マナ's Blog

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【聖書】そのようにされた・イザヤ書19章

イザヤ書19章・・・・・・主がそのようにされた
「主は、必ずエジプトを撃たれる。しかしまた、いやされる。」19:22

くぅ〜ママのちょっと一言
これが預言されたのはエジプトが大国として栄えていた時です。
主がエジプトを裁ばかれ、政治の混乱、社会の混乱、そして自然への災いももたらされます。人々の失業の様子も書かれています。しかし主は主に立ち返ったエジプトを回復させてくださいます。最後はエジプトにもアッシリアにも「わが民」と呼ばれて、祝福されます。
イスラエルにとれば、まさに自分たちを脅かす強敵アッシリアやエジプト、その国の裁きの預言は信じがたいことであったかもしれませんが、心地よいことでしょう。しかしその敵国が主に祝福されるとの預言は受け入れがたかったかもしれません。しかし私たちが忘れてはいけないことは、自分を脅かしている相手も主に愛され、祝福されるべき人であり、主はそれを望んでおられると言う事実ではないでしょうか

聖書要約
グッドエジプトの審判
エジプトについての神の言葉。見よ、主は早い雲に乗ってエジプトに向かう。エジプトの偶像も身震いし、人々は恐ろしさの余り意気消沈する。主はエジプト人を同士討ちさせるので、どうしたらいいのか分からなくなり、偶像や霊媒師や魔女にお伺いを立てる。
主はエジプトを過酷な支配者に引き渡す。そしてナイルの川は干上がり、運河は悪臭を放ち、川沿いの作物も川の魚も死に絶える。人々は職を失いうろたえる。
ツォンの助言者たちはみんな知恵がなく、エジプト王に見当外れの助言をして益々エジプトを混乱させた。主がそのようにさせたのだ。
グッド終わりの日の和解
その日、エジプトは女のように弱くなり、神の怒りを見て立ちすくみます。ユダの名を耳にしただけで、エジプトはおびえるのです。主がそのようにさせられたのです。その日エジプトに5つの町が出来、神の祭壇がエジプトの中心に建てられます。エジプトは主に忠誠を誓い、へブル語を話すようになります。主はエジプトを一度は打たれますが、エジプトが主を信じるようになるので、何もかも元通りにされます。その日アッシリアからエジプトまで自由に行き来するようになり、共に同じ神を拝するようになります。エジプトとアッシリアの中をユダが取り持ちます。エジプトとイスラエルはユダと親しくするために主の祝福を受けます。主は言われます。「私の民、エジプトに祝福を、私の民アッシリアに祝福を、私の財産を受け継ぐイスラエルに祝福を」と。

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【聖書】反アッシリア同盟・イザヤ書18章

イザヤ書18章・・・・・・反アッシリア同盟
「そのとき、貢ぎ物が万軍の主にもたらされる。」18:7

くぅ〜ママのちょっと一言
アッシリアの勢力拡大に伴って、諸国が反アッシリア同盟を組もうとします。ユダの国にもエチオピアから使者が送られますが、その時にイザヤが預言したものです。それはアッシリアは神の裁きに遭い、エチオピアも神の主権を認めるようになるという内容でした。世の中の流れに全く反した預言でした。しかし歴史はそう通りになります。
聖書に従って生きようとした時に世の中の価値観と一致しないことが多々あります。しかしそのことを臆せず発言することが大切なのだと思います。いろいろ思うことが多い世の中、たとえ見向きもされなくても、黙っていてはいけないと思います。

聖書要約
グッドクシュとの陰謀
水路豊かで「羽こうろぎの国」と呼ばれるほど多くの生物が生息し、強国と恐れられていたエチオピアから、諸国に使者が送られたが、使者は自国に引き返してこう伝えなさい。
「神である私が山に合図の旗を立て、戦いの角笛を引き鳴らしたら、世界の人々はよく見ていなさい。アッシリアの強軍をエルサレム目がけて出陣させる。私はエルサレムから夏の輝く太陽のように、収穫の秋の雨雲のように静かに眺めていよう。そしていよいよ攻撃する時が来たら、私はアッシリアを全滅させる。戦場の死体は野鳥や猛禽の餌となるだろう。それを見た諸国の民は私を畏れるであろう。そしてエチオピアの国からも貢物がエルサレムに届けられる。

