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【聖書】ルカ3章

ルカによる福音書3章・・・・・・罪の赦しに対する応答の実
「悔い改めにふさわしい実を結べ」」ルカ3:8

くぅ〜ママのちょっと一言
最後の預言者、ヨハネは荒野で神の声を聞き、それを人々に伝えました。ヨハネの役割の一つは群集に悔い改めを迫ったこと。二つ目はイエスを群集に紹介したこと。三つ目はイエスに洗礼を授けることでした。ヨハネが神の声を聞いた荒野は神と出会う場所として度々聖書の中に書かれています。現代を生きる私たちにも同様のことが言えるのではないでしょうか。病気や事故や失敗、誤解や裏切りや仲たがいなどから不安や絶望、悲しみ、悔しさ、怒り、あせりという荒野のただ中で、神に出会うという経験をすることがあります。自分にとって望まない人生の荒野が、もし神と出会う時となるならばこれほどすばらしいことはないと思います。
イエスの系図ですが、マタイの福音書の最初にも出てきました。マタイはアブラハムから始まってイエスに至っていますが、ルカはイエスからさかのぼっています。順序が逆でも列挙されている名前が同じであるはずですが、少し違いがあります。しかしどちらも間違いではありません。例えば31節のダビデですが、ルカはダビデの子どもをナタンとしていますが、マタイはダビデの子をソロモンとしています。もちろんナタンもソロモンもダビデの子です。そしてナタンの系図ではイエスの父といわれているヨセフはエリの子、ソロモンの系図ではイエスの父ヨセフはヤコブです。エリとヤコブは兄弟で、エリが子をもうけず死んだ後、兄弟のヤコブがその妻をめとり、産んだ子がヨセフです。(律法の定めに従って)ですから、律法によればヨセフはエリの子。実際はヤコブの子ということになります。

聖書要約
グッド洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
ローマ皇帝ティベリウスの治世15年、ポンティオ・ピラトがユダの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがヨルダン川の東の領主であった時、荒野にいるヨハネに神はお語りになりました。ヨハネはヨルダン川一帯で罪が赦されるためにバプテスマを受けるように宣べ伝え始めました。これは預言者イザヤ書に書かれていることです。ヨハネはバプテスマを受けようと来た群集に厳しい口調で言いました。「まむしの子らよ。悔い改めにふさわしい実を結べ。さもないと切り倒されて火に投げいれられる。自分たちはアブラハムの子孫だから大丈夫などと思ってはいけない。」「ではどうすればいいのですか」と尋ねる群集に「下着を二枚持っている者は一枚を貧しい人に与えよ。余分の食べ物もお腹をすかせている人に与えよ」取税人には「ローマ政府が決めた以上の税金を取り立てるな」兵士には「金をゆすったり、だまし取らず、給料で満足せよ」と教えました。人々は救い主メシアを待ち望んでいたので、彼がメシアではないかと考えていました。ヨハネは「私は水でバプテスマを授けるが、後から来る方は私よりはるかに権威があり、聖霊と火でバプテスマをお授けになる。また麦ともみ殻をふるい分けて、麦は倉に、もみ殻は永遠に消えない火で焼き尽くされる」と言いました。
ところで領主ヘロデは兄弟フィリポの妻を妻としたことやその他の悪事をヨハネに指摘されたので、ヨハネを牢に閉じ込めてしまいました。
グッドイエス、洗礼バプテスマを受ける
イエスはヨハネから洗礼を受ける群集に加わられ、洗礼を受けて、祈っておられる時に、天から聖霊が鳩のように下り、「あなたはわたしの愛する子、わたしの喜びです」という声がしました。
グッドイエスの系図
イエスが宣教を始められたのはおよそ30歳の時でしたイエスはヨセフの子と思われていました。(イエスからさかのぼった系図がしるされています)

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【聖書】ルカ2章

ルカによる福音書2章・・・・・・イエスの誕生と成長
「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛されて成長されました。」」ルカ2:52

