マナ's Blog

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【聖書】主こそ王・詩編99編

詩編99編・・・・・・主こそ王
「…主を呼ぶと主は彼らに答えられた。」99:6

くぅ〜ママのちょっと一言
聖書には「主は聖なる方」と言う言葉を区切りとして3部に分かれて詩が詠まれています。原文ではヤハウェ(神)と言う言葉が7回出てくるそうです。「7」は聖書では完全数です。この詩が伝える「主の支配の完全性」や「主の清さの完全性」がさらに力強く伝えられているように思います。
その聖なる主の御名が崇められますように。主のご栄光が見えるがごとくにありありとあらわされますように。私たちも喜びを持って主に礼拝をお捧げしたいと思います。

聖書要約
主こそ王。王はケルビム(至聖所にある神の箱の上に置かれた翼を持った像)の上に座しておられます。エルサレムで王として君臨される主のご威光は地のどの支配者よりもはるかに及びません。
公平な裁きと恵みの御業を成し遂げられる主は聖なる方。その足台に向かってひれ伏しなさい。
モーセ、アロン、サムエルが主を呼び求めた時、主は答えて下さいました。彼らは雲の中から聞こえてくる神の声に聞き従いました。主は彼らの祈りに応えて罪をお赦しになりますが、誤った行いには罰を与えられます。
エルサレムの聖なる山に向かって、聖なる主に礼拝を捧げなさい。

 

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【聖書】喜びの叫び・詩編98編

詩編98編・・・・・・喜びの叫び

「全地よ、主に向かって喜びの叫びをあげよ。」984

くぅ〜ママのちょっと一言
この詩篇は旧約の「マリア賛歌」と呼ばれているのだそうです。この詩篇はイスラエルの民のバビロン捕囚からの帰還の喜びを歌っています。バビロンで捕囚の民として苦しむイスラエルの民を、主はペルシャのクロス王を用いて手厚くエルサレムに帰還させました。
マリアは神の御子を授かった時に「この卑しい女をさえ心にかけてくださった神の愛」に対する喜びを讃美しましたが、イスラエルの民も神様の一方的な救いの御業に対してあふれるばかりの喜びがあったのです。私たちも神様からの一方的に与えてくださった愛、すなわち「御子の十字架の死という犠牲によって罪から救われることを、ただ信じることによって、神の祝福の中に入れられた」とことに対する感謝と喜びを言葉や思いや行動で表したいと思うのです。

聖書要約
主が驚くべきみ業を私たちに成して下さった喜びの新しい歌を主に捧げましょう。神の力強く、清い御手によって成し遂げてくださったのです。主はご自分の民の救いを通して、全世界の人々に主の勝利を示されました。だから、大地は主に向かって喜びの叫びを捧げよう。竪琴の音色にあわせ歌い、角笛やラッパで喜びのシンフォニーを奏でましょう。広大な海と地、そしてそこに住むすべての者よ、喜びの歌を歌って主をお迎えしなさい。主は正義を貫いて世界を裁くために来られるのです。

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【聖書】全地よ喜び踊れ・詩編97編

詩編97編・・・・・・全地よ喜び踊れ
「主こそ王。全地よ喜び踊れ。」97:1

くぅ〜ママのちょっと一言
全世界を支配される壮大な神の姿が描き出されるような詩です。神を喜ぶことそのものが、人が生きる目的であると明快な答えを頂いたことを思い出します。確かに神がこの世に送り出してくださった命であるなら、神を無視して生きることは的外れな生き方と言わざるを得ません。私たちの命を愛し、守られ、救い出してくださる神に心を向けて喜び、感謝を捧げて生きたいと思います。

聖書要約
神様は全世界の王です。大地よ、喜び踊りなさい。島々も喜んで祝いなさい。
正義を土台とした玉座に座しておられる神様の周りには密雲が立ち込めています。その周りにいる敵を火が焼き尽くします。神の稲妻が世界を照らすと大地はおののき、山々は蝋のように溶けます。天は神様の正しさを宣言し、世界の人々が神の栄光を仰ぎます。偶像に仕える者はその空しさに恥じ入り、真の神にひれ伏します。エルサレムとユダの町はあなたの公平な裁きを聞いて喜びました。
神は神を信じる者を愛され、命を守られ、救い出されます。光と喜びは神を信じるものの為に蒔かれるのです。神を敬う人よ、喜び祝い感謝を捧げよう。