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【聖書】都の面影を失う・イザヤ書17章

イザヤ書17章・・・・・・都の面影を失う
「見、ダマスコは都の面影を失い、瓦礫の山となる。」17:1

くぅ〜ママのちょっと一言
ダマスコとエフライム(北イスラエル)は反アッシリアの同盟国であり、同じように主に裁かれます。ただ、ダマスコは壊滅しますが、神の民であるエフライムは残されるものがいます。なぜアッシリアによって攻められたのかその理由は「主を忘れたから」と書かれています。この預言はダマスコが繁栄をきわめていた時に告げられたのだそうです。きっと当時の人たちは信じることが出来なかったことでしょう。クリスチャンはこの世にあって、現実がどうであれ、主にみ心に沿って、してはいけないこと、しなければいけないこと、どうあるべきかを告げるという役割があるのだと思います。

聖書要約
グッドダマスコとエフライムの運命
ダマスコについての神のお言葉です。「ダマスコは影も形もなくなる。都はがれきの山となりアロエルの町も人が住まず、イスラエルの栄光が去ったようにダマスコもすべて消えうせる。」と万軍の主が言われます。イスラエルもレファイムの谷にある刈り入れを終えた畑のように見捨てられます。収穫の後、わずかに残っているオリーブの実のように極わずかな人が残されるだけです。その時になって始めてイスラエル残された人々は偶像の神を拝むことを止め、創造者である神を信じるようになります。
その日には彼らの町々はかつてイスラエル人が破壊した町々のように荒れ果てるのです。救い主である神を忘れた報いです。
もし植えてすぐに成長するような収穫物でさえもあなたの手で刈り取ることはできません。あなたが刈り入れるのは山のように大きな悲しみと痛みだけです。
グッド諸国民のどよめき
諸国の民が怒涛のように押し寄せてきても心配いりません。神が沈黙させてくださいます。イスラエルの民は夕方に恐怖に包まれても、夜明けには神が敵を打ってくださいます。神の民を打つ者に神がされることです。

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【聖書】亡命者・イザヤ書16章

イザヤ書16章・・・・・・亡命者を保護する
「追われた者を隠し、さまよう者を覆ってください。」16:3

くぅ〜ママのちょっと一言
アッシリアの攻略によって難民となったモアブがユダに保護を求めてきています。ユダがもしモアブ人を助けたら、ユダも勢力を拡大するアッシリアの攻撃に遭うかもしれません。しかし主はモアブから逃げてきた人を受け入れてあげるようにおっしゃいます。人間的な思いで計算をして私たちは自分の生きる道を考えてしまいがちですが、神さまのお考えはどうなのかということをいつも考えたいと思います。イエス様ならどうされるだろうかと。ひとつの目安は弱い立場の人を大切にするということだと私は思っています。

聖書要約
ユダと同盟を結んだしるしとしてモアブからユダに羊を送ります。モアブの女たちは帰る場所を失ってさまよいます。どうかモアブの者たちがあなたの所に亡命することを許して下さい。もしそうしてくださるなら、災いがすぎ去った後、ダビデの王座は神が不動のものとされるでしょう。
モアブの支配者がこのように語るのを聞いて、これがあの傲慢だったモアブの人かと疑うほどでした。戦い好きの敵将たちが町々を襲い、モアブの果物や穀物を台無しにしていきました。モアブ人の神にいくら祈っても無駄だったのです。モアブについては以前から神がこのようにお語りになっていました。3年以内にモアブの栄光は去り、極わずかな者だけしか生き残らないと主は言われるのです。

 

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【聖書】滅びた・イザヤ書15章

イザヤ書15章・・・・・・一夜のうちに滅びた
「一夜のうちに、アルは略奪され、モアブ滅びた。」15:1

くぅ〜ママのちょっと一言
列挙された町はモアブの主要都市。その町々が根こそぎ滅ぼされると預言しています。モアブはユダに隣接する国です。そのモアブと同盟を結んだり、助けを求めてもやがて滅びる国であり、頼るべきは神であることを告げています。
「寄らば大樹の陰」と私たちは思いがちですが、他の人に自分の人生を託すなどなんとバカげたことかと思います。風向きが変わっても、何が起こっても動じない生き方があるのです。

