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【聖書】レビ記20章

レビ記20章・・・・・・聖別された民
「わたしはあなたたちをわたしのものとするため諸国の民から区別したのです。」20:26

くぅ〜ママのちょっと一言
石打ちでの処刑、焼き殺される、民から断たれる、子に恵まれることがないなどの厳罰になる事柄が列挙されています。
イスラエルの民は主にとって宝の民とされ、特別に愛され、人類の救いという使命を与えられた民でした。ですから、この世と区別され、悪なる習慣から身を守ることが求められたのです。
私たちクリスチャンもこの世で生活をしていますが、この世と大切な部分で一線を引いて生きています。それはまず命の支配者、全知全能なる神を信じて生きていること。判断基準を聖書に求めていること。すべての動機は主に栄光を帰するためであること。具体的には礼拝を守ること、祈ること、聖書を読むことです。このことによって主の宝の民とされたいと思いますし、主のご用のために用いられる者とされたいと思うのです。

聖書要約
死刑に関する規定
主はモーセに言われました。自分の子どもをモレク神にささげる者は石で打ち殺し民の中から絶たれなければなりません。またそれを黙認したすべての人たちも民の中から絶たれます。口寄せ霊媒に頼る者、親を呪う者、また人妻や継母、嫁、同性、母と娘、動物、自分の姉妹、生理期間中の女性、おば、兄弟の妻との性行為も死刑となります。イスラエルの民は他の諸国民と区別された民なので主の掟と法を守り、他の国の風習に従ってはなりません

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【聖書】レビ記19章

今日のお誕生日inマナ…ゆうきくん19歳、あんなちゃん19歳、はるとくん15歳、ほまれくん13歳、しんのすけくん8歳、あおいくん5歳、    
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このところ、いのち語り隊の講演依頼が毎日のように入ってきています。今日ざっと数えたら50数か所…年間100か所ほどが私たちのマックスなので、その半分ほどを受けています。2000年に手探りで準備をし、2001年にたった1校から始まった活動ですが、こんなにも長く、必要とされ続けていることは本当に嬉しいことです。今年もメンバーと力を合わせて語ります!
                  
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レビ記19章・・・・・・主が聖であるように聖なる者となりなさい
「わたしのすべての掟、すべての法を守り、それを行いなさい。わたしは主である」19:37

くぅ〜ママのちょっと一言
この章は十戒や契約の書に書かれている宗教的、倫理的、戒めについて書かれています。種々の掟としてまとめた所には異教の宗教的習慣を禁止するものが多く含まれています。娘を遊女に…これは豊穣神の祭儀で娘が一時遊女として仕えるということがあったようです。また死を悼む時に身を傷つけることも同様です。19章全体をみると大きく二つのことにまとめられます。一つは自分と神との関係、そしてもう一つは自分と他の人との関係
これはクリスチャンの生きる基本です。十字架の縦の木は神と自分との関係を示し、横の木は共に生きる隣人との関係を示していると聞いたことがありますが、神への愛と隣人への愛は同時的です。神を愛しているなら当然、隣人を愛することができるのです。特に9節〜18節は「弱い立場の者への配慮」が書かれています。それは私を愛してくださっている神は、同様に私の隣人も、私が苦手とする人をも愛しておられるのですから。隣人への愛はすなわち神を愛することなのです

聖書要約
聖なる者となれ
主はモーセにイスラエルの民に告げるように言われました。「あなたの神、主が聖なる者であるように、あなたがたも聖なる者となりなさい」父と母を敬いなさい。安息日を守りなさい。偶像を作ってはいけません。和解のいけにえは主に受け入れらるように献げなさい。献げ物の肉は当日と翌日に食べなければなりません。
刈り入れの時は全部収穫せずに貧しい者や寄留者のために残しておきなさい。盗み、うそ、だましとる、いつわるなどしてはなりません。虐待、略奪をしてをしてはいけません。給与はきちんと支払う。身体が不自由な人を虐げてはいけません。裁判は公正におこなうこと。うわさ話をしてはいけない。兄弟を憎んではならない。偽証してはならない。人を憎んではならない。「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」と主は言われます。
 種々の掟として、してはならないことなどがまとめられています。種類の違った家畜の交配。2種類の種を同じ畑に蒔くこと。混紡の布を着ること。
もし婚約している女奴隷を犯した場合、損害賠償を支払い、賠償の献げ物をしなければなりません。あなたたちに与える約束の地(カナン)に入って初めて植えた果樹は5年目まで食べてはいけない。(3年は実を食べず、4年目は主に献げる)
血抜きをしていない肉を食べてはいけません。占い、呪術。もみあげや髭の両端を剃ること、死者を悼んで身に傷つけること、娘を遊女にすること、安息日を守らないこと、霊媒、口寄せ。長老を軽んじる、寄留者を虐げる、不正な計りを用いることはしてはいけません。
私はあなたたちをエジプト国から導き出した神、主である。わたしのすべての掟、法を守りなさい。と。