くぅ〜ママのちょっと一言
世界で初めてのクリスマスの様子が書かれています。イエスがお生まれになったのはユダヤのベツレヘムの家畜小屋。お祝いに駆けつけたのは、当時、最も貧しい羊飼い達でした。誕生したイエスは冷たい石の飼い葉おけに寝かされます。ふかふかのベッドではなかったのです。しかしこの飼い葉おけが羊飼いたちが救い主イエスを捜す目印となりました。またこのイエスのベッドになった飼い葉おけは、私達の寂しく、冷たい心を表しているようです。イエスはそのような私達の心の中に暖かい光を灯すためにお生まれになられたのです。
イエスの少年時代の記録はほとんどなく、この誕生のいきさつと、きよめの奉げものをした神殿の記録、12歳の時の事件だけです。イエスの少年時代の記録の最後に「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。」とあります。子どもの成長を願って、あれこれ考えますが、「神と人に愛される人」に成長することがなによりも大切なことではないかと思います。

聖書要約
グッドイエス様の誕生
皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録せよとの勅令がでたため、ヨセフとマリアは、ベツレヘムに登録のため出かけることになりました。そこでマリアは月が満ちて出産し、その子を布にくるんで飼い葉おけに寝かせました。登録のために集まってきた人たちのために泊る宿がなかったのです。
グッド羊飼いと天使
羊飼いたちが野原で羊の番をしていると、突如天使が現れて、救い主の誕生を告げました。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。その方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」と。すると突然天使に天の軍勢が加わり、神を讃美しました。「いと高きところには栄光神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」と。羊飼い達は主が知らせてくださった出来事を見ようと出かけて行き、飼い葉おけに寝かせてある乳飲み子を探しあてて、礼拝をささげました。8日目の割礼の日に幼子はイエスと名付けられました。
グッド神殿でささげられる
ヨセフとマリアは律法に定めに従って、誕生40日目にきよめのいけにえを奉げに、神殿に行きました。神殿では救い主の降誕を長い間待っていたシメオに出会います。シメオンは「わたしはこの目であなたの救い主を見ました。この方は全ての国民を照らす光、あなたの民イスラエルの光栄です」と言い、イエスの生涯を予告します。同じく救い主の来られるのを待ちわびていたアンナはイエスを見て、人々にメシアが来られたことを告げました。
グッドナザレに帰る
その後ヨセフとマリアは幼子イエスを連れてナザレに帰っていきました。
グッド神殿での少年イエス
イエスの両親は毎年過越の祭りには欠かさずエルサレムに行きました。イエスが12歳の時のことです。祭りが終わり帰路について1日経ったときに、両親は一行の中にイエスいないことに気がつきました。イエスを探しながら、エルサレムに戻ってみると、イエスは神殿で学者達を相手に話をしていました。「心配したのですよ」というマリアに、イエスは「私が父の家にいることが分からなかったのですか」と言われました。神殿を「父の家」と言ったイエスの言葉の意味を両親はわかりませんでした。その後ナザレに帰り、イエスは両親に仕えて暮らされました。母はこれらすべてのことを心に留めました。「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛されて成長されました。」

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【聖書】ルカ1章

ルカによる福音書1章・・・・・・信じることの幸い。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」ルカ1:38

くぅ〜ママのちょっと一言
この福音書と使徒言行録はルカが書いたものです。序文で執筆出版の依頼をしたテオフィロに敬意を表していますが、テオフィロだけでなく異邦人に向けて書かれています。ルカは医者であり、パウロの伝道旅行に同伴しています。イエスとは直接会っていませんが弟子達とも親交がありました。イエスの誕生に先駆けてヨハネの誕生について詳しく書いたのはルカだけです。
マリアに受胎が告知されます。「神にできないことは何一つない」天使のこの言葉に続いてマリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と答えます。結婚をする前に妊娠するということは当時であれば死罪を意味します。いいなずけヨセフとの仲も覚悟しなければならないでしょう。そのような中で、神に対する絶対の信頼をもってマリアは応えました。「主は私によきものをお与えにならないはずなない。」マリアのように「お言葉どおり…」と信仰を告白する者でありたいです。