 

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【聖書】主に向かって歌え・詩編96編

詩編96編・・・・・・全地よ、主に向かって歌え
「新しい歌を主に向かって歌え、全地よ、主に向かって歌え」96:1

くぅ〜ママのちょっと一言
この歌はバビロン捕囚から帰還した民が、神の愛は昔と変わらず注がれていることを確信してその喜びを新たな気持ちで歌った歌とのこと。その喜びを「全世界に宣べ伝えよ」と声高らかに歌います。神殿が破壊され、その再建もスムースにいかない事情があったでしょうに、そんなことより、主を喜び、その喜びを全世界に伝えようと歌っているのです。
本当の喜びとはそのようなものだと思います。心が本当に喜びに満たされたら、全てのものが愛おしく快く感じます。またいやな仕事もどんどんはかどったり…主を喜ぶ事は大きなプラスのパワーが生まれくるのだと思います。

聖書要約
世界中どこでも神様に新しい歌を捧げましょう。来る日も来る日も神様の救いの良き知らせを伝えなさい。神様がどれほど素晴らしいお方であるか、またその驚くべきみ業を宣べ伝えなさい。
神は偉大なお方です。他の神々は人の手で作られたものですが、我々の神は天地を造られたのです。栄誉と威光が神を包み、力と美が神殿にたちこめています。主こそ全世界を支配され、公平に裁かれます
天は喜び、地は踊ります。大海原はとどろいて神の栄光を表します。野にあるもの、森の木々よ、共に喜びなさい。主が来てくださるのです。私たちを公平と真実を持って裁くために。

 

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【聖書】養われる羊の群れ・詩編95編

詩編95編・・・・・・主に養われる羊の群れ
「…わたしたちは主の民、主に養われる群れ、御手の内にある羊」95:7

くぅ〜ママのちょっと一言
後半の主の言葉はエジプトを脱出してから約束の地カナンに入るまでの荒野での40年間のことが語られています。
羊と羊飼いの例えは私たちと神さまの関係をよく表しています。羊は羊飼いの声を聞き分けて従わなければ、単独では生きていけない弱いものです。私たちも神様のみ声を聞き、神さまに従って生きていくことにより、本当の幸せに導かれるのです。自分は強いと思って、羊飼いから離れることなく、狼に襲われたり、嵐がやってきたりしてもちゃんと守ってくださる神の下にいることです。いつも良き物を与えようと手招きしてくださる神様に従うことです。

聖書要約
さあ、私を救ってくださる神様に向かって喜びの讃美を声高らかに捧げましょう。大いなる神様の御前に進み出て感謝を捧げましょう。
地中深い所も、そびえる山々も全て神様のものです。海も陸も、私たちをもお造りになった神さまにひれ伏して礼拝しましょう。私たちは神の民、神は羊飼いが羊を養うように、私たちを養ってくださいます。羊飼いの声を聞いたら神さまの下に行きましょう。
主は言われます。「イスラエルの民が荒野のメリバやマサで強情になった。なんども奇跡を目にしながら、私を信じなかった。荒野での40年間、何度も裏切る民を赦し、愛したが、民は私から心遠くはなれて、私が与えた律法を守ろうとしなかった。だから、私は怒り、彼らの為に用意した約束の地に入ることを許さなかったのだ」と。

 

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【聖書】復讐の権利・詩編94編

詩編94編・・・・・・復讐する権利をもっておられる主
「主がわたしの助けとなってくださらなければ、わたしの魂は沈黙の中にふしていたでしょう。」94:17

くぅ〜ママのちょっと一言
王の詩篇2つ目の歌です。「王」と言う言葉は出てきませんが、自分の力を誇っている世の支配者たちに対して、主こそ我々を支配される「王」なのだと主張しています。
17節の「主が私の助けとなってくださらないならば(私の命はなかったでしょう)
」という文章に胸が高鳴ります。主がみ手を伸べてくださったから、今の私があります。世界を治めておられる主は、小さな私をも返り見てくださる愛の神なのです。