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【聖書】レビ記18章

レビ記18章・・・・・・性的関係について
「私の掟と法に従って歩みなさい。」18:4

くぅ〜ママのちょっと一言
ここでは近親相姦と異教(エジプト、カナン)の性的習慣の禁止が書かれています。
この中で男と男の性関係が書かれていますが、異教の礼拝において男と男が性行為をする儀式があったことを指しているとのこと。またエジプトでは山羊の神礼拝と結びついた獣姦の習慣があり、このことを指しているとのことです。また創世記の中には、ここに禁止された婚姻関係を結んだ人物がいます。アブラハムは腹違いの妹のサラと結婚をしています。ヤコブはレアとラケルの姉妹を同時に結婚しています。しかしこの時にはこれらは違反とはされていません。というのはこれらのことは捕囚後のユダヤ人が自分達のアイデンティテイーを守る為に意識的に禁止したものだからとのことです。そのようにみると、一番主が民に求められた事は、主の民である自覚ではなかったでしょうか。クリスチャンといっても、罪を犯す日々の繰り返しですが、大切な事は日々主の前に悔い改め、それでも主に従おうと日々再献身の決意を新たにすることではないでしょうか。

聖書要約
いとうべき性関係
主はモーセに言われました。私は主である。あなたたちがかつて住んでいたエジプトやこれからあなたたちを導くカナンの風習に従ってはなりません。私の掟と法に従って歩みなさい。そうすれば、命を得ることができます。
肉親の女性、母、継母、姉妹(異母、異父)、孫娘、実の姉妹、おば、嫁、兄弟の妻、妻とその母、妻の姉妹、月経中の女性、人の妻(姦淫)、子どもを殺して焼いてモレク神に献げること、男性と寝ること、動物との性行為、これらの行為が主のいとうべきこととして禁止されました。イスラエルの民がこれから向かう土地の住民は、これらの事をして土地を汚したが、あなた達は同じことをしてはいけないと主は言われます。もしこれらのいとうべきことをひとつでもした者があれば、その者は民から断たれます

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【聖書】レビ記17章

レビ記17章・・・・・・献げ物をする場所
「…それを主にささげるのに臨在の幕屋の入り口に携えて行かない場合には、その者は民の中から絶断たれる」17:9

くぅ〜ママのちょっと一言
17章から26章は一まとまりの法集として神聖法集と呼ばれています。2つのことが書かれています。
この法に違反したら、「イスラエルの民から断たれる」と繰り返し主は言われます。神はイスラエルの民に十戒を与えられ、守れば祝福を与えると約束(旧約)されたのですから、イスラエルの民の中にいることが、まず、神の祝福を受ける条件になります。そこから断たれるという事は祝福からもれるということです。イスラエルの民のアイデンティティは「主の民」ということであり、「あなたたちは聖なる者となりなさい」のみ言葉に生きることでした。
私たちクリスチャンにとってのアイデンティティも同様に「主の民」「主の祝福に入れられた者」ということですが、私たちに与えられているのは「戒め」ではなく「主からの愛」です。「神はその独り子をお与えになったほど世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16)イエスキリストが十字架の上で示された愛がすべての動機となって生きているのがクリスチャンです。

