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【聖書】ヨハネの黙示録13章

ヨハネの黙示録13章・・・・・・為政者がサタンの支配に陥らないために
「ここに、聖なる者たちの忍耐と信仰が必要である」13:10

くぅ〜ママのちょっと一言
この章ではサタンである竜に協力する獣が登場します。この獣はローマ帝国またはもっと広い意味で神に反する悪の力を表します。7つの頭と10本の角と10の冠は支配権を持っていることを表します。そしてひょう、熊、獅子に体の一部が例えられていますが、これは当時のバビロン、ペルシャ、ギリシャなどの古代の世界的国家権力を示しているとか。竜であるサタンがこの国家権力に力を与えたのです。この致命傷を負った獣はローマ皇帝ネロではないかという説が有力ですが、もっとひろく地上の支配権全般を指すとの考えもあります。地上の支配権は消滅しかかっても、サタンの力で回復することを示しているとのことです。
地から上ってきた獣は偽預言者を表しているとのこと。致命傷が回復した獣を人々に礼拝させたり、奇跡を行って人々の目を欺き、最初の獣の像を作ってその像に権力を持たせ、皇帝礼拝を強制したのです。
気になる666ですが、「ネロ」という文字をヘブル語で綴ってその数を合わせると666になるということで、この数字はローマ皇帝、ネロを示しているという説があります。但し、その足し算には少しの細工が必要だそうです。また別の説として、888がクリスチャンを表しているという記述が「シビルの託宣」にあることから、完全数7のプラス1が3つ連なったのがクリスチャンなら、その1つ減った数が3つ連なったということで、反キリストという解釈もあるようです。また単純に完全数の7でないので、人間を表すとする注解書もあります。いずれにしてもローマ帝国の迫害の中で書かれているのではっきりと書くことができなかったのです。
ここでは皇帝がサタンの支配下に陥って政治をしていることが書かれていますが、軍国主義の日本でもかつてそうであったように、為政者がサタンの意のままに操られることがないようにクリスチャンは為政者のために祈らねばなりません。

聖書要約
二匹の獣
一匹の獣が海から上がって来るのを見ました。それには7つの頭と10本の角と10の冠があり、頭には神を冒涜する様々な名が書かれていました。それはひょうに似ており、足は熊、口は獅子のようでした。竜はこの獣に権威を与えていました。その獣の7つの頭の内1つが回復の見込みがないほど傷ついていました。ところがその傷が治ったのです。この獣が負った致命傷が回復したのを見て、全地が獣に服従し、その背後の竜を拝み、「これほど偉大な方を見たことがない」と喝さいしました。竜は獣をけしかけて42ヶ月間3年半の間、神をののしり、地上を思いのまま支配する力を与えました。クリスチャン以外の人々はこの獣を拝みました。一方、クリスチャンの迫害が激しさを増しました。しかし何があろうと慌ててはいけません。こんな時こそ忍耐と信仰が試されているのです。
 ヨハネはもう一匹の獣が地から上って来るのを見ます。これは小羊のような2本の角を持ち、竜のように言葉を発し、致命傷が回復した獣を人々に礼拝させたり、奇跡を行って人々の目を欺き、その獣の像を作って、像に権力を持たせ、像を拝まない者は殺されました。そして獣の像に礼拝した者はその印を右手か額につけていきました。その印がないと仕事につくことも買い物も出来なかったのです。この獣の文字を数字に直すと666になります。賢い人はこのなぞ解きをしてみなさい。

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【聖書】ヨハネの黙示録12章

ヨハネの黙示録12章・・・・・・主に守られている教会
「しかし、女には大きな鷲の翼が二つ与えられた」12:14

くぅ〜ママのちょっと一言
ローマの迫害の中にある教会に対して黙示的に書かれているのでとても難しいです。
女の産んだ子をサタンが食べようとします。このキリストとサタンとの対決は、キリストが誕生後にヘロデの殺害の手を逃れたことが原福音(創世記3:15)で予告されており、キリストは十字架の死と復活と昇天によって完全に勝利しているのです。この章では天においてサタンはイエス キリストとの戦いにおいて完全に敗北していることが分かります。しかし地上ではサタンとクリスチャンとの戦いが今尚続けられています。しかし神は女の為に安全な場所を用意してくださっていると書かれているように、教会が終末の時にどんなに迫害を受けても神は逃れるところを備えてくださるのです。
この戦いは終わりが間もなく来ることと、クリスチャンのために逃れの場所が用意されているこのことを、この戦いに耐え抜く大きな力としたいと思います。