聖書要約
復讐する権利を持っておられる主よ。勝ち誇る悪者を罰してください。彼らはあなたを信じる者を苦しめ、やもめやみなしごを手にかけ、そして言います「主は見ていない」と。耳と目をお造りになった主がご存じないわけがありません。主は人がどれほど愚かなのかも分かっておられます。
しかし主からあなたの掟を教えていただいた者はいかに幸いなことでしょう。その人は苦難の時にも静に待つことが出来ます。主はご自分の民を決して見捨てることはなさいません。誰が盾となってわたしを敵から守ってくれるでしょうか。もし神が私に手を差し伸べてくださらなかったなら、今ごろ私は死んでいたことでしょう。「足が滑りそうです」と祈れば、主は救いあげてくださいました。何もかも信じられなくなった時も主は私の傍らにいてくださり、希望を与えてくださいました。
破滅をもたらすような王があなたの味方になるでしょうか。彼らは神に逆らって主に従うものを罰することさえするのです。
主は私の避難所です。悪者の計略をその身に跳ね返らせ彼らを滅ぼしてください

 

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【聖書】主の威厳・詩編93編

詩編93編・・・・・・威厳を衣とされる主
「威厳を衣とし、力を衣とし、身に帯びられる。」93:1

くぅ〜ママのちょっと一言
93編から99編は王の詩篇と言われており、主は圧倒的な力を持って世界を支配される王であり、主の秩序を乱す神話的な存在である海や波、潮でさえも主を讃美し、主に従うと歌われています。イスラエルの王である初代の王サウルは自分の権力を誇示し、主から退けられました。2代目王ダビデはあくまでも主に従順に従った王であったので、主はダビデとその子孫を祝福されたのでした。
リーダーたる者の責任は大きいと思います。一国を司るリーダーにしろ、小さな会のリーダーにしろ!です。自分達の利益だけを求めるのではなく、また人にこびるのではなく、主を畏れ、永遠に不変の「主の定め」に従うことがリーダーに求められることではないかと思います。リーダーとして迷いの中にあるときは聖書に答えを見出したいと思います。私たちの王、主は私たちを最善に導いてくださるお方ですから。

聖書要約
世界の王である、神は威光と絶大なる力に満ちておられます。永遠の昔から世界を支配しておられます。大海原も鳴りとどろいて主を讃美します。砕け散る大波よりも主は力強いお方です。
あなたが定められた事は永遠に不変であり、あなたがおられる神殿は尊く厳かです。


 

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【聖書】白髪になっても・詩編92編

詩編92編・・・・・・白髪になってもなお実を結ぶ
「白髪になってもなお実を結び、命に溢れ、いきいきとし…」92:15

くぅ〜ママのちょっと一言
安息日の讃美となっています。安息日は主に感謝し、主を喜ぶ日なのです。主を信じる者は主の庭に移されて、神の側で、神にお世話していただいているとはなんと嬉しいことでしょう。素直に神に信頼して、身をお任せすればいいのです。なつめやしは30mにもなる木。レバノン杉は樹齢千年にも及ぶこともある巨木だそうですが、この木のように祝福を受けることができると詩人は歌っているのです。そしてなんと老人になっても実をつけることができるのです。私も年老いても尚、神にご栄光を帰する毎日を送りたいと切に願います。

聖書要約
安息日に歌う歌
神に感謝を捧げる事はなんと素晴らしいことでしょう。朝ごとにあなたの慈しみを、夜ごとにあなたのまことを十弦の琴に合わせて述べ伝えましょう。
主がして下さった多くの良きことやあなたのお計らいの深さを思い、喜ばずにはおれません。浅はかな人には理解できないことです。
悪を働く者たちが野の草のように茂り、花を咲かせていようとも、その先に待ち受けているものは永遠の滅びです。しかしあなたは私を野牛のように強くしてくださったので、活力がみなぎります。敵対する者が立ちはだかって絶望的な状態の時にも、主は私に力を与えてくださいます。
神を信じる者はなつめやしのように青々と茂り、レバノン杉のようにそびえ立ちます。それもそのはず、神を信じる者は神の庭に移され、神ご自身が世話をしてくださるのです。だから、老木となっても実を結び青々と茂ることが出来るのです。そしてそのことを通して神のご栄光と真実を人々に知らせることができるのですから、なんと素晴らしいことでしょう。神は私が頼るべきお方なのです。