聖書要約
グッド献呈のことば
弟子たちの証言をもとに全ての記録を徹底的に調査して、順序立てて書いた、正確で確実なものをテオフィロさまに献呈致します
グッド洗礼者ヨハネの誕生、予告される
祭司ザカリアとエリザベトは神を愛し、主の掟を忠実に守っていました。二人は年老いていましたが、子どもがありませんでした。ところがザカリアが祭司の香を炊くと言う務めをしている時に天使ガブリエルから男の子を授かることを告げられます。その子は人々の喜びとなり、預言者エリヤのように霊と力にあふれ、人々に救い主を迎える準備をさせるというのです。ザカリアはすぐに信じることが出来ず、しるしを求めたため、子どもが生まれるまで口がきけなくなりました。
グッドイエスの誕生が予告される
その6ヶ月目にダビデの子孫のヨセフのいいなずけのマリアにガブリエルが現れて「おめでとう、恵まれた方。主があなた共におられる」と挨拶しました。戸惑うマリアにガブリエルは「聖霊が下って男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高き方の子と言われる。あなたの親類のエリサベトも男の子を身ごもっている」と告げました。マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言いました。
マリア、エリザベトを訪ねる マリアが急いで山里に住むエリザベトを訪ねます。マリアが挨拶をしたときにエリザベトの胎内の子が踊ったように動きました。エリサベトはマリアに「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方はなんと幸いでしょう」と言いました。
グッドマリアの賛歌
マリアは言いました「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神をほめたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです…」マリアは3カ月そこに滞在しました。
洗礼者ヨハネの誕生 エリザベトは男の子を産みました。ザカリアが「この子の名はヨハネ」と書いたところ、たちまちザカリアの口が開き、主を賛美し始めました。このことは山里中の話題となりました。
グッドザカリアの預言
父ザカリアは聖霊に満たされて、「我々の救い主をダビデの家から起こされた。わが子、ヨハネはいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って道を整え、罪の許しをと救いを知らせる。天の夜明けが今訪れようとしている。その光は暗黒と死の影にうずくまる者を照らし、平和の道に導く」と預言しました。ヨハネは成長すると、人々に語り始めるまで、たった一人寂しい荒野で暮らしました。

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【聖書】マルコ16章

マルコによる福音書16章・・・・・・復活の主に出会う
「あの方は復活なさって、ここにはおられない。」マルコ16:6

くぅ〜ママのちょっと一言
金曜日がイエス・キリストが十字架にかけられた受難日、その3日後の日曜日にイエスは復活されます。それが主のよみがえりを記念するイースターです。その朝、3人の女性は大きな石を動かす方法も持たないままとにかくイエスの元に足を急がせたのです。イエスを慕うあまりの行動です。思えば、大きな石があって私たちにはどうすることも出来ないと、家から出ず、墓に行かなければ、この復活の主に出会うという恵には預かれなかったわけです。大きな石を取り除くという難問ももろともせず、行動する動機は主への愛でした。その愛に押し出されて、私たちも世の中の難問に挑んでいきたいと思うのです。
復活の知らせを「弟子たちとペトロに告げよ。」と、天使が言ったのは、マルコはペテロの証言を聞き取って書いたのがこの福音書であるからかもしれませんし、もしかしたら3度否んだペテロへの神さまの配慮かもしれません。
最後に「全世界に行って、全て造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」と大宣教命令が記されています。それによって今なお、多くの宣教師たちによって福音が全世界に宣べ伝え、聖書が少数民族の言葉にも訳され続けているのです。

聖書要約
グッド復活する
翌日(土曜日)の夕方、マグダラのマリアとヤコブの母マリアとサロメの三人の女性はイエスの遺体に塗る香料を買い求めました。そして安息日が明けた日曜日の朝早く、イエスの墓へ行きました。大きな石を取り除く方法を持たないまま、とにかく足を墓に早めました。しかし墓に言ってみると、石はすでに取り除かれています。中に入ると白い長い衣を着た若者が座っていました。そして言いました。「あなた方が十字架につけたナザレのイエスは復活されてもうここにはおられない。」とイエス様のよみがえりが告げられます。「弟子たちとペトロに告げなさい。あの方は先にガリラヤに行かれる。かつて話したようにそこでお会いすることが出来る」と。しかし女性達は当初正気を失って誰にもこのことを知らせることが出来ませんでした。
結び一
グッドマグダラのマリアに現れる
以前7つの悪霊を追い出していただいたマリアにイエスは姿を現わされました。マリアは悲しんでいる弟子たちの所に行って、イエスが生きておられることを伝えましたが、弟子たちは信じませんでした。
グッド二人の弟子に現れる
二人の弟子がエルサレムから田舎に帰ろうと道を歩いている所にイエスが姿を現わされました。前と違った姿だったので、見分けがつきませんでしたが、やっとイエスだと気がつきました。二人はエルサレムに跳んで帰り、弟子たちにそのことを伝えましたが、誰も信じませんでした。
グッド弟子たちを派遣する
その後、弟子たちが食事をしているところへ、イエスが現れ、復活したと言う証言を信じなかった不信仰を責められました。そして「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と言われました。そして信じてバプテスマを受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受けると言われました。
グッド天に上げられる
主イエスは弟子たちに話された後、天に上げられ、神の右の座につかれました。弟子たちは出ていって至る所で主イエスの福音をのべ伝えました。主は彼らと共に働かれ、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってお示しになりました。