聖書要約
モアブへの神の預言。たった一夜でアルとキルは滅びます。ディボンの住民はそれを嘆いて神殿に行きます。ネボとメデバなどの町々の惨事に対しても民は嘆き悲しみ泣き叫びます。勇士も悲鳴を上げ戦い力がなくなります。
泣きながら絶望の叫びをあげながら人々は逃げていきます。水は干上がり、青草はなくなり、命からがら逃げますが、やっとの思いで逃げた者も殺されます。ライオンが襲いかかるからです。

 

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【聖書】守られる神・イザヤ書14章

イザヤ書14章・・・・・・わが民を守られる主
「その軛は、わが民から取り去られ、その重荷は、肩からはずされる。」14:25

くぅ〜ママのちょっと一言
イスラエルの民がバビロン捕囚から解き放たれ、バビロン王の最後の様子が幻で与えらます。アッシリアに対してはユダの地で滅ぼされること。そしてペリシテに対してはより力あるアッシリアが攻めてくることを預言しています。しかし実際はアハズ王の後継者ヒゼキヤに対する警告をペリシテへの警告という形がとられているとのことです。時代が遡って書かれています。ペリシテはアッシリアにアッシリアはバビロンに滅ぼされますバビロンはペルシャに滅ぼされるのです。「奢れるものは久しからず」が世の常と言えます。力を持った者が謙遜であり続けることは本当に難しいことだと思います。自分の力を頼りに生きている者が陥る罠ではないかと思います。自分の人生を主にお任せしたときに、思わぬ地位を得た時も、思わぬ迷路に入り込んだ時も、思わぬダメージを受けた時もいつも変わらない平安が心にあるのだと思います。

聖書要約
グッドイスラエルの回復
神はイスラエルを憐れまれ、神の民として再び自国に連れ戻されます。外国からイスラエルに移住してきた者は彼らに仕えるようになります。
グッドバビロンの滅亡
主がバビロンでの捕囚生活から解き放ってくださる時、あなた方はバビロンの王にあざけりの歌を歌います。「弱い者いじめをするバビロンの抑圧は主によって終わりの時が来た。彼らは怒りにまかせて諸国民を支配したが、今ようやく世界に平和が戻った。レバノン杉までもが喜ぶ。地獄の門ではバビロンの王が来たことを喜ぶ。王の高ぶりも地獄に落ちた。
なぜ明けの明星と呼ばれたバビロンが地に投げ落とされたのか。それは「私は天に昇り、神の上に立とう」と言ったからだ。地獄に落ちたお前を見た者は「本当にこの人が世界中の王を震撼させた王なのか」と言う。
国々の王は立派な墓に埋葬されるものだが、お前は墓の外に投げ捨てられる。お前は自分の国を滅ぼし、民を虐殺したのだから、死体は踏みつけられ、永遠にその名を呼ばれることはない。万軍の主はバビロンの末裔までもたち滅ぼされる。都は山あらしの住処、滅びのほうきで掃き清められる。
グッドアッシリアのくびき
万軍の主はイスラエルに攻め込んだアッシリアを必ず滅ぼすと言われます。二度と彼らの奴隷となることはありません。万軍の主がお決めになったことは誰も止めることはできません。
グッドペリシテに対する警告
アハズ王が死んだ年の神から頂いた言葉です。「ペリシテ人よ。お前が打った王が死んだからと言って喜ぶのは早い。その子は私が養う。だが、お前たちは飢饉によって滅びる。外国の使者たちには「神はエルサレムを選ばれた。そこに身を寄せる苦しむ民を守ることにした」と報告しなさい。

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【聖書】バビロン・イザヤ書13章

イザヤ書13章・・・・・・バビロンに対する主の裁き
「わたしは、世界をその罪ゆえに、逆らう者をその罪のゆえに罰する。」13:11

くぅ〜ママのちょっと一言
イザヤが見た幻は、バビロン帝国の滅亡の様子ですが、この幻が与えられたのはバビロン滅亡の200年も前のこと。バビロンがまだ台頭する前であり、アッシリアが世界に君臨しようとするような時でした。これはバビロンの滅亡を見た別の人が書いたものとの考えもあるようですが、実際バビロン帝国がペルシャのクロス王によって無血降参をするので、幻のような惨事はなかったとのこと。
「主の日」と言う言葉が出てきますが、これは終末と言う意味でつかわれる時と、主が歴史に介入され、裁かれる時を指す時がありますが、この章の場合は後者です。
人類の歴史は人間の罪の上に作られていった歴史だと思いますが、その歴史をさらに覆うように神の目が注がれていることはどんなに幸せなことでしょう。どんなに辛い状況の中でも希望の光を見ることが出来るのですから。