 

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【聖書】御使いに守られて・詩編91編

詩編91編・・・・・・御使いに守られて
「主はあなたのために、御使いに命じて、あなたの道のどこにおいても守らせてくださる」91:11

くぅ〜ママのちょっと一言
神に信頼して、神の下で生きる者の幸いを歌っています。神を信じたら自分の思い通りの人生が約束されているということではなく、神様の側から見て一番よい人生を神様は私に与えてくださっていると確信することです。
11節に「神は御使いに私を守らるように命じられた」とありますが、私の大好きな絵本「いつもだれかが」を思い出します。人生のあらゆる場面を天使が守ってくれるのです。私の大切な方々に心を込めてプレゼントした絵本です。もちろん娘達にも。私の人生の証しとも言える絵本です。主に守られていることを確信して感謝の毎日を送りたいです。

聖書要約
全能者の下に身を寄せる人よ、「神様こそが私の避難所、安全地帯、信頼してあまりある方です」と神様に申し上げなさい。神はどのような罠からもあなたを救い出し、守ってくださいます。神はあなたを翼の下に入れ、盾をもってかくまわれます。夜の闇も昼間の襲撃もあらゆる災難も恐れなくてもいいのです。たとえあなたの側にいる人が災難にあっても、主はあなたを守ってくださるのです。主は御使いにあなたを守るように命じられました。だから石につまづいたり、獅子や毒蛇に出くわしても大丈夫です。
主は言われます。「私を慕う者を私は救う。私を信頼する者を偉大な者にしよう。私を呼び求める時、私はそれに応える。苦しんでいる時には側にいて、力を与え、充実した人生を送らせよう」と。

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【聖書】いのちの主権・詩編90編

詩編90編・・・・・・いのちの主権は神の手に
「生涯の日々を正しく数えるように教えてください。」90:12

くぅ〜ママのちょっと一言
90編はモーセの祈りとなっていますが、モーセを偲んで歌われた歌との事。モーセはイスラエルの民を奴隷の地エジプトから神が約束された地カナンに導いた大指導者です。しかしカナンを目前にして、ピスガの山頂に立たされたモーセは「あなたはそこに渡っていく事はできない」と主から言われます。そして主の命令によってモアブの地で最期を迎えます。3節の「人の子よ、帰れ」という言葉はなんと主権に満ちた言葉だろうと思います。命の主である神様が肉体の命を終えて天に帰ってきなさいといわれるのです。モーセのように目的半ば、いや目前にしていても主から「帰れ」といわれたら、天に帰らなければなりません。むごいようにも思いますが、主に従い続けた人生ならば、その主に「よく頑張った。もういい。帰っておいで」と言われることほど嬉しい事はないように思うのです。

聖書要約
モーセの祈り
神様のふところは私たちがいついつまでも安住するところです。大地や山々が生まれる前からあなたは神であられました。
あなたは「人の子よ、帰れ」とおっしゃる方です。千年も昔のことでも神様にとっては昨日のようなものです。すべての事は一夜の夢のように過ぎ去るのです。朝には青々と茂っている草も夕べには刈られてしおれる草に似ています。私たちはあなたの怒りによって死ぬべき存在。私たちの罪はあなたによって白日にさらされます。人生70年、中には80年まで生きる人もいるでしょうが、労苦とむなしさの日々に過ぎず、それも瞬く間にすぎていきます。誰が神を畏れることを知っているでしょうか。どうか私たちに正しい日の過ごし方をお教えください。
神様お怒りにならずに、恵みを与えてください。災いの日を幸いの日としてください。もう一度あなたの奇跡を見せてください。子どもたちにもあなたのご栄光を見せてやってください。どうか私たちのすることがあなたの目に適い成功させてくださるように

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