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【聖書】列王記上1章

列王記上1章・・・・・・ダビデの晩年
「わたしの命をあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる」1:29

くぅ〜ママのちょっと一言
列王記上下は臨終間近のダビデ王の記録からソロモンの即位と支配、その死後の統一王国の分裂、そして北王国イスラエルの滅亡と、南王国ユダの滅亡までの王国史が書かれています。その中にエリややエリシャの預言者が登場してきます。
1章ではダビデの晩年が描かれています。自分の体を人に暖めて貰うほどダビデは年老いました。30歳で王となり、40年間王位についたということなので、70歳というところでしょうか。主に導かれ、主に赦され、主に守られた人生でしたが、ウリアのことや、人口調査のことなど主に背いたこともありました。また辛い逃亡生活を余儀なくされました。色んなことがあった人生でしたが、ダビデは晩年、ソロモンへの王位継承に際して「わたしの命のあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる」と告白しています。
この言葉を繰り返して読むにつけ、味わい深い言葉だと思います。このような言葉をしみじみと言えるような晩年を迎えるために主と共に感謝の毎日を送りたいと思います。「雨が降っても晴れるや〜(ハレルヤ!)」涙の時も喜びの時もハレルヤー!主に感謝!

聖書要約
王位継承の争い
 ダビデ王は年齢を重ね、毛布を何枚重ねても体が暖まらないほど衰えました。若い娘を側女としておき、王の体を暖めさせたほどでした。
王位継承問題が持ち上がったのはその頃です。アムノン、アブサロムの弟のアドニヤが将軍ヨアブと祭司アビアタルの支持を得て、政府高官や兄弟を招待して自ら即位式を挙行したのです。但し、兄弟の内、ソロモンだけはよびませんでした。また祭司ツァドク、ベナヤ、預言者ナタンやダビデの勇士達は招きませんでした。
 ナタンはソロモンの母バト・シェバに、ダビデに約束どおりソロモンが王位を継がせてくださるように言うようにと助言し、ナタンも同席して口ぞえしました。ダビデは主に誓って言いました。「わたしの命のあらゆる苦しみから救ってくださった主は生きておられる。あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となり、わたしに代わって王座につく、とイスラエルの神、主にかけてあなたに立てた誓いをわたしは今日実行する」と。
 そこでソロモンは王のらばに乗ってギボンに下り、祭司と預言者によって油注がれ、王となったのです。「ソロモン王万歳」と町は新しい王の即位を喜び祝いました。
その騒ぎの理由を知ったアドニアと食事をしていた者たちは恐ろしくなってすごすごと逃げ帰りました。アドニアも天幕に入り、祭壇の角をつかんでソロモンに命乞いをしました。ソロモンは人を遣わしてアドニアを祭壇から下ろさせました。ソロモンの前にひれ伏すアドニアをソロモンはあっさり赦し、家に帰らせました。

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【聖書】サムエル記下24章

サムエル記下24章・・・・・・無代価の赦し
「いや、わたしは代価を支払って、あなたから買い取らなければならない」23:24

くぅ〜ママのちょっと一言
私たち人間は本当に罪を犯しやすい者です。主に喜びの感謝をささげたすぐその後で、友に対して不平をもってしまう。また今まで主によって守られ、導かれたことを知りながら、これから先に不安を覚える。なんと罪深いことかを思います。ダビデもまた主のみ前に罪を犯してしまいました。主からの裁きは厳しいものでしたが、主の哀れみでその災いは途中半ばで中止されたのです。私たちも主に裁かれるような罪深い者ですが、主の哀れみによって裁きが下ることがないように主はご配慮してくださっています。ダビデは罪が赦される為にアラウナの地所に祭壇をささげましたが、私たちは、罪のために十字架に架かられたイエスキリストを信じることによって罪が赦されるのです。ダビデは無償で差し出された地所に対して代価を払いましたが、十字架によって罪赦されることは代価も修行も資格もいりません。ただ頂くだけでいいのです。ただ、イエスさまの十字架に従うだけでいいのです。
その麦打ち場の場所は後にエルサレム神殿が建てられることになる場所なのです。次の時代を暗示してこのサムエル記は幕を閉じます。