聖書要約
神聖法集
献げ物をささげる場所
主はモーセに、アロンとその子ら及びイスラエルのすべての人々に告げるように言われました。
動物の屠殺は幕屋の前(聖所)で行わなければなりません。そこ以外の場所で屠殺した場合は殺害者と見なされます。以前は食事のための動物を野外で屠っていましたが、これからはすべて祭司のもとに連れてきて屠ってもらい、血を祭壇に注ぎ、脂肪を焼いて香りを主に献げ、その残りの肉を祭司と献げた者が食べることが出来ます。山羊の魔神(エジプトで礼拝していた山羊の偶像)に二度と献げてはならないと定められました。もしそれを犯したときは民から断たれることになります
血を飲むな
血を食べる者も民から断たれます。血の中に命があるからです。食用となる動物や鳥を捕獲したら、血を注ぎ出して土で覆います。死んだ動物や野獣に殺された動物を食べたものは(除血していないので)衣服を洗い、体を洗って清められなければなりませんでした。

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【聖書】レビ記16章

レビ記16章・・・・・・祭司の贖罪のために献げる
「アロンは自分の贖罪の献げ物のために雄牛を引いて来て、自分と一族のために贖いの儀式を行う。」16:6

くぅ〜ママのちょっと一言
神が臨在される至聖所には年に1度大祭司しか入ることができませんでした。しかも香炉をたき、その煙りで掟の箱を覆って見えないようにして、そして自分の為と民の為の贖罪の献げ物の血を携えて至聖所に入って贖罪の儀式をしました。罪が清められるということは並大抵のことではなかったのです。贖罪日の献げ物をはじめ、どれほどの動物が献げられたことでしょう。これがイスラエルの民と神との間に交わされた契約(旧約)であり、それによって罪が赦され、神の民として祝福に入れられたのです。
しかし現代の私たちはこの旧の契約は終わり、主から新しい契約(新約)が与えられています。それはイエスキリストが地上に誕生してくださり(クリスマス)、十字架上で人類の罪を(私の罪)を贖って下さったということを信じることで罪が赦されて、神の祝福の中に入れられるのです。もう何度も何度も動物の犠牲を献げる必要はないのです

聖書要約
贖罪日
(レビ記10章で)アロンの2人の子どもが規定に反する火をたいて死を招いたのですが、その直後に主がモーセに語られました。それは年に1度大祭司が至聖所に入って贖罪の儀式をする手順です。至聖所に入って死を招くことがないように、決められた日に次のようにしなさい。
献げられるのはアロンの為の贖罪の献げ物の雄牛1頭、焼き尽くす献げ物の雄羊1頭イスラエルの民の為の贖罪の献げ物の雄山羊2頭、焼き尽くす献げ物の雄羊1頭です。
まずアロンの為の雄牛を屠る。主のみ前の祭壇から炭火をとって香炉を満たして至聖所に入って香をたき、その煙で掟の箱を覆わせる。次に雄牛の血を取って指で東の面に振りまき、更に指で血の一部を取って贖いの座の前方に7度振りまきます。
次に民の為の雄山羊2頭ですが、1頭は主への献げ物であり、もう1頭はアザゼルのものとされます。それはくじで決められます。そして主のものとされた山羊は雄牛同様に主に献げられます。アザゼルのものとされた山羊は荒野の奥に追いやられます(アザゼルとはエルサレムから12Km東の地名で、そこに放たれます。鳥を野に放ったのと同じ理由で人々の罪がその山羊に移されて追いやるわけです)
アロンは幕屋に戻り、着ていた質素な祭服を抜いて水で体を洗い、大祭司の服を着て自分と民の焼き尽くす献げ物を献げる儀式を執り行います。
主はこれを年に1度、贖罪日として7月10日(太陽暦9月24日)に行うように定められました。その日は仕事をせず、自分の罪が清められる儀式を行います。この日は最も厳かな安息日だからです。

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【聖書】レビ記15章

レビ記15章・・・・・・汚れを持ち込んで死を招かないように
「…あなたたちの中にあるわたしの住まいに彼らの汚れを持ち込んで、死を招かないようにしなさい。」15:31