聖書要約
女と竜
また天に大きなしるしが現れました。太陽をまとい、月を踏みつけ、12の星の冠をかぶった一人の女が陣痛の苦しみにうめいていました。(女は神によって選ばれた民、教会を指すとのこと。太陽は神の栄光を表し、月を踏むとは権威を表し、12の星は高貴なたちばを示す。そして産みの苦しみとは、信仰の回復をもたらすための苦しみということ)。突然もう一つのしるしが天に洗われました。巨大な赤い竜です。(これはサタンの象徴で、7つの頭や10本の角7つ冠は力と主権、この世に対する支配権がある事を表している)。その尾で三分の一の星を地上にばらまき、そして、陣痛の女の前に立ち、生まれたら食べてしまおうと待ち構えていました。しかし生まれた子は神の右(神の主権を表す)に引き上げられ、女は荒野に逃げます。そこには1260日の間神によって守られる場所が用意されていました。
さて、天では天使ミカエルとみ使いたちが、竜たちに戦いを挑み、竜を地上に投げ落としました。すると天ではとどろき渡る大きな声で、「神の救いと力と支配と、キリストの権威が完全に現される時がきた。わたしたちを昼夜非難する者たちは投げ落とされた。子羊の血とわたしたちの証言によってうち勝ったのだ。天は喜べ。しかし地上では災いが臨むので不幸だ。竜である悪魔は時が残り少ないことを知って、怒りに燃えてあなた達のところにいったから」と。竜は地上に投げ落とされたことに気づいて、女を追いかけます。しかし女は大鷲の翼が与えられ、安全な場所に身を隠すことが出来ました。また竜は口から吐き出した洪水で女を殺そうとしますが、女は守られます。竜は怒り狂い、神を信じる者たちに矛先を向けます。竜は海辺で立ち、味方になってくれる獣が来るのを待ちます。

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【聖書】ヨハネの黙示録11章

ヨハネの黙示録11章・・・・・・主を信じる者を、主は見捨てられない
「…御名を畏れる者には小さな者にも大きな者にも報いをお与えになり…」11:18

くぅ〜ママのちょっと一言
第7のラッパが吹かれる前にヨハネはもう一つの幻を見ます。
不信者によって3年半の間、教会が迫害を受けると書かれていますが、3年半とは限られた期間ということで、それも神のご支配の下の出来事なのです。二人の預言者とは諸説あるようですが、特定の人物というわけではなく、教会を示すと考えるのがよいようです。また二人とは、当時の証言する時に必要な人数を示しています。同じく2本のオリーブ、2つの蜀台も教会を表しています。
その二人の預言者が殺されることが書かれていますが、それは教会の大宣教の時代が終わって、大患難の時代が訪れることが書かれています。独裁者に殺されるとは、教会が迫害に遭い、ダメージを受ける様を表しています。そしてその死体は、ソドムやエジプトのように神に反逆し、腐敗堕落したエルサレムでさらされます。大患難の時代が終わると、教会は生命力を取り戻して、天国への凱旋を果たします。その時7千人の人たちが死ぬと書かれていますが、この7千と言う数も、文字通りではなく、全滅ではなく、来るべき最後の審判の予表としての表現とのこと。
ついに第7のラッパが吹かれますが、天において讃美の声が起っただけで、まだ災害は起っていません。15節以下で神の裁きが表されます。悪なる力が支配するこの世は、神の裁きを受ける時がくること、そして神を信じる者たちを主は見捨てられないことが分かります。それはたとえ、「3日半の間、捨て置かれる」ような苦しみに遭ったとしても、必ず、主イエスの復活のいのち、永遠の命を頂き、祝福の内に入れて頂くことができるのです。「あなた方はこの世では悩みがある。しかし勇気を出しなさい。私はすでに世に勝っている」という主イエスキリストの言葉から、今日も力を頂きたいと思います。