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【聖書】マルコ15章

マルコによる福音書15章・・・・・・罪の赦しと救いのために
「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」マルコ15:34

くぅ〜ママのちょっと一言
ユダヤの指導者たちは群集が自分達から心が離れてイエスに傾倒していることをねたみ、イエスを十字架にかけてしまいます。イエスに従っていた群集も、指導者に扇動されて心はイエスから離れてしまっていました。鞭うちで肉体の苦痛と、散々嘲笑され精神的な苦痛が極限に達して十字架にお架かりになります。イエスの最後の言葉は「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」でした。人にも神にも見捨てられたような状態で息を引き取られたのです。しかし神はイエスを見捨てたわけではありませんでした。「その時」神殿の幕が真っ二つに引き裂かれます。祭司だけが入れる至聖所の幕が取り除かれ、だれでも直接神のみ前に近づくことが出来る新しい時代の幕が明けたのです。十字架は人類の罪の赦しと救いいう神の壮大なご計画だったのです

聖書要約
グッドピラトからの尋問
夜が明けると、ユダヤの指導者たちはイエスをピラトにひき渡しました。ピラトが「あなたがユダヤの王なのか」と問うと、イエスは「それはあなたの言っていることです」と答えました。その後祭司長たちが色々とイエスを訴えましたが、何もお答えになりませんでした。
グッド死刑の判決
祭りに際して民衆が願い出た囚人を釈放できることを利用して、ピラトはイエスを釈放しようとしました。ピラトは祭司長達がねたみからイエスを捕えたことが分かっていたのです。しかし指導者たちに扇動された群集はイエスを処刑し、殺人を犯したバラバを釈放するように激しく要求しました。ピラトは群集の力を抑えることもせず、イエスに十字架刑を言い渡したのでした。
グッド兵士からの侮辱
全部隊が召集され、兵士たちはイエスに茨の冠をかぶせ、紫の衣を着せて「ユダヤの王、万歳」と嘲笑し、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、そして元の服に着替えさせて外に引きだしました。
グッド十字架につけられる
ゴルゴダ(されこうべ)の丘までの道を十字架を担いで連れて行かれますが、兵士は通りがかったキレネ人のシモン(アレクサンドロとルフォスの父)に十字架を無理やり担がせました。ゴルゴダの丘につき没薬に入った濃いぶどう酒が差し出されますが(痛みを麻痺させれため)イエスはお受けにならなりませんでした。兵士はイエスを十字架につけて、その服を分け合いました。イエスを十字架に付けたのは午前9時でした。罪状書きは「ユダヤ人の王」と書かれ、その両側には強盗が十字架に架けられました。通りがかりの人やユダヤの指導者たちは「人を救ったよう自分を救えないのか」とあざけりののしったのでした。
グッドイエスの死
昼の12時、全地が暗くなり、午後3時に「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれて、息を引き取られました。その時、神殿の幕が真っ二つに引き裂かれました。それを一部始終見ていたローマの百人隊長が言います「本当にこの人は神の子だった」と。イエスと共にガリラヤから来た女性たちの多くも遠くからこの様子を見ていました。
グッド墓に葬る
神の国を待ち望んでいたヨセフ(身分の高い議員)は遺体の引き取りを申し出ました。イエスの死が確認され、遺体が墓に葬られます。誰にも取り去ることが出来ないように、入り口に大きな石を転がして封印されました。マグダラのマリアとヨセの母マリアはその墓の場所を見つめていました。

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【聖書】マルコ14章

マルコによる福音書14章・・・・・・御心のままに
「しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」マルコ14:36

