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【聖書】1コリント1章

汽灰螢鵐箸凌徒への手紙1章・・・・・・真の一致
「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」1:18

くぅ〜ママのちょっと一言
コリントは国際商業都市として繁栄した町で、パウロが第2回目の宣教旅行でエペソの次に訪れた町です。この手紙が書かれたのは、第3回目の宣教旅行でエペソの滞在している時に書かれたと言われています。コリントの教会が直面している問題を伝え聞き、そのことに対して、真の愛について時に鋭く、また愛をもって書き送っています。
人間は富や名声や権力を持つと、自分は何者かのように傲慢になっていきます。旧約聖書のバベルの塔を思い出します。バベルの塔の建設が、言葉の混乱により中断してしまったように、神さまが傲慢な生き方が出来ないようにしてくださるのは、その方への哀れみかもしれません。むしろ誇ることが何もない方が謙遜に生きることが出来ます。しかし人間は弱いので、それでも何かを誇りたくなります。でも主は、もし誇りたいのだったら、主がして下さったことだけを誇れと教えてくださいました。徹底的に主に従い主に感謝する人生を生かされたいです。

聖書要約
グッド挨拶と感謝
神に選ばれて伝道者となったパウロと、信仰の友ソステネからコリントの聖なるものとされた人々へ、イエス・キリストからの恵みと平安があなたがたにあるよう。わたしはあなたがたがキリストと結ばれ、全ての点で豊かにされていることに感謝します。主が再び来られる日に、あなた方が罪のない者として下さるように、最後まで責任を持って支えてくださいます。
グッド一致の勧め
皆さん、仲間同士の言い争いは止めて、心と思いを一つにしなさい。私は、コリントの人々の仲間同士の言い争いについてクロエの人々から伝え聞いたのです。「私はパウロの弟子だ」とか「私はアポロの弟子だ」とか「私はペテロの弟子だ」とか「自分こそキリストの真の弟子だ」と言っているそうですが、キリストを細切れにするつもりですか。私、パウロはみんなのために十字架についたわけでもないし、洗礼を授ける為にコリントに行ったわけでもないし、ただ福音を述べ伝える為に行ったのです。
グッド神の力、神の知恵であるキリスト
イエスキリストは私たちをすくうために十字架で死んでくださいました。この言葉は、これを信じることが出来ない人たちには、なんとバカらしく聞こえることでしょう。しかし信じる者にはこれこそが神からいただく力です。それは旧約聖書の預言「私は知恵ある者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さを意味ないものにする」と書いてあるとおりです。このことは、この世的な知恵で考えても分からないように神がされたのです。またこのようにバカバカしいと思えることを信じる人たちを救うことにされたのも神なのです。ユダヤ人は証拠になるようなしるしを求めるし、ギリシャ人は理性で納得できることなら信じるのでしょう。だから十字架の話をすると、ユダヤ人は腹を立て、ギリシャ人はそんなことあり得ないと言うのです。しかし馬鹿らしいと思えるような神のご計画は人間の最高の知恵よりすばらしいものです。キリストの十字架上での弱さは人間のどんな強さよりも強いのです。神が召してくださるのはお金がある人、力がある人、有名人ではなく、無に等しい、素朴な取るに足らないような者に目を注ぎ、救いの道を与えてくださいました。だからだれもが神の前で自慢する事はできないのです。もし誇ることがあるとすれば、主のして下さったことだけを誇るべきです。

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