くぅ〜ママのちょっと一言
通常の月経や精液を漏らしたと場合は献げ物の必要はありませんでした。生理現象そのものや性行為は主に祝福されたものですので、悪いことではありません。しかし月経中の性行為は重いタブーとされていました。
ただ性病の場合と不正性器出血(月経以外の出血)は汚れとされ、それが治ったときは献げものが必要でした。新共同訳聖書では「尿道」と書かれていますが、性器の湾曲的な表現とのことです。
性行為は素晴らしい愛の表現であり、人間に与えられた喜びでもあります。なによりも命を産みだすための素晴らしい行為です。しかしその性行為によって移る病気は本当に沢山あるのです。しかも命に関わること、次の世代に影響を与えるものなどがあり、本当に憎々しいかぎりです。神は人に自由意志をあたえられましたが、人類がこの性感染症によって滅びることがないように、自らの行動を選択していかなければならないと思います。

聖書要約
男女の漏出による汚れと清め
主はモーセとアロンにイスラエルの民に伝えるように言われました
性器の炎症により膿が溜まっていたり、排膿している場合は汚れています。その人の寝床、腰掛に触れた時、またその人に直接(性器に)触れた時、その人に唾をかけられた時、その人が乗った鞍、触った土器などは汚れているので、それを触った人は衣服を洗い、体を洗わなければなりません。その人が手洗いをせずに触れられた人は衣服と身を洗い夕方まで汚れています。
 もし炎症が治れば7日のあと衣服を洗い、体を洗って、8日目に贖罪の献げ物と焼き尽くす献げ物として2羽の山鳩か家鳩を献げます。
精液を外に漏らす事は汚れること。関わった男女とも体を洗い、精液のかかったものも水で洗う必要があります。
月経中の7日間も汚れの期間とされ、この間に性器に触れたり、寝床や腰掛に触れた場合は衣服を水で洗い、体を洗わなければなりません。
月経以外の性器出血も汚れです。その出血が治ったときは7日を経て8日目に2羽の鳩を献げ、異常出血を清める儀式を行わなければなりません。


 

 

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【聖書】レビ記14章

レビ記14章・・・・・・清めの儀式
「この後、彼は宿営に戻ることができる。」14:8

くぅ〜ママのちょっと一言
ここでは重い皮膚病のために汚れている宣言された人が治った場合の清めの儀式の手順について記されています。清めの儀式に使われる4つの物には次のような意味があります。野鳥は雀などの小さな鳥などですが、これは汚れを野に運び去る役目があります。後の3つですが、杉の枝は強い香、緋糸は色が血と似ていること、ヒソプの強い刺激があることから悪霊を追い出す役目がありました。
清められて宿営の中で暮らす事は主の祝福の内にいるということなので、清めの儀式はとても大切なことでした。新約に生きる私たちにはこのような儀式は必要ありません。罪から清められ、神の祝福の中に入れられる方法は、「主イエスの十字架は私の罪のためである」と信じることこと、ただそれだけです。
レビ記の主題である「わたし(神さま)は聖なる者であるから、あなた方も聖なる者となりなさい」の み言葉をもう一度思い出したいと思います。

聖書要約
清めの儀式
主はモーセに言われました。重い皮膚病を患った人が清めを受ける時の祭司への指示は以下の通りです。祭司は宿営の外にでて患者を調べます。皮膚病が治っていたら、清めの儀式をする為に、その人に小さな野鳥2羽、杉の枝、緋糸、ヒソプ、そして流水を持ってこさせます。祭司は流水を入れた土器の上で1羽の鳥を殺すように命じます。水と血が入った土器の中に杉の枝、緋糸、ヒソプ、生きている鳥を浸してから、その血を清めを受ける人に7度振り掛けます。その後生きている鳥を逃がします。その後清められた人は衣服を洗い、全身の毛を剃り、7日間は宿営の中の自分の天幕の中で過ごします。7日目に再び全身の毛を剃り、衣服を洗い、さらに7日間を過ごします。8日目に祭司のところに4種類の献げものを持っていきます。雄羊2匹は和解の献げ物と焼き尽くすの献げ物、雌羊1匹は贖罪の献げ物、小麦粉は賠償の献げ物として献げられます。
貧しい人の場合は賠償の献げ物は雄羊は必要でしたが、その他は2羽の鳩と小麦粉も3分の1とされました
家屋に生じるかび
これは約束の地カナンに入ってからのこととして書かれています。まず家財道具を外に出して、かびの状態を調べます。疑いのある場合は1週間封鎖して様子を見ます。もしかびが広がっていたら、そこの部分の石材を取り除き、町の外の汚れた場所で処分します。家屋の清めの儀式は人の清めの儀式と同じく2羽の野鳥を献げます。