くぅ〜ママのちょっと一言
いよいよ十字架が近くなってきました。
十字架の出来事はユダヤ人の過越祭の時に起こりました。過越祭とは旧約聖書の出エジプトに書かれています。神がイスラエルの民を奴隷の地エジプトから導き出してくださったことを記念する祭りです。ユダヤ暦のニッサンの月(西洋暦では3月から4月に相当)の14日の午前中から家の中からパン種を取り除き、午後に羊をほふり、15日になると過ぎ越しの食事をします。エルサレムではその祭りのために大勢の人たちが集まってきました。
女性が香油を注ぎかけたのはイエスへの精一杯の愛の表現でした。愛の行為は冷静な気持ちや合理的な生き方からすると無駄のように思えることが多いです。しかしクリスチャンの行動の動機は、神の目からどう見られるかということが基準になります。この女性の行動はまさに神のみこころに適う行為でした。
マルコには書かれていませんが、この香油を非難をしたユダはその後イエスを裏切る行動に出ます。神のみ心(神さまが計画されていること)に反した思いを持つことはなんと怖いことかと思います。聖霊の流れ、聖霊の働きを止めるようなこと、すなわち神に反する思いを持たないことが、私達が神の側で守られて生きる道なのかと思います。サタンにすきを与えてはいけません。
十字架を前にイエスはゲッセマネで祈られます。
その祈りは/世気泙浪燭任發できになります。△海稜奸塀住架)を取り除いてくださいしかし私が願うことではなく、御心に適うことが行われますようにと言う祈りでした。
神に願い求める祈りをする時に祈りの最後には「しかしわたしの思いではなく御心に適うことが行われますように」と祈る者でありたいです。

聖書要約
グッドイエスを殺す計画
過越祭の2日前、祭司長や律法学者たちはイエスを殺そうと考えていました。
グッドベタニアで香油を注がれる
イエスがベタニアで皮膚病を患っているシモンの家におられる時、1人の女性がやってきて、高価な香油をイエスの頭から注ぎかけました。居合わせた人はそれを無駄と非難しましたが、イエスは「この人は精一杯のことをしてくれた。これは私の葬りの準備だ」と言われました。
グッドユダ、裏切りを企てる
12人の弟子の1人であるユダがイエスを引き渡すために祭司長のところに出かけていきました。
グッド過越の食事をする
過越祭の初日、弟子たちが食事の準備をどのようにするかイエスに尋ねました。イエスは都に行って、水瓶を運んでいる人について行くように言われました。行ったところにはすっかり用意された2階の広間がありました。夕方イエスと弟子はそこに行って食卓を囲みました。その時イエスは「弟子の中にわたしを裏切る者がいる。それは同じ鉢にパンを浸している者である。旧約聖書に書いてある通り人の子は去っていくが、人の子を裏切った者は生まれてこなかった方がよかった」と言われました。
グッド主の晩餐
食事をしている時、イエスはパンを取って賛美して祈り、それを裂き、「取りなさい。これはわたしの体である」そして杯を取り感謝して彼らに渡し、「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言われました。それから一同は賛美してオリーブ山に出かけられました。
グッドペトロの離反の予告する
イエスは弟子達に「あなた方は皆わたしをと見捨てるでしょう」と言われました。しかしペトロは「皆が裏切ったとしても、わたしはあなたを裏切らない」と否定します。イエスは「今日鶏が2度鳴く前に3度私のことを知らないと言うだろう」とペトロに言われました。
グッドゲッセマネの祈り
イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴ってゲッセマネで十字架を前に苦しみもだえながら祈られました。「父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけて下さい。しかしわたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」その間3人は目を覚ましていることができませんでした。
グッド裏切られ、逮捕される
ユダがイエスを捕らえるために祭司長や律法学者などと一緒にやってきましたが、弟子達は逃げてしまいました。
グッド一人の若者、逃げる
イエスについていこうとしたただ一人の弟子も見つかってしまい、服を引きちぎられ裸で逃げてしまいました(マルコ本人とのこと)
グッド最高法院で裁判を受ける
イエスを有罪にしようと色々な証言がされますが、決め手がありませんでしたが、大祭司が「お前はほむべき方の子、メシアなのか」と聞いたことに対して「そうです」と答えられたことで、罪が決定されました。役人たちはイエスに唾をかけたり、殴ったりしてあざけりました。
グッドペテロ3度否定する
心配になって大祭司の庭にこっそり入ったペトロは女中達から「イエスと一緒にいた」と言われるのですが否定します。3度否定した時、2度目の鶏の鳴き声がしました。そのときイエスの予告を思い出して、ペトロは激しく泣きました。