聖書要約
ダビデの人口調査
神が再びイスラエルに怒りを燃やされるようなことが起きました。ダビデが人口調査をするように命じたのです。軍の司令官ヨアブは「主が我々を守り、民を増やしてくださいます。王がそのことを心配されなくても大丈夫です」と進言したのですが、ダビデの思いは強く、ヨアブは9ヶ月と20日かけて町々を巡って数え上げました。結果、徴兵できる人口はイスラエル80万人、ユダが50万人でした。その後ダビデの良心は主に罪を犯したことに気付き、心痛めて主に懺悔の祈りをささげました。翌朝、神の言葉が預言者ガドに望み、主の裁きが下りました。ガドは主の言葉をダビデに伝えました。「七年間の飢饉があなたの国を襲うか、あなたが3か月間敵に追われて逃げることか、3日間国に伝染病が起こるか、三つの内から選びなさい」というのです。ダビデは主の御手に倒れようと決めました。すなわち国は伝染病に3日間見舞われたのです。国中で7万人もの死者が出ました。主のみ使いがエルサレムに災いを下そうとされた時、主は民を哀れんで中止するようにお命じになりました。み使いの立っていた場所はエブス人アラウナの麦打ち場でした。ガドはダビデにそこに行って祭壇を築くように告げたのです。ダビデはアラウナに「疫病を終わらせていただけるように祭壇を築く為にその場所を買わせてほしい」と願います。無償で差し出そうとするアラウナにダビデは無償で得たものを主におささげすることはできないと代価を払って買い取り、主に祭壇を築き、献げものをしたのです。主は祈りに応えられ、疫病は止みました。

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【聖書】サムエル記下23章

サムエル記下23章・・・・・・主の言葉を聞きもらさずに
「ベツレヘムの城門の傍らにある、あの井戸の水を飲ませてくれる者があればよいのに」23:15

くぅ〜ママのちょっと一言
3人の勇士の決死の水汲みは、ダビデが舅であるサウル王に命が狙われ、逃亡していた時の出来事です。3勇士は主君の言葉を聞き漏らしませんでした。また不可能と思われるようなことでしたが、3人は聞き流すことなく、またあきらめることなく、その言葉を最優先し、主君に水をささげることが出来ました。その結果その水は主に注ぐという最高の用いられ方をしたのです。
決死の覚悟でペリシテの陣を突破して、水を汲んできた3勇士のように私たちも主のことばに命をかけて従うものでありたいと思います。時には主のみことばは私たちには理解しがたい内容であるかもしれません。時には従おうとするとき、大きな犠牲を払わなければならないかもしれません。しかし、そんな犠牲をも喜んで引き受けて主に従うことができるような、自分中心の生き方から神中心の生き方に変えられたいと願います。そのような者たちに主は大きな恵みを与えてくださり、主の祝福の内に入れてくださいます。主の声を聞く者に、そして主のみこころを最優先する者に変えられるよう祈りたいと思います。

聖書要約
ダビデの最後の言葉
ダビデの最後の言葉、イスラエルの麗しい歌。
主の霊はわたしに語りかけられた。神に従って人を治める者、神を畏れて治める者は太陽の輝き出でる朝の光。輝かしい王権は神との契約によって保護されている。悪人はすべて刈り取られる」と。
ダビデの勇士たち
以下は3人の勇士の武勲です。イシュバアルは一槍で800人を突き殺しました。エルアザルはぺリシテの戦いで固く握った剣がそのまま手について離れなくなってしまうほどの活躍でした。シャンマは同胞たちが逃亡した後も一人踏みとどまり、ぺリシテ人を打ち殺しました。主はこの時も大勝利を治めさせてくださいました。また30人かしらの3人がアドラムの洞窟にいるダビデを尋ねた時のこと、「ベツレヘムの城門の傍らにある井戸の水を飲ませてくれるものがあればなあ」というダビデの言葉を耳にした3勇士は、敵の陣営を突破して水を汲みダビデに持ち帰ったのです。ダビデはその水を主に注ぎ、決して飲む事はしませんでした。
(その他アビシャイ、ベナヤ他37名の勇士の名が連ねられています。)