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【聖書】レビ記13章

レビ記13章・・・・・・皮膚病と汚れについて
「この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」13:46

くぅ〜ママのちょっと一言
ここでは重い皮膚病カビの診断と取り扱いについて記されています。この皮膚病を口語訳聖書では「らい病」と訳されていましたが、「ハンセン氏病」を指しているのではないとのことです。祭司は皮膚病の感染を防ぐこと、カビの繁殖を防ぐことを目的とした診断が求められました。感染の危険性があった場合、祭司から「汚れ」を宣言されます。すると本人は衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆わなければなりませんでした。これは親族の死に直面したときの動作を表しています。そして自ら「汚れている」と言わなければなりませんでした。日本にもらい病差別の悲惨な歴史があります。これらのことは病気だけではなく、人格そのものへの否定が悲劇を産みました。しかしイエスキリストは、汚れた者とされていたこのような人たちを排除することなく、むしろ親しく声をかけ招かれたのでした。人は色々な事情を抱えて生きていますが、人格的には対等です。私たちは、比較したり、優劣をつけたり、優性思想を持つことは絶対にしてはいけないことです。イエスキリストは私たちにそのことを教えてくださいました。

聖書要約
皮膚病
主はモーセとアロンに言われました。皮膚に湿疹、斑点、疱疹が生じている場合は祭司のところに連れて行きます。そこで祭司はそれが清いものか隔離して様子を見る必要があるのか、汚れたものとして宿営の外で住む必要があるのかを判断します。
重い皮膚病かどうかの判断は「患部の毛が白い、症状が皮下組織に及んでいるか」ということです。その時は宿営の外に出されます。もし疑わしい時は1週間隔離して確認して、大丈夫ならもう1週間後に再度大丈夫なことを確認して、さらに1週間の隔離が必要でした。そこで大丈夫であれば「清い」と宣言され、衣服の水で洗って清くなります。再発するようであれば「汚れている」として宿営の中では暮らすことはできませんでした。
慢性の皮膚病の診断は「白い湿疹と毛が白くなることと湿疹の部分がただれている」かどうかが基準です。肉のただれがあれば、すぐさま宿営の外にだされます。もし全身が白くなっていれば治っているので「清い」とされます。
皮膚の炎症の診断は一度治って再度炎症が起きた場合に祭司に見せます。「症状が皮下組織にまでおよび、毛が白くなっている」と重い皮膚病として宿営の外に出させます。但し症状が進行していると判断した時は隔離は1週間のみ。
やけどの診断も炎症と同様です。
頭や顎の白癬の診断は毛が抜けたり切れたり、毛髪や髭が黄色くなったり、症状が皮下組織に及んでいるかどうかが判断基準となりました。黒い毛があればこの病気ではないと判断。
白い疱疹は重い皮膚病ではないので清いとされました。
頭部の毛が抜けて、そこに赤みがかった白い症状がでれば重い皮膚病と診断されました。
 重い皮膚病と宣言された者は衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い「私は汚れたものです」と言って、宿営の外で暮らさなければなりませんでした
衣類にカビが生じた時の処置も広まるようであったり、水で洗っても元の状態に戻らない時は焼き捨てますが、広がりがなければそこを切り取り、水で洗ってって使うことができました。

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【聖書】レビ記12章

レビ記12章・・・・・・産後の汚れについて
「男児もしくは女児を出産した産婦の清めの期間が完了したならば、産婦は1歳の雄羊1匹を焼き尽くす献げ物とし、家鳩または山鳩1羽を贖罪の献げ物として臨在の幕屋の入り口に携えて行き、祭司に渡す。」12:6