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【聖書】マルコ13章

マルコによる福音書13章・・・・・・目を覚ましていなさい
「その日、その時は、だれも知らない。…父だけがご存じである」マルコ13:32

くぅ〜ママのちょっと一言
この章は「小黙示録」といわれており、終末(この世の終わり)について書かれています。
神殿はヘロデ大王によって着工され40年以上もかけて作られた豪壮な建物です。その建物の崩壊が予告されています。それは建物の崩壊という意味と、神殿で礼拝を奉げていた旧約の時代は終わり、新しい時代の幕開けを意味します。「ここに宮より大きいものがいるのです」(マタイ12:6)とイエスは言われます。その終末の前兆が記されています。その苦しみの後、天体の異変があり、人の子が雲にのってやって来られるのです。その時、主を信じる者は呼び集められます。その時がいつ来るか分からないから、目を覚ましていなさいと繰り返し語られています。
目を覚ましているとはイエスの愛の内にいるということです。愛の内にいるとは、主の大いなる恵み(十字架の贖い)に感謝し、イエスに倣って生きることだと思います。主イエスは私達に生きる模範を示されました。それは「仕えるしもべとして謙虚に生きる」ということにほかなりません。

聖書要約
グッド神殿の崩壊
神殿から出ていく時、弟子が「なんと素晴らしい建物でしょう」と神殿を見上げます。イエスは「たった一つの石さえほかの石の上に残らないほど、跡形もなくなる」と、神殿が完全に破壊されると言われました。
グッド終末の前兆
イエスがオリーブ山から神殿を眺めておられる時、主だった弟子が「いつ世の終わりがくるのか。前兆が何かあるのか」と尋ねました。イエスは偽メシアが現れるからだまされてはいけない。あちこちで戦争が始まる。至る所で地震ききんが起る。これらはほんの始まりに過ぎない。あなた方は気をつけなさい。捕えられ法廷に立たされても、何を話そうか心配しなくてもいい。聖霊が語ってくださる。それは神のすばらしい知らせを語るチャンスとなる。わたしの弟子と言うだけで人に憎まれても終わりまで、信仰を捨てずに耐え忍ぶ者は救わる」と言われました。
グッド大きな苦難の予告
キリストに反するものが聖所に立っているのをみたら、ユダヤにいる人は山に逃げよ。屋上にいるものは下に降りてはならない。家のものを取り出すな。上着を取りに家に帰ってはいけない。妊婦や子育て中のものは逃げるのに大変であるし、冬に起こらないように祈りなさい。主は選ばれた者たちのために期間を縮めて下さる。その時主の偽預言者、偽メシアが現れるので注意しなさい」とイエスは語られました。
グッド人の子が来る
苦難ののちキリストが再び来られるときには天体の変化があります。太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天体が揺れる。その時人の子が雲に乗って現れる。人の子は天使を使わして、キリストを信じるものが呼び集められる
グッドいちじくのたとえ
いちじくの葉が多い茂ってきたら夏が近づいてきたことが分かるように終末の前兆を見ていなさい。そして天地が滅びても神の言葉は決して滅びません。
グッド目を覚ましていなさい
終わりの日がいつ来るのかは父なる神様と子なるイエス様だけがご存知のことです。突然その時がやってきてもいいように、いつも目を覚ましていなさい

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【聖書】マルコ12章

マルコによる福音書12章・・・・・・レプトン2枚を捧げた信仰の重み
「この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである」マルコ12:44

くぅ〜ママのちょっと一言
ぶどう園のたとえのところの「家を建てるために捨てた石」はイエスを指します。イスラエルの指導者が見捨てても、神はイエスをイスラエルの再興の礎の石とされるのです。
またイエスは全財産を捧げたやもめを褒められました。献金の額やなにをしたかではなく、どれだけ心を込めたかを主は見ておられるのです。
主なる神のみ前ではどんな言い訳も出来ません。主は心の中をご存知ですから。主に対して真実に生きていきたいです。

