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【聖書】ヨハネ11章

ヨハネによる福音書11章・・・・・・永遠の命を与えるために
「わたしは復活であり、命ある。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。」」11:25

くぅ〜ママのちょっと一言
ラザロ危篤の知らせを聞いたイエスは「この病気は死で終わるものではない。神の栄光の為である…」と言われました。英訳ではThe final result of this sickness will not be death of Lazarusとなっています。この病気が回復するのか死に至るのか、どちらにせよ。神の栄光が現わされる結果となるというすばらしい宣言だと思います。 
ラザロの死に際してはマルタが「終末における復活」を考えていたのに対して、イエスがおっしゃったのは霊的な命についてでした。人間の肉体の命は死に向っていますが、霊的な命は、イエスの死と復活を信じることによって永遠の命が頂けるのです。
イエスはマリアとマルタの悲しみに触れられて、心が激しくゆさぶられ、涙を流されます。この所の解釈は諸説あるようですが、「人間は死ななければならない存在である」こと、また「人類の最後の敵である死」がマルタたちを支配している現実に心を痛められたとのこと。しかしイエスはこの死を滅ぼして永遠の命を人類に与える為にこの世に来られたのです。

聖書要約
グッドラザロの死
以前、イエスに香油を注ぎ髪の毛で足をぬぐったマリアには姉のマルタとラザロと言う兄弟がいました。ラザロが病気になったとイエスに知らせが届きます。イエスはそれを聞いて「この病気は死で終わるものではない。神の栄光の為である。」と言われました。イエスはすぐに出立せず、二日間そこで滞在してから、弟子たちに「さあユダヤに行こう」と言われました。ラザロの住むベタニアはエルサレムからわずか三キロのところにあります。弟子達はユダヤの指導者たちがイエスを殺そうとしており、ラザロのところに出かけることを止めようとしますが、イエスは昼間のうちに歩むことで(神さまからいただいた持ち時間内であることで)安全にベタニアに行くことができると語られました。そして「眠っているラザロを起こしに行こう」と言われました。弟子たちは病気が快復した勘違いしましたが、イエスは「ラザロは死にました。このことであなたがたがわたしを信じる機会をまた得ることになります。」と言われました。ふたごというあだ名がついているトマスが「先生と一緒に死にに行こうではないか」と弟子たちを奮い立たせました。
グッドイエスは復活と命
ベタニアについたときには、ラザロが死んで4日も経っていました。マルタとマリアのところには多くのユダヤ人が慰めに来ていました。マルタはイエスが来られたのを聞いて、迎えに出ました。「主よ、あなたがここにいてくださいましたら、兄弟は死ななかったでしょう。」とマルタが言うと、イエスは「あなたの兄弟は復活する」と言われました。マルタは「終わりの日には復活することは知っています」と答えました。しかしイエスは「わたしは復活であり、命ある。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。」と言われました。
グッドイエス涙を流す
マルタはマリアを呼びに行きました。マリアが急に立ち上がって出ていったので、墓に泣きに行くのだろうとユダヤ人たちも後を追いました。マリアはイエスを見るなり足元にひれ伏して「主よ、あなたがいて下さればラザロは死なずにすんだでしょう」と泣き崩れました。イエスはマリアとマルタの悲しみに触れられて、心が激しくゆさぶられ、涙を流されました。それを見た人々は「イエスがラザロをどんなに愛しておられたことか」と言う者もいれば、「盲人を見えるようにしたイエスでもラザロを死なないようには出来なかった」と言う者もいました。
グッドイエス、ラザロを生き返らせる
墓に来られたイエスは石を取りのけるように言われます。「もう四日も経っているので、ひどく臭うでしょう」というマルタにイエスは「もし信じるなら、神のすばらしい奇跡を見ると言ったではないか」とおっしゃいました。そして石が取り除けられるとイエスは天を仰いで「父よ、私の願いを聞き入れて下さって感謝します。あなたがわたしをこの世にお遣わしになったことを彼らが信じることができるように」とおっしゃって「ラザロ、出て来なさい」と大声で呼ばれました。すると亜麻布にくるまれたままラザロが出てきたのです。
グッドイエスを殺す計画
マリアの所に来ていたユダヤ人たちの多くはイエスを信じました。中にはファリサイ派の人々の下に行き、このことを告げる者もいました。ユダヤの宗教家達はイエスの行う奇跡によってすべての国民が彼を信じるようになって国内が混乱を招いたら、ローマ軍によって我々は滅ぼされるかもしれないと考えました。するとその年の大祭司カイアファが「一人の人間が死ぬことで、国民全体が滅びないですむ方が良いに決まっている」と言いました。イエスがすべての民に代わって死ぬことをカイアファが預言したのです。これはカイアファ自身の言葉ではなく、そう言うように聖霊に導かれたのです。イエスを殺すことが決定的になります。イエスは公に活動できなくなりました。

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