聖書要約
神さまがアモツの子イザヤに幻を通して語られたバビロン滅亡についての預言です。
バビロンを攻めのぼる敵軍の旗を見よ。権力者を弾圧しようと迫ってくる者たちに手を振れ。神である私は、私の怒りを招いた人たちを裁くためにこれらの勇士を招いていたのだ。
軍隊が行進し、多くの兵が叫ぶ声で山々がどよめく。万軍の主によって主の怒りを招いた国を滅ぼすために主の道具として召集されたのです。
恐怖におびえて泣き叫べ、主の日がくる。あまりの恐ろしさに勇者も力なくし苦しむ。産婦のように激しくもだえる。皆は絶望して顔を見合わせるが、青ざめた顔に移るのは町を焼き尽くす炎ばかりだ。
見よ、神の日が来る。神の怒りが、大地を滅ぼしつくし、罪人を根絶するために。星も太陽も月も光を放たない。
私は世界の悪、神に逆らう者の罪を裁くために、威張り散らす者、横柄な金持ちを踏みつける。私の怒りの日の後、生き残っている者はほんの一握りの者だけとなる。私の怒りのために大地も元の場所から移動する。
人々は追われるカモシカ、集める者のない羊のように逃げまどう。また故郷を目指して一目散に逃げ出しても見つけ出されて殺される。幼子に至るまで容赦はない。
私はメディア人をバビロン人に敵対させる。ソドムとゴモラの町のように滅ぼされる。もはやそこには誰も住むことはできない。砂漠の野獣やダチョウの住処となりハイエナや山犬が宮殿を住みかとする。バビロンの寿命はあとわずかである。

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【聖書】救ってくださる・イザヤ書12章

イザヤ書12章・・・・・・主はわたしを救ってくださる
「見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない。」12:2

くぅ〜ママのちょっと一言
主の救いの喜びを声高らかに賛美しています。主こそ「救いの源泉」であり、クリスチャンにとって生きる力の源です。主にあって恐れることはなにもないのです。
「その日」とは終末の時、主の再臨を表しています。神さまがこの世界を治められ、本当の平和が訪れる時を待ち望みたいと思います。

聖書要約
グッド救いの感謝
その日、あなたは言います。「神は何と素晴らしい方でしょう。私に対する怒りを慰めに変えてくださった。そればかりか私を救って下さる。私は神にすっかり信頼しているので恐れません。主こそ私の歌、そして救い。私は喜びながら救いの泉から思い存分に水を汲む。
その日にあなたは言うでしょう。「主に感謝し、御名をたたえよう。世界中の人たちに神さまの愛を示して、神さまの偉大な御名を知らせよう。主の素晴らしさを称える歌を世界中に響かせましょう。エルサレムに住む人たちが喜びあふれて主を賛美しますように。あなた方と共にいてくださる聖なる方はイスラエルのこの上もなく偉大な方だからです。」



 

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【聖書】残されたもの・イザヤ書11章

イザヤ書11章・・・・・・残されたものが買い取られる
「その日が来れば、主は再び御手を下して、御自分の民の残りの者を買い戻される。」11:11

くぅ〜ママのちょっと一言
当時、世界を支配する権力に満ちたアッシリアの滅亡を預言し、絶望的な切り株しか残っていないようなダビデ王朝からメシアが誕生することを予言しています。その方によってもたらされる平和が描写されています。
メシア(キリスト)の家系ですが、ダビデの家系とせずにエッサイの家系とされています。人間的に見れば、「メシアは素晴らしいダビデ王朝の家系から誕生する」としたほうが権威があるように思います。しかしダビデはもともと貧しい羊飼いであり、そのお父さんのエッサイの家系であることを言うことで、世の中で顧みられないような人々のためにも救い主がお生まれになることを言っているように思い心が安らぐ思いがします。