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【聖書】サムエル記下22章

サムエル記下22章・・・・・・主はわたしの逃れ場
「主はわたしの岩、砦、逃れ場」22:2

くぅ〜ママのちょっと一言
この詩は詩編18編とほぼ同じです。
ダビデはサムエルの油注がれ王となりました。純粋に主を信じる羊飼いの少年ダビデを主は選ばれたのでした。先の王サウルの元で勝利に継ぐ勝利を収めた若き日のダビデ、しかしダビデはサウルの追っ手を逃れて逃亡生活を送らなければなりませんでした。またわが子アブサロムの謀反により、都落ちをするという悲しみの経験をしました。しかし主はそのようなダビデから離れられることなく、守り、導き、ゆるぎない王の座を与えられました。ダビデはその生涯を顧みて主に感謝をささげたのです。平凡に自分の人生を生きることと、主の手に引かれて死の谷の陰を歩いたり、また主の栄光の中を歩いたりの生き方を、もし選べるのだとしたら、わたしは後者を選びたいと思います。実際は選ぶ事はできないことだとは思いますが…しかし日々の祈りで「わたしを今日も主の栄光のためにお用いください」と祈る事はできます。主はその祈りに答えてくださるのだと思います。

聖書要約
ダビデの感謝の歌
ダビデは、主がすべての敵から救い出してくださった時に、主に向かって歌いました。主はわたしの岩、砦、逃れの場、わたしの神、大岩、避けどころ、わたしの盾、救いの角、砦の塔と。わたしを逃れさせ、わたしに勝利を与え、不法から救い出してくださる方と。
5節、人生には様々な苦難があるが、その苦難の中で主を呼び求めると、主はその叫びを聞いてくださる。
8節、主の権威のすばらしさ。17節、その主は力強い救いのみ手を差し伸べてくださる。21節、わたしが正しく生きるとき、主に背かず、主の道を歩む時主はそれに報いてくださる。26節、それはわたしだけではなく、あなたの慈しみに生きるすべての人にあなたは慈しみを示してくださる。すべて御もとで身を寄せる人に主は盾となってくださる。32節、主のほかに神はない。主は戦う力を与えてくださる。36節、あなたは戦う力をわたしの身に帯びさせてくださり、わたしを民の争いから解放してくださる。47節、主は命の神。救いの神。敵からわたしを救い、刃向かう者より高く上げ、不法の者から助け出してください。わたしはあなたに感謝を奉げます。御名をほめ歌います。

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【聖書】サムエル記下21章

サムエル記下21章・・・・・・主に聞く
「ダビデは主に託宣を求めた」21:1

くぅ〜ママのちょっと一言
3年続いた飢饉はサウルが神との誓約を軽んじた為でした。私たちは神の言葉を軽んじてはならないと思います。私たちの罪はイエスキリストのみ名によって祈ることによって赦されますが、主を認めなかったり、主の言葉を軽く考えていては、魂は滅びるしかありません。「常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば主はあなたの道をまっすぐにしてくださる」と箴言3章6節に書かれています。ダビデが飢饉の時に主から言葉を頂いて歩んだように、どんな時でも主を覚えて、主の言葉に忠実に歩んでいきたいと思います。サウルのように主の言葉を軽んじてはいけないのです。

聖書要約
飢饉とサウルの子孫

ダビデの治世に飢饉が3年続きました。ダビデは飢饉の意味を神に祈り求めました。主の答えは前の王サウルがギブオン人を殺害したことにあるとのこと。ギブオン人はアモリ人の末裔で、アモリ人はヨシュア率いるイスラエルの民がカナン征服をした時に、彼らを殺さないと誓約をたてた民です。その神への誓約をサウルは破ったのです。ダビデはギブオン人にどのようにしたらサウルの罪を償うことができるかと尋ねますと、「お金の問題でもなく、またイスラエル全体の問題でもありません。我々を絶滅しようとしたサウルの子孫の中から7人を引き出し、処刑し神の前にさらし者にしたいと考えます」と答えたのです。ダビデは7人をギブオン人に渡しました。7人は一度に処刑されました。二人の息子を処刑されたリッパはその死体を鳥がつつかないように、夜は野獣が襲わないように6ヶ月の間見張っていたのです。そのことを聞いたダビデは7人の骨をヨナタンとサウルの骨と共に手厚く葬ったのです。

