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【聖書】ルカ17章

ルカによる福音書17章・・・・・・信仰は希望をうむ
「イエス様、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください」ルカ17:13

くぅ〜ママのちょっと一言
らい病人は当時「私は汚れたものです」と叫びながら他の人と一定の距離をとらなければなりませんでした。ところが彼らは「どうか、わたしたちを憐れんでください」と叫んだのです。「イエスが憐れんで下さったら、問題は解決する」という信仰が希望を産みました。現状を悲観せず主にあって諦めないことです。十人の内、サマリア人だけが、神を讃美しながら戻ってきたと書かれていますが、これは異邦人(ユダヤ人以外)に福音の喜びが与えられる予見とのこと。そして神から頂いた恵を喜ぶだけでなく、その栄光を神に帰することが神に応答する生き方であり、神と共に歩む人生と学ぶことが出来ます。
「人の子の日」というのは終末のイエスの再臨を表しています。それは少数の人にだけ知らされるのではなく、万人等しく知らされるとのこと。その前にまずはイエスが十字架に架けられなければならないのです。「その日」はノアとロトの時代の人たちがが神さまから裁きを受けたように人々はこの世の楽しみを求めて、主の前に悔い改めることをしません。最後の「はげたか」とは裁判を象徴する言葉とのことで、最後の一文は「全ての人に裁きがが普遍的に訪れる」と読みとれるのではないかと思います。

聖書要約
グッド赦し、信仰、奉仕
主イエスは弟子に言われました。「罪の誘惑はいつでも付きまとっています。しかし誘惑する本人はなんと不幸なのでしょう。首にひき石をくくりつけられて海に投げ込まれる方がましです。もし友が一日の内に七回罪を犯しても、七回「悪かった。赦してくれ」と謝るなら赦してあげなさい。赦すことや、つまずかせないようにするには信仰が必要と考えた弟子は「信仰を増してください」とイエスに言いました。するとイエスは「からし種(最も小さいという意味)ほどの信仰があればこの桑の木に『抜き出て海に根をおろせ』と言っても言うことを聞く」と言われました。
一日中働いた奴隷が帰ってくるなり座って食事をすることはありません。まず主人のために食事の支度し、給仕をしてから食べます。それは当然のことです。イエスに従うことも取り立立ててほめられることではなく、しなければならないことをしたに過ぎないのです。
グッド重い皮膚病を患っている十人の人を癒す
イエスがエルサレムに上る途中の村で十人の重い皮膚病の人が出迎えてくれました。遠くの方から「どうぞ私たちを憐れんで下さい」と叫びました。イエスは「体を祭司に見せなさい」と言われました。彼らがそこに行く途中に癒されました。それを感じたその中の一人は大声で神を賛美しながらイエスの所に戻ってきてひれ伏して感謝しました。その人はユダヤ人から軽蔑されていたサマリヤ人でした。
グッド神の国が来る
ファリサイ派の人々がイエスに「神の国はいつくるのか」と尋ねます。イエスは「神の国は目に見える形では来くのではなく、あなた方の只中にある」と言われ、次いで弟子たちに「まもなく、一日でも一緒にいたいと願っても私はここにはいないという日がきます。『イエスが帰って来られた。ここにいる』という情報が飛び交うでしょう。それは間違いです。わたしが来るときは全ての人にはっきりと分かります。しかしその前にわたしは苦しみを受け、全ての人々から見捨てられなければなりません。ノアの洪水が起る前の様に、またソドムとゴモラが滅ぼされる前の様に、その瞬間まですべてがいつもどおりなのです。しかしその日外出のしている者は家に物を取りに帰ってはいけません。この世の命に執着する者は命を落とすことになります。二人の内一人は天に上げられ、一人は残されます。」と。そして「神を信じない者への裁きが普遍的に行われる」と言われました。

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