聖書要約
二人の証人
わたしは杖のような物差しを渡されて言われました。「神殿と祭壇のある内庭を計り、そこで礼拝している人を数えよ。神殿の外庭は計る必要はない。そこにいる人たちは神を信じないので、神の恵から除外される。その者たちは42ヶ月、3年半の間聖なる都(教会)を迫害するだろう。わたしは二人の預言者が悲しみと嘆きの中で1260日(3年半の間)神の言葉を預言させる。その二人の証人とは2本のオリーブ、2つの蜀台である。この二人に害を与える者があれば、彼らの口から火が出て敵を滅ぼす。彼らが預言している3年半の間、雨を降らせない力、川や海を血に変える力など、災害をもたらす力が与えられているが、その期間が終わると、淵なしの底から出てくる独裁者に殺される。その死体は、ソドムやエジプトのように神に反逆し、腐敗堕落したエルサレムでさらされます。ここは彼らの主が十字架に付けられた所だ。諸国からエルサレムに来た人が彼らの死体に群がって見物する。彼らが殺されたことで世の人々は喜んで祝宴を開いた。この二人の預言者は地上の人を苦しめていたから。しかし3日半の後、神のいのちの霊が入り、生き返り、雲に乗って天国への勝利の凱旋を果たす。
と同時に大地震が起り、都の十分の一が滅ぼされ、7千人の人たちが死ぬ。生き残った人は神を恐れて神の力を認めざるを得なくなり、ついに神に栄光を帰するようになる。
第7のラッパを吹く
第7のラッパが吹かれます。すると天からさまざまな大声が次のように響き渡ります。「世界は主とキリストの手に渡った。主は永遠に支配者である」と。すると24人の長老たちがひれ伏して礼拝します。今も昔も存在される全知全能の神に感謝をささげ次のようにほめたたえます。「今までこの世は悪の支配でしたが、これからは神が支配されます。神に忠実な者、御名をほめたたえる者は小さな者でも大きな者でもあなたから報いを受けます」その時、神殿が開け放たれ、契約の箱が見え、稲妻が走り、雷鳴がとどろき、大粒の雹が降り、全世界は大地震で激しく揺れ動きました。

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【聖書】ヨハネの黙示録10章

ヨハネの黙示録10章・・・・・・主の言葉を語る
「あなたは、多くの民族、国民、言葉の違う民、また、王たちについて、再び預言しなければならない」10:11

くぅ〜ママのちょっと一言
ラッパの幻も第6のラッパが鳴った後、第7のラッパが鳴る前のこの緊張高まる時にヨハネが見た幻が挿入されています。両足が海と陸にまたがっているのは、その影響が全地に及ぶことをしめしているとのこと。また7つの雷というのは主の声が7回繰り返されたということ。主の言葉の完全を意味しています。その言葉は聞き取れる言葉だったのでしょう、ヨハネはそれを書きとめようとしますが、公表すべきことではないから、書き留めてはいけないと止められます。
ヨハネの受け取った巻物は、神を主として生きるものには蜜のように甘いのですが、その内容を聞こうとしないであろう人々に、また王に預言しなさいと言われたヨハネにはとても荷の重いことだったのでしょう。だから腹には苦いと書かれているのでしょう。食べるとは完全に消化して自分のものにするという意味です。
旧約聖書には沢山の預言者が登場しますが、神の言葉を託され、それを語ることがいかに大変なことかがわかります。平和な時に神の裁きを預言し、苦難の時に神の救いの希望のメッセージを語ります。どちらにしてもその時代を生きた人たちには受け入れがたいことだったことでしょう。クリスチャンは神の言葉を託された一人ひとりです。この神なき時代に、神に立ち返ることによって得られる希望のメッセージを語らなければならないと思うのです。

聖書要約
天使が小さな巻物を渡す
一人の力強いみ使いが雲に包まれて天から下ってきます。頭は虹がかかり、顔は太陽のように輝き、足は火のように光っていました。そして開かれた巻物手にしていました。そして右足を海の上に、左足を陸地において獅子が吠えるように叫んだ時、7つの雷が語ったのです。わたしはそれを書きとめようとしましたが、公表すべきことではないから、書き留めてはいけないと止められました。するとその天使は神の権威を表す右の手を上げて全知全能、創造主なる神を指して次のように誓います。「もう時間がない。第7のラッパが吹き鳴らされる時、神のご計画が成就する。それは神に仕える者には良い知らせと預言されていたことです。」
すると再び天からの声がして、開かれた巻物を受け取って食べるように」と言いました。それは腹には苦いが、口には蜜のように甘いというのです。わたしは巻物を受け取って食べました。そしてその内容を多くの人々、国民、民族、王に預言するように言われます。