聖書要約
グッドぶどう園と農夫のたとえ
イエスはたとえで話されました。ある人がぶどう園を作り農夫に貸して旅にでました。収穫時期になったので、代理人を送り、分け前を受け取ろうとしましたが、袋叩きにしてしまいました。次々と代理人を送ったのですが、みんな袋叩きにあったり、殺されたりしました。最後に農夫の息子を送りましたが、「跡取りなら殺してしまえ」と殺してしまいます。農夫はすぐに行って、皆殺しにするでしょう。「建築家の捨てた石が、最も重要は土台石となった」と聖書に書いてある通りです。彼らは自分たちのことを言われていると気づいて、イエスを捕えようと思いましたが、群集を恐れてその場を立ち去りました。
グッド皇帝の税金
ファリサイ派とヘロデ派の人たちがイエスの言葉尻を捉えようと「あなたは真実な方なので、教えて頂きたいのですが、ローマに税金を納めるのは律法に適っていることなのでしょうか」と聞きました。イエスは「銀貨は書かれている肖像である持ち主しに、神のものは神に返さなければならない」と言われました。
グッド復活について問答
復活を否定するサドカイ派の人がイエスに質問します。「モーセは長男が跡継ぎをもうけないで死んでしまったら、弟が兄嫁と結婚するように言われたが、兄嫁を弟たち6人が次々と妻としたが、皆子どもを産むことなく死んでしまった。復活の時、この嫁は誰の妻なのか」と。イエス「復活の時はめとることも嫁ぐこともなく、皆天使のようになる。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神だ」と言われました。
グッド最も重要な掟
それを聞いて感心した律法学者が「最も重要な掟は何か」と尋ねました。彼はイエスの答えから「第一は主と私の関係。第二の掟は人間同士の関係、その主を愛し、隣人をするということはどんな犠牲のささげものより優れているのだ」と、適切に発言しました。イエスは「神の国は遠くない」と言われました。
グッドダビデの子についての問答
メシアはダビデの子といわれるが、ダビデがメシアを主と呼んでいることに注目をさせ、メシアはダビデより大きいものである事を示そうとされました。
グッド律法学者を非難する
律法学者は見せ掛けの服装をし、広場で挨拶されることや上席を好み、見せ掛けの祈りをすることをイエスは厳しく非難されました。
グッドやもめの献金
イエスは多額の献金したお金持ちとレプトン2枚(100円ほど)の献金をしたやもめでは、やもめの方がたくさん献金したとおっしゃいます。レプトン2枚はやもめにとって生活費の全部だったのです。

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【聖書】マルコ11章

マルコによる福音書11章・・・・・・葉ばかりのいちじく
「祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい」マルコ11:24

くぅ〜ママのちょっと一言
主がお入用なのです」と引かれてきた小ろばに乗って、イエスはエルサレムに入城されます。小ろばは小さいながらも精一杯足を踏ん張って、胸を張ってイエスをお乗せしたでしょう。主がお入用とあらば、私も小ろばのように精一杯の働きをしたいと思って日々過ごしています。「今日も小さな者をあなたのご栄光のためにお用いください」これがわたしの毎朝の祈りです。この後、人類の救いの完成に向けての大仕事、十字架の道をまっしぐらに歩まれます。
いちじくの木の箇所ですが、実るのは夏、過ぎ越しの祭りは春の初め、実がなってなくて当然です。ところがイエスは葉ばかりで実がなっていないと呪われたのです。それはイスラエルの民が口先ばかりで心は神から離れている状態を、葉ばかりのいちじくにたとえられたのでした。翌日、その呪われたいちじくの木が枯れているのを見て驚く弟子達に対して、口先ではなく、微塵も疑うことがない、真の信仰の大切さを解かれました。信じることによって神は不可能を可能にしてくださるのです。

聖書要約7
グッドエルサレムに迎えられる
一行はエルサレムの近くまでやってきました。イエスは弟子に村に使いに出し、「誰も乗ったことのない小ろばがつないであるので、それを連れ来なさい」と言われました。そして「もし『なぜそんなことをするのか』と尋ねられたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい」と。弟子はイエスが言われ通りにロバを引てきました。ロバの背中にご自分の服をかけて、それにお乗りになりました。人々はイエスが行く道に服を敷いたり、枝を敷いたりしました。そして口々に「ホザナ、主に栄光があるように。いと高き所にホザナ、来るべき国に祝福があるように」t叫びながら従って来ました。イエスはエルサレムに入られましたが、夕暮れになっていたので、ベタニアまで引き返されました。
グッドいちじくの木を呪う
翌日、ベタニアを出たイエスは空腹を覚えられました。見ると葉が茂っているいちじくの木がありました。しかし葉の他は何もありませんでした。いちじくの季節ではなかったのです。イエスは怒っていちじくに向かって、「いつまでも、お前から実を食べることがないように」と言われました。
グッド神殿から商人を追い出す
神殿の境内では、神殿への納税金を換金する両替商や、奉げものの小動物を売る商人達が神殿の為ではなく、自分の私利私欲のために商売をしていました。イエス「祈りの家であるはずの神殿をあなた方は強盗の巣にしてしまったと。」売り買いしている者を追い払われました。
グッド枯れたいちじくの木
翌朝、通りがかりに昨日のあのいちじくが枯れているのを弟子たちは見ました。弟子がイエスにそのことを伝えると、イエスは「形ばかりでなく、心から主を信じなさい。少しも疑わず、自分の言う通りになると信じるならば、そのとおりになります。また与えられます。もし祈っている時だれかを恨んでいたとしたら、まずその人を赦してあげなさい。そうすれば天の父もあなた方のことを赦して下さいます
グッド権威についての問答
一行が神殿にいる時、宗教家達がやってきて尋ねました。「いったい誰が神殿の商人を追い出す権威を与えたのか」と。イエスは逆にヨハネのことを聞かれました。「ヨハネは神から遣わされたのですか。それとも違うのですか」と。もしヨハネが天からの者と言えば、ヨハネをなぜ信じなかったのかと言われるし、もしそうではないと言うと群集が怖かったのです。人々はヨハネを預言者とおもっていましたから。彼らが「分からない」と答えると、イエスも「それならわたしも質問に答えられない」と言われました。