聖書要約
グッド平和の王
エッサイ(ダビデの父)の家系は切り株だけを残してばっさりと倒されてしまいましたが、その切り株から新しい芽が出てきて、一本の若枝が育ちます。その上に主の霊が留まります。それは「知恵の霊」「悟りの霊」「助言と力との霊」「知識の霊」「神を畏れる霊」です。その方は外見で裁かず、弱い人の味方になり、神に逆らう者を裁きます。正義を腰の帯として、真実をその身に帯びているのです。
その方によって本当の平和がやってきます。家畜と野獣と人間が共に仲良く暮らすことが出来るようになります。それは海が水で覆われているように、大地は主を知る知識で覆われるようになるからです。その日が来ればエッサイの根は全世界の救いの旗印としてなり、国々がその栄光の下に集うのです。
グッド帰還と救い
その日が来れば、神は生き残ったご自分の民を呼び集められます。諸国に散らばっていたイスラエルの民が引き寄せられるのです。ユダとイスラエルは協力し合ってエドムやモアブ、アンモンを支配下におさめるようになります。主は紅海に乾いた道をつくり、ユーフラテス川に強い風を吹かせて7つの道を作り、誰でも簡単に渡れるようにされます。アッシリアからの残された者が帰ってくるための広い道も作られるます。

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【聖書】重荷・イザヤ書10章

イザヤ書10章・・・・・・重荷が取り去られる
「その日が来れば、あなたの肩から主には取り去られ、首に置かれた軛は砕かれる。」10:27

くぅ〜ママのちょっと一言
歴史の主はアッシリアを主の道具として用いられ、歴史を動かされました。しかしアッシリアは傲慢になり、主の裁きを受けます。歴史を支配されている主は、ひとりひとりの人生をも支配されておられます。順調な時には決して傲慢にならず、逆境の時にも落ち込まず、御心を求めながら日々を過ごしたいです。

聖書要約
災いだ。弱者の権利を奪い、物品を巻き上げるなど不正を行う裁判官や役人は。私(神)が遠い国から滅亡を招き寄せます。助けを求めても無駄です。あなた方は捕囚となってよろめきながら連れて行かれるか、死んで捨てられるかしかありません。主の怒りはやまず、御手は伸ばされたままなのです。
グッドアッシリアの傲慢
災いだ。私の怒りの鞭となるアッシリアは。神を無視する国をアッシリアに攻めさせます。「戦利品を取り、略奪品を取れ」と。しかしアッシリアは神の御心とは違い滅ぼすことしか考えず、次々と国々を征服していきます。エルサレムやサマリヤの神よりご利益のありそうな神を信じる国も滅ぼしたのだから、サマリヤやエルサレムも滅ぼしたも同然と。
神はアッシリアを用いて目的を果たされた後、高慢なアッシリアに罰を与えられます。なぜなら、アッシリアの王は「自分の手と聡明な知恵によって全世界をかき集めた。はむかえる者などあろうものか」と言ったからです。神は「斧やのこぎりや鞭が自分を使う者より力があると言えようか」と言われ、天の軍勢はアッシリアの軍隊の中に病を送り、光である神は燃えさかる炎となって焼き尽くされたのです。生き伸びる者はわずかで、子どもでも数えることが出来るくらいの数でしかありませんでした。
グッド残りの者の帰還
その日になって、イスラエルとユダの残された者は二度とアッシリアに頼ることをせず、主を信じるようになります。今はあなたたちは海辺の砂のように多くいますが、その時まで生き残り、神に立ち返る人はわずかしかいません。神がご自分の民を滅ぼそうと覚悟しておられるからです。
グッドアッシリアを恐れるな
だから万軍の主はこう言われます。「エルサレムに住み私の民よ。アッシリアを恐れてはいけません。もうしばらくの辛抱です。もう少ししたら、私の怒りはあなたたちから去り、アッシリアに向けられますから。神はかつてエジプトにされたようにアッシリアを打たれ、あなたの方の重荷を外し、首に巻かれたくびきは粉々にされるのです
グッド敵の攻撃
アッシリアの大軍が攻めてきます。諸国をどんどん滅ぼしてきます。そしてついにエルサレムにもこぶしが上げられました。しかし見なさい。万軍の主がアッシリアの軍隊をばたばたと切り倒していかれているのを。

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