 

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【聖書】ヨハネの黙示録9章

ヨハネの黙示録9章・・・・・・サタンさえも主はご支配の下に
「四人の天使は、人間の三分の一を殺すために解き放されたた」9:15

くぅ〜ママのちょっと一言
底なしの淵に通じる穴の鍵を持っている星とは、堕落天使またはサタンとのこと。9章では地上を滅ぼすためにサタンが使われています。しかし滅ぼすと言っても、全部ではありません。5ヶ月と言う短い期間が決められています。そして解き放たれた4人の天使が殺すことが許されたのも、やはり三分の一なのです。旧約聖書のヨブ記を思い出します。ヨブに次々と災いをもたらすサタン。しかしそのサタンも神のご支配の中なのです。私達に襲ってくる災いは決して嬉しいことではありません。できれば避けたいです。しかしそのような出来事も、神の支配の中の出来事であることを確信して、主を見上げながら通過していきたいと思います。

聖書要約
第5の天使がラッパを吹くと、一つの星が天から落ちてきました。その星は底なしの淵に通じる穴の鍵を持っていて、その穴が開かれると大きな炉から煙が吹き上げ、太陽も空も暗くなりました。煙の中からイナゴの大群が出てました。そのイナゴはさそりのように人を刺す力が与えられていました。イナゴは青草などには見向きもせず、額に刻印のない人だけを害することが許されていました。ただ殺す事は禁じられており、5ヶ月の間激しい痛みで苦しめることが出来るのです。そのイナゴは出陣の時の馬のような姿をしており、頭は金の冠、顔は人間のよう、髪は女の人の長く、歯は獅子の歯のように鋭く、胸には鉄の胸当て、羽の音は戦車隊の響きのよう、そして尾はさそりのように鋭く刺すことが出来ました。彼らの支配者は底なしの穴の王でヘブライ語でアバドン(破壊)ギリシャ語でアポリオン(破壊者)と言われるものです。第一の災いは過ぎ去ったのですが、まだ二つの災いがやってきます。
次に第6の天使がラッパを吹くと、神のみ座の前の金の祭壇の四隅から声がして「ユーフラテス川につながれている四人の悪霊を放してやりなさい」と言いました。彼らは人類の三分の一を殺す為に解き放たれ、総勢2億の大軍でした。彼らは馬に乗ってやってきて、火のような赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当てをして、馬の頭は獅子のようでした。口から煙と火と燃える硫黄を吐き出し、人類の三分の一が殺されました。尾も蛇の頭に似ており殺傷力がありました。
しかしこれらの災いから生き残った者は、それでもなお、悪霊を信じ、偶像礼拝、殺人、魔術、不道徳、盗みなど、そのありかたを改めようとはしませんでした。

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【聖書】ヨハネの黙示録8章

ヨハネの黙示録8章・・・・・・三分の一の災い
「地上の三分の一が焼け、木々の三分の一が焼け、すべての青草も焼けてしまった」8:7

くぅ〜ママのちょっと一言
音や光などを想像しながら読むと、これは大変な状態です。これが最後の日に起ると聖書は書いています。しかし全てに対してではないのです。災いは三分の一に対してなのです。ということは、これらの出来事は人類を滅ぼすことが目的ではないということです。また「地上で住む人たちに災いが来る」とわしが叫びますが、これは神を認めない人に対してということだそうです。悔い改めて主に立ち返ることを神は最後まで求めておられるということなのです。