くぅ〜ママのちょっと一言
出産時の出血による汚れについて記されています。出産の汚れは産後の休息の意味もあったのでしょう。7日間または14日間は別居、そして33日または66日は一緒に暮らしてもいいのですが、聖なるものに触れてはいけませんでした。男児、女児の差は月経と出産の関係から女児の方がより汚れるとされたのかもしれません。しかし献げ物に差がありませんから、人間としての優劣を意味しているのではないと考えていいようです。
これは産後の体の回復と一致しています。産婦の体がある程度回復するのに7日ほど要しますし、外出できるほど回復するには1ヶ月ほどかかります。関節を緩ませるホルモンの影響を考えると2ヶ月ほどの養生が必要ですから。その期間が過ぎたら、神さまへの感謝を献げることが決められています。

聖書要約
出産についての規定
主はモーセに言われました。男の子を出産した場合は7日間は汚れています。8日目にになると生まれた子どもに割礼を施し、されに33日は聖なるものに触れてはいけません。
女の子を出産した場合は14日間は汚れており、さらに66日間は聖なるものに触れる事はできません。どちらの場合も清めの期間が終われば、1歳の雄羊を焼き尽くす献げ物として、それと家鳩か山鳩1羽を贖罪の献げ物として祭司に渡します。もし貧しくて雄羊が献げられない時は2羽の家鳩、または山鳩を献げます。これで礼拝規則上清い者とされます。

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【聖書】レビ記11章

レビ記11章・・・・・・聖なるものとなれ
「あなたたちは自分を聖別して、聖なるものとなれ。わたしが聖なる者だからである。。」11:44

くぅ〜ママのちょっと一言
11章から15章は清浄戒律と言われ、清いものと清くないものとの区別に関する祭司の教えをまとめています。11章は動物性食物の規制です。
清いものと汚れたものの区別、そしてその対処法が列挙されていますが、中には健康のために良くないと思われるものや、異教徒の習慣を意識したもの(豚や爬虫類)など理由が分かるものもあれば、なぜ、神がそう言われたのか分からないこともあります。理由よりもイスラエルの民にとって、主が言われたことを忠実に守ることが荒野を旅するイスラエル人が寄って立つところなのです。ですから、汚らわしいものや汚れているとわれているものそれぞれの価値を決めるものではないのです。すべてのものは主がお創りになり、よしとされたものですかから。
新約聖書において、この箇所からの解放をみることができます。それは使徒言行録の10:15です。「汚れたものを食べない」といったペトロに対して主は「神が清めたものを清くないと言ってはならない」と言われています。人類は主から与えられた地球の管理を任されています。すべての生き物が地球上でその役割を果たして生きているのですから、私たちはその生態系が調和を乱すことがないように守っていかなければならないのです。

聖書要約
清い者と汚れたものに関する規定
主はモーセとアロンに清いものと汚れたものについて次のように言われました。
動物の中で食べてもいいものはひずめが分かれていて、反芻するものです。ひずめが分かれているか、反芻するかどちらかだけのものは食べてはいけないし、死骸に触れてもいけません。
魚類のうちひれとうろこがあるものは海のものでも川のものでも食べることができます。これら以外は汚らわしいもので食べてはいけません(しかし汚れるとは書かれていません)
鳥類の内で次のものは汚らわしいものとして、20種類の名前が列挙されています。(大体猛禽類で、死んだ肉を食べることから汚らわしいとされていたとのこと。)
昆虫は跳ねるもの、いなごの類を除く、飛ぶことができる4つ足のものは汚らわしいものとされました。(いなごは遊牧民にとって動物性蛋白だったので食べることが許されたのかもしれません)
これらの死骸に触れたものは夕方まで汚れるとされました。(人間の死体に触れた場合は7日間汚れるとされた)その場合衣服は水で洗います。ひずめが分かれていない、または反芻しない動物は触れるだけで汚れます。足の裏の膨らんでいるもの(犬や猫)は食べることはできません。死体に触わるだけで夕方まで汚れます。
地面を這う〈爬虫類〉ものについても、死骸への接触は人も物も汚れるとされています。土の器や、かまど炉に落ちた場合は壊す。木の器や衣服、敷物など触れたものは水につけます。但し、泉とかため池、種に落ちた時はそれらのものは汚れません。
食用に出来る動物が病死した時は死体に触れたら夕方まで汚れます。爬虫類は食べてはいけません。
そして主は言われます。「わたしはあなたたちの神、主である。あなたたちは自分自身を聖別して、聖なる者となれ。わたしが聖なる者だからである。」と。

 

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