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【聖書】マルコ10章

マルコによる福音書9章・・・・・・神の国を受け入れること
「子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」マルコ10:15

くぅ〜ママのちょっと一言
離婚の場合不利な立場に立つのは多くは女性です。モーセの律法では縁状を出すことによって女性を法的な契約から解放し、再婚の権利も認めました。律法は罰を与える基準ではないのです。
イエスは神の国を受け入れる子どもたちを祝福されました。ところが子どもでも入れる神の国に金持ちの男は入れないのです。「そんな金持ちの男とは違う」とばかりに弟子たちは胸を張ります。一方、盲人の男は「この方ならできる」と信じてイエスに近づき、願いどおりになりました。子どものように神の国を受け入れ、「神には出来る」という素直な信仰でイエスに近づかなければ、神の国に入ることはできないのです。

聖書要約
グッド離縁について教える
ファリサイ派の人々がイエスを試そうとして離婚について質問しました。イエスはモーセが離縁を認めたのは民の不信仰とかたくな心のために離婚の規定を作ったまでで、創造の初めから結婚は神の結び合わせによるものであるから、人はこれを引き離してはいけないと答えました。
グッド子どもを祝福する
人々が子どもを祝福して頂こうと連れてきました。弟子たちはそれを制しますが、イエスは「子どもたちをわたしの所に来させなさい。神の国はこのような者たちのものである。子どものように神の国を受け入れなければ決して入ることはできない」と言われ、子どもたちを祝福されました。
グッド金持ちの男
ある人がやってきて「永遠の命を受け継ぐために何をしたらいいか」とイエスに尋ねます。イエスは十戒をもって答えとされます。彼は「そんなことは子どもの時から守っています」と答えます。「あなたには欠けていることがある。あなたの持っているものを売り払って貧しい人に施しなさい」とのイエスの言葉に彼は悲しみながら帰っていきました。沢山の財産を持っていたのです。イエスは弟子たちに「金持ちが神の国に入ることはなんと難しことでしょう。しかし神はどんなことでもおできになる」と言われました。「何もかも捨ててあなたに従ってきました」と言うペトロにイエスは「神のすばらしい知らせのために、父母兄弟、財産を捨てた者は、この地上では辛い思いをしますが、次の世では永遠の命を受けることになります。また必ずそれらのものは戻ってくるし、百倍の報いを受けます。その時には今は一番偉そうに見える者が一番軽んじられ、今は小さいと軽んじられる者が一番大きい者となるのです。
グッド3度目の死と復活の予告
エルサレムへの旅の途上でイエスは弟子達に「わたしは捕えられ、死刑を宣告されて、異邦人に引き渡される。彼らは唾をかけ、鞭うち、殺す。そして3日目に人の子は復活する」予告されました。
グッドヤコブとヨハネの願い
ヤコブとヨハネが「あなたが栄光をお受けになる時、自分たちを王座の右左に座らせてください」と頼みましたが、イエスは「この世では王や高官が権力をほしいままにしています。しかしあなた方の間では偉くなりたければ、皆に仕えるものになりなさい。救い主のわたしも仕えられるためではなく、仕えるため、多くの人の罪の身代わりとして命を捧げるために来たのですから」と言われました。
グッド盲人を癒す
エリコまで来た時盲人がイエスに叫びました。「ダビデの子、イエスよ、わたしを憐れんで下さい」と。
みんなは制止したのですが、イエスに呼ばれて、上着を脱ぎ捨てて、躍り上がってイエスのところに来ます。彼は癒され、見えるようになってイエスに従いました。

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