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【聖書】ローマ5章

ローマの信徒への手紙5章・・・・・・罪と救い
「しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません」5:15

くぅ〜ママのちょっと一言
パウロは信仰義認の結果、与えられる神との間の平和と、神の栄光にあずかる希望について述べています。希望そのものだけではなく、苦難な状態をも希望なのだといいます。苦難は忍耐を生み出すと書かれています。忍耐とはジーっと歯を食いしばり、不動でがんばっているイメージを描きやすいのですが、そうではなく、神さまが与えてくださる恵の約束を信じて、辛さを乗り越えて積極的に生きていく姿勢です。そのことが素晴らしい人格を形成していくことになります。それがまた希望につながっていくというのです
後半はアダムとキリストが対比されて語られています。アダム(罪、死、裁き、有罪、不従順)キリスト(義、永遠の命、恵、無罪、従順)キリストは第2のアダムと言われますが、第1のアダムは人類に罪と永遠の死をもたらしましたが、第2のアダムは人類に恵と永遠の命を与えてくださいました。このことを、パウロは表現を変えながら私たちに繰り返し訴えます。私たちを友と呼んでくださるキリストの愛の中にいることを感じながら、軽い足取りの日も、一歩踏み出すのがやっとというような重い足取りの日も、神さまが私の人生を握っておられることを信じて、前進していきましょう。

聖書要約
グッド信仰によって義とされて
信仰によって義と認められた私たちは主イエス・キリストによって神との間に平和を得ています。そればかりか神の栄光にあずかる希望を誇りとすることができます。希望ばかりではありません。苦難をも誇りとすることができます。なぜなら苦難な状態であっても、信仰によって忍耐しながら前向きに生きていくことによって、練られた品性、豊かな人格へと自分自身を高めてくれる。その練られた品性に裏づけされた希望を頂くことが出来るのです。ですからどんなことが起ろうとも、失望せず落胆することはありません。なぜならそのように生きている者には、神の愛(聖霊)があふれるばかりにふりそそがれているからです。
キリストは私たちがまだ弱く、罪の中にいた時に私のために死んでくださり、神の愛を示してくださいました。罪ある私たちを無罪と宣言してくださったのです。罪の中にいた時にもこんなに素晴らしいことを私たちに与えて下さったのですから、無罪と宣言してくださった今はもっと良い物を与えて下さいます。私たちに救いの道をあたえて下さり、キリストは私たちを友と呼んで下さるのです。
グッドアダムとキリスト
一人の人・アダムの罪は人類に罪と死をもたらしました。モーセに律法が与えられるまでは、罪は罪とみとめられなかったのですが、死は全ての人を支配しました。しかし一人の人、イエス・キリストの十字架の死は人類全てに義と救いをもたらしました。アダムの一つの違反によって人類は死に支配されるようになりましたが、キリストの義によって人類はいのちを与えられたのです。
アダムとキリストは人類の罪と義をもたらしたのですが、キリストの義は罪とは比較にならないほど優勢なのです。理由として、一つの罪で有罪判決を受けたのに、神の恵みは多くの罪を全て無罪にすることができます。
アダムから律法が与えられたモーセまでにも罪はありました。しかし律法が与えられることによって益々罪を自覚されることが増えたのです。でも大丈夫!罪が増せば増すほど、恵みも増します。罪によって死が支配していましたが、イエスキリストの圧倒的な恵と力によって、私たちは永遠の命を頂くことができるのです。

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