聖書要約
第7の封印が開かれる
7つ目の封印が小羊イエスキリストによって開かれた時、しばらくの間静寂の時がありました。それからわたしは7人の天使が神の御前に立っているのを見ました。彼らには7つのラッパが渡されました。すると手に金の香炉を持った別の天使が現れました。その香炉は全ての聖徒の祈りとともに香りが御前に奉げられるためのものでした。それから天使はその香炉に祭壇から火をとり、地に投げつけました。すると雷鳴がとどろき、稲妻が走り、激しい地震が起こりました。
天使のラッパと災い
地上での突然の出来事が起こってすぐに、第1のラッパが吹かれました。すると血の混じった雹と火が地面に突き刺さりました。地上の三分の一が火に焼かれ、木の三分の一と青草がすべて灰になりました。次に第2のラッパが吹かれると、炎に包まれた山のようなかたまりが海に投げ込まれました。すると海の三分の一が血の様に赤く染まり、魚の三分の一が死にました。第3のラッパが吹かれると、燃える松明のような大きな星が天から落ちて、川と泉の三分の一にばらまかれました。この星は苦(にが)よもぎと呼ばれ、水の三分の一が飲めなくなり、多くの人が死にました。第4のラッパが吹かれると太陽と月と星の三分の一が暗くなり、昼夜それぞれに三分の一の光を失いました。第5のラッパに行く前に、わしが飛びながら大声で叫びます。「不幸だ、不幸だ、不幸だ、地上に住む人たちに災いが来る。あと三人の天使のラッパが鳴れば、恐るべきことが起る」と。

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【聖書】ヨハネの黙示録7章

 ヨハネの黙示録7章・・・・・・天上における勝利と祝福
「彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽も、どのような暑さも、彼らを襲うことはない」7:16

くぅ〜ママのちょっと一言
7つ目の封印が開かれる前に7章の記事が挿入されています。
刻印を押された者の数が14万4千人ということですが、これはイスラエルの12部族(神の完全数)の2乗に10の4乗を掛け合わせたもの(10も完全数)です。しかし数そのものではなく、非常に多い数ですが、一定の限度をもっているという意味とのこと。またイスラエル民族そのものということではなく、霊のイスラエルと言うことで、この14万4千人はキリスト者とする方が適切とのことです。
以上の事はヨハネは天上から見た地上での出来事ですが、ここからは天上の光景で、天上における勝利と祝福の教会の姿と見ることができます。しゅろの枝はイエス・キリストのエルサレム入城の時も民衆が手に持ってイエスを迎えました。イエスの血潮で衣を白くしたというのは、悔い改めて、キリストの贖いを信仰をもって受け入れたということを表します。私達一人ひとりはこの世では苦難があります。思い通りにならないこと抱えながらの人生です。病気や思いがけない事故、子育ての悩み、人間関係の悩み、経済の悩み、自分自身への悩み、しかし人生の導き手を主イエスキリストとする時、すなわち神の刻印を押されて生きていくとき、困難を乗り切る力が与えられ、悲しみが喜びの経験へと変えられます。羊飼いであるイエスがいのちの水に導いてくださるからです。なによりもイエスキリストによって自分の中にある罪が贖われ、神の子とされて生きていくことができます。そして神はわたしたちの流す涙を拭ってくださるのです。この信仰に立って、安心して今日の一歩を踏み出したいと思います。

聖書要約
刻印を押されたイスラエルの子ら
この後わたしは大地の四隅に立っている天使たちを見ました。この天使たちがしっかりと大地の四隅から吹く風を押えているので、大地や海が穏やかな状態でした。もう一人の天使が太陽の出る方から、神の刻印を持ってやってきました。そして大地と海を破壊する力を与えられている4人の天使に向って、「神に仕える人たちの額にしるしをつけるまでは、手出しをしてはいけません」と叫びます。わたしはしるしをつけられた人の数を聞きます。すると14万4千人という答えが返ってきました。これはイスラエルの12部族の中から選ばれた各々12000人です。
白い衣を着た大群衆
この後わたしが見ていると、数え切れないほどのあらゆる国民が白い衣をまとって、勝利や喜びを表すしゅろの枝をもって王座と小羊、すなわち神とイエスキリストの前に立って「救いは神とイエスキリストから来ます」と叫んでいました。御使いは神と長老と4つの生き物の周りに集まり、「アーメン、讃美、栄光、知恵、感謝、誉れ、威力が世々限りなくわたしちの神にありますように」とひれ伏して礼拝しています。長老の一人がヨハネに「この白い衣を着た人たちがどこから来たか分かりますか」と尋ねました。わたしは「教えてください」と言うと。その人は次のように教えてくれました。「あの人たちは激しい迫害を通り抜けて来た人たちです。イエスキリストの十字架の血潮でその衣を洗って白くしたのです。彼らは二度と飢えることなく、渇くことなく、灼熱の太陽からも守られます。なぜならイエスキリストが羊飼いとしていのちの水に導いてくださるから、また神が彼らの目から涙を拭い去ってくださるからです。」と。

