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【聖書】ヨハネ3章

ヨハネによる福音書3章・・・・・・この世に注がれた神の愛
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」3:16

くぅ〜ママのちょっと一言
ニコデモはファリサイ派の議員ということですが、ファリサイ派と言えばイエスと敵対する関係で登場することが多いのですが、この人は違います。「神がともにいてくださらなければ、イエスのなさっているような事はできない」と真剣にその秘密に迫ろうとします。「夜」にやってきているのはニコデモの暗闇のような心を表しているのか、後に出てくる光に属する者か、闇に属する者かにつながるのかもしれません。イエスはニコデモに2つの誕生を話されました。一つは赤ちゃんとしてこの世に誕生すること。もう一つは霊の誕生で、それは洗礼式という形で行われます。ニコデモはこの二つ目の誕生が分からなかったのです。(私は1957年8月20日が肉体の誕生で、1983年12月25日が霊の誕生です)
洗礼を受けるということは天からの命、永遠の命が与えられるという人生の中でも最も素晴らしい出来事で、天上では大いなる喜びがあるのだそうです。16節は小さな聖書といわれる箇所です。

聖書要約
グッドイエスとニコデモ
ファリサイ派のニコデモというユダヤ人の議員が夜イエスの所にきて、「どうしたらあなたのように神が共にいて下さる生活ができるのか」と尋ねました。イエスの答えは「新しく生まれる」でした。ニコデモは再び母の胎内に入ることはできないと言いましたが、イエスは「水と霊とによって生まれることによって神の国に入れる」と教えられました。人間からは人間の命しか生まれませんが、聖霊は天からの命を与えてくださいます。風がいつどこから吹くか分からないように、天からの命がどのように与えられるかは私たちには分かりません。「どうしてそんなことがあり得るだろう」と言うニコデモに、イエスは「今地上で起っていることも理解できないのだったら、天のことを話しても分からないだろう。メシア(救い主)の私だけが天から下ってきて、また天に帰る。モーセが青銅で作った蛇を竿に先に掲げ、それを仰ぎ見ることでイスラエルの民が災いから逃れたように、私も木の上に上げられなければならない。そのわたしを信じる者が永遠の命を持つためだ」「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」御子が遣わされたのは世を救うためです。御子を信じる者は裁かれることはありません。天から光が世に来ているのに人々は光より闇を愛したのです。しかし正しいことを行ってい者は光の方に来ます。
グッドイエスと洗礼者ヨハネ
ヨハネはイエスと別のところで洗礼を授けていました。ヨハネの弟子にユダヤ人が「イエスのバプテスマの方が優れている」と議論を吹っ掛けました。弟子たちは「あなたがメシアだと証した方の方に人々が行ってしまいます」と言いました。しかしヨハネは、自分はメシアの先駆者として使わされたものであり、自分は花婿の友達であり、花嫁を迎えるのは花婿であり、私は花婿の声がすると喜ぶのだと答えました。
グッド天から来られた方
ヨハネは地から出たもので地のことでしか語れませんが、イエスは天からこられた方なので、天上のことを語る力があります。神ご自身がお語りになるのは、神が直接お遣わしになった方だけである。神が力を無限に与えておられるからです。その御子イエスを信じるものは永遠の命を得ますが、従わないものは永遠の命にあずかれないばかりか神の怒りがその上に留まるのです。

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