの喜びです」という声がしました。
グッドイエスの系図
イエスが宣教を始められたのはおよそ30歳の時でしたイエスはヨセフの子と思われていました。(イエスからさかのぼった系図がしるされています)

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