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【聖書】ヨハネの黙示録6章

 ヨハネの黙示録6章・・・・・・終末の前に世界に起ること
「…仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた」6:11

くぅ〜ママのちょっと一言
いよいよ小羊イエスによって封印が解かれます。1〜4までの封印を開いて現れた馬は専制、流血、飢餓、死を表しています。5つ目は殉教者たちの魂のこと。6つ目は大異変が起ります。まだ7つ目の封印が開かれていませんが、人々は終末が来たと思い恐れおののきます。しかしこれらは終末の前兆にすぎないのです。殉教者たちの魂がが憩いながらもうしばらく待つように言われたのとは対照的です。殉教者が一定の数に達しないと終末、神の国の到来しないのです。また全世界に福音が宣べ伝えられることが神の国の到来には必要であると書かれている箇所もあります。しかし主の壮大なご計画が今着々と進められているのです。主に召し出されたクリスチャンとして、主のみ業に参与しているという自覚をもって信仰生活を守っていきたいと思います。

聖書要約
六つの封印が開かれる
わたしが見ていると、小羊が7つの第1の封印を開きました。すると、4つの生き物の1つが雷のような声で「出て来い」と言いました。すると白い馬が現れ、乗っている人が弓を持ち、冠をかぶっています。征服しつづける侵略者でした。
小羊が第2の封印が開くと、第2の生き物が「出て来い」と言いました。すると火のように赤い馬が現れ、乗っている人は剣を持ち、平和を奪い取ることが許されています。戦争、内乱をおこさせる力を与えられていました。
小羊が第3の封印が開くと。3つ目の生き物が「出て来い」と言いました。すると黒い馬が現れ、手に秤を持っていました。飢饉の象徴です。「小麦1枡(1人の一日分の食料)が1デナリオン(一日の労働賃金)、大麦3枡も1デナリオン。オリーブ油とぶどう酒も大切にしなさい。」という声が聞こえました。
小羊が第4の封印が開くと、4つ目の生き物が「出て来い」と言いました。すると青白い馬が現れました。乗っている人の名は「死」といい、ハデス(地獄)がこれに従っています。戦争と飢饉と死病と獣によって地上の4分の1の人を殺す権威が与えられていました。
小羊が第5の封印が開くと、祭壇の下に殉教した人たちの魂が見えました。彼らは神に「なぜ地上でひどい仕打ちをする者たちを裁いてくださらないないのか」と叫んでいました。それぞれに白い衣が与えられて、もうしばらく、憩いながら休むように言われます。
小羊が第6の封印開くと、地震が起こり、太陽が黒い布で覆われたように暗くなり、月が血のように赤くなり、星が地上に落ちたのです。天は巻物がクルクルと巻かれるように消えてなくなり、山や川は激しい揺れのためにあっちこっち移動しました。地上の王も、指導者も、金持ち、将軍、身分の高い人も低い人も、奴隷も自由人も、終末の裁きの日、御怒りの大いなる日が来たと思い、山や岩が覆いかぶさって主の怒りから守ってくれと叫びました。

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【聖書】ヨハネの黙示録5章

 ヨハネの黙示録5章・・・・・・巻物の封印を開くことができるお方
「ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、七つの封印を開いて、その巻物を開くことができる」5:5

くぅ〜ママのちょっと一言
巻物があった神の右の手の「右」は神の権威を表します。巻物には多くの文字が書かれていましたが、7つの封印、すなわち完全に封印されていたのです。その巻物は神の絶対的な秘密のご計画の書ということです。その内容が6章以下に書かれています。それを開くことができるのはユダ族の若獅子、ダビデの根、7つの角(完全な力)7つの目(完全な知恵)をもつ、すなわち全知全能である小羊すなわち、イエス・キリストだけなのです。
キリストとの新しい契約に生きるわたしたちは神のご計画をすべて知らせれています。それがイエスキリストの十字架によってもたらされた恵です。神の言葉(聖書)は読むにしても聞くにしても、神の力である聖霊の助けがなければ理解する事はできません。聖霊は私達を助けようと風のように身近に存在します。それを素直に受け取るなら、幼い子どもにも聖書の言葉は理解できますし、聖霊を受けなければ、どんな人間の知恵を働かせても理解できないのです。

聖書要約
子羊こそ巻物を開くにふさわしい
またわたしは玉座に座っておられる神の右の手の巻物を見ました。その巻物には裏にも表にも文字が書かれていました。しかしその巻物は7つの封印で封じられています。力ある天使が「開くことの出来る人はいないか」と尋ねましたが、誰もいませんでした。ヨハネはその巻物に書かれていることを読むことの出来ないとわかって、がっかりして泣き出します。しかし長老の一人がヨハネに近づき、この巻物を開くことが出来る人がいると教えてくれました。それはユダ族の若獅子、ダビデの根がその資格があるというのです。それからわたしは長老と玉座と4つの生き物と長老の間に屠られた傷跡のある小羊が立っているのを見ます。7つの角と7つの目をもつ小羊が進み出て、巻物を受け取ります。すると4つの生き物(被造物の代表)と長老(御使いの代表)が竪琴と香を入れた鉢をもって新しい歌を讃美します。その周りには多くの天使たちがいて讃美を奉げ、またあらゆる被造物も「あなたは封印を解くのにふさわしい方です。神とキリストの讃美、誉れ、栄光、権力が世々限りなく続くようにと讃美します。」4つの生き物はアーメンと言ってひれ伏しました。

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【聖書】ヨハネの黙示録4章

 ヨハネの黙示録4章・・・・・・天上での礼拝
「ここへ上ってこい。この後必ず起こることをあなたに示そう」4:1

くぅ〜ママのちょっと一言
2章と3章では地上での教会のこの世との戦いと苦悩が書かれていましたが、4章5章は天上で神をキリストの栄光を拝する光景が書かれています。。
宇宙の全被造物と全聖徒の代表が天において神に礼拝をささげている実に壮大な光景をヨハネは目の当たりにしたのです。ダイヤモンドやルビーのようにきらめく光は神の栄光と尊厳を表します。また稲妻、雷鳴は神の力と栄光を、おびただしい目は、彼らが耐えず四方を見守っていることを表しています。そしてこの4つの生き物の内、獅子は力を、雄牛は従順に働く能力を、人は知性を、わしは敏捷性を表しており、これらは全被造物の代表ということです。24人の長老が何を表すのか色々な説があるようですが、全聖徒を代表する御使いと考えるのがよいとのこと。
このように天上では豪華絢爛、素晴らしい神への礼拝がささげられているということです。
私達の暮らす地上では憎しみや争いなど、天のすばらしさとは程遠い現実ですが、この世にあっても、天の礼拝さながらに神の臨在と栄光を拝することが出来たらなんと幸せなことでしょう。「神の国は、実にあなた方の只中にある」と、イエスが言われたように、私たちの心の中に、また教会で毎日曜日にもたれる礼拝において、クリスチャンの交わりの中でそれを確認しながら、天に帰る日を楽しみにしたいと思います。

聖書要約
天上の礼拝
天にある開かれた門が見え、ラッパが響くような声がして、こう語りかけました。「さあ、ここに上がってきなさい、将来必ず起こることを見せてあげましょう」わたしはあっという間に天に引き上げられました。そこで見たものは、まず王座とそこに座る方でした。その方はダイヤモンドやルビーのようにきらめく光で輝いておられました。王座もエメラルドに光る虹が取り巻いています。その周りには24人の長老が白い衣をまとって金の冠をかぶって座っていました。王座から稲妻と雷鳴が鳴り響き、7つのともし火は聖霊であり、消えることのない光として玉座の前で輝いているのです。座の前は水晶に似たガラスの海のようです。玉座の中央とその周りには4つの生き物がいます。
一つ目は獅子、二つ目は雄牛、三つめは人間のよう、4つ目はわしで一面に目があり、またそれぞれについている6つの翼にもおびただしい目がついています。そしてこの4つの生き物が「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方」と昼も夜も耐えず呼び続けています。これらの生き物が王座に座している方に栄光と誉れをたたえて感謝を捧げると、24人の長老も玉座にひれ伏し、冠を玉座の前に投げ出して言いました。「主よ、あなたは栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方、全ての者を造られ、それを存続させておられるからです。」

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