対ペリシテ戦における武勲
再三にわたってイスラエルはペリシテ人との戦いが繰り返されていました。その戦いの中には巨人族の子孫を討ったダビデの勇敢な家臣もいました。

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【聖書】サムエル記下20章

サムエル記下20章・・・・・・武将ヨアブの生き方
「ヨアブは剣でマアサの下腹を突き刺した」20:10

くぅ〜ママのちょっと一言
この章でスポットを浴びるのはなんと言ってもヨアブでしょう。ダビデを守りエルサレムに帰還させた立役者であり、ダビデの軍の司令官を務めたヨアブでしたが、ダビデはヨアブを退け、マアサにその役を与えたのです。ダビデはアブサロム軍の指揮官だったマアサを用いることでアブサロムについた者たちの心を捉えようとしたのですが、マアサはダビデの期待に応えることができませんでした。マアサが思うようなリーダーシップが取れないと分かると今度はアビシャイが用いられました。ヨアブは弟アビシャイを助けてシェバの追跡をします。ヨアブは2度も悔しい思いをしたのです。ヨアブはダビデに苦言を呈するほどの人物でした。また成果を挙げることが出来る武将でした。
このヨアブから私たちが学ぶ事は自分がどのような評価を受けようとも自分が与えられた務めを果たすということではないかと思います。今、自分がなにをすべきかを考えることが出来る者でありたいと思います。ただ目標が定まらなければ、成すべきことが見えてきません。しかしクリスチャンには目標があります。それは主の栄光の為に生きることです。ですから主の栄光のために何をすべきかを考えたらいいわけです。言い換えると「主が喜ばれる事は何か」と言うことに焦点を合わせることではないかと思います。

聖書要約
シェバの反逆
ダビデのエルサレム帰還の途上でダビデに謀反を企てたベニヤミン人のシェバという男がいました。シェバの掛け声に従ったのは、ユダとベニヤミン以外のイスラエルの部族でした。一方ダビデはエルサレムの宮殿に戻ってきました。留守を守っていた側女たちは別棟に移され生活は保障されましたが、ダビデはがそこに通う事はありませんでした。
早速ダビデはシェバの反乱を鎮圧する為に軍の指揮官のマアサに3日以内に軍を召集するように指示しましたが、それを果たすことが出来ませんでした。ダビデはアビシャイにシェバの追跡の指令を出しました。アビシャイは兄のヨアブの助けを借りてシェバを追跡しました。途中遅れてきたマアサとヨアブは出くわします。そこでヨアブは挨拶を交わす振りをしてマアサを殺害します。
シェバはイスラエルの全土を駆け抜けてアベルの町に入り総決起を呼びかけていました。追いついたヨアブ軍がアベルの町を包囲しました。その時町から賢明な女性が出てきてヨアブに「この町を滅ぼすつもりですか。物事に決着をつけたければアベルに聞けということわざがあるのですが…」と相談を持ちかけました。ヨアブがシェバを引き渡してくれればいいと答えると、その女性はそれならと町の者を動かしてシェバの首を取り、ヨアブの所に投げ落としたのです。ヨアブはこの反乱を鎮圧してエルサレムにかえって行きました。
ダビデの重臣たち
この後ヨアブは軍の司令官になりました。またそれぞれの長が決められたのです。

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【聖書】サムエル記下19章

   サムエル記下19章・・・・・・イスラエルとユダの争い
「ユダの人々の言葉はイスラエルの人々の言葉よりも激しかった」19:44

くぅ〜ママのちょっと一言
北のイスラエルと南のユダがダビデ王との関係を巡って火花を散らしている様子が伺えます。イスラエルは10部、ユダは2部族、数の上ではイスラエルが有利ですが、ダビデ王はユダ族の出身です。どちらも言い分があり容易に引くことができませんでした。ダビデ王国は本当の意味での統一ではなかったいうことが分かります。ダビデはユダに「遅れをとっても構わないのか」と言っていますが、二つの勢力を競わせることでダビデは自分の立場を確立しようとかんがえたのかもしれません。もし二つの勢力が和合できるような方法ががあれば、その後の南北の分裂は避けられたかもしれないと思うのです。
部下でも、我が子たちでも、競わせたり、比較したりすることは決していい結果をもたらしません。比較は大きな負のエネルギーを生み出します。一人ひとりを尊重して、それぞれの個性を重んじることが上に立つ者の愛ある指導力だと思います。

聖書要約
ヨアブ、ダビデを非難する
戦いに勝ったダビデ軍はその日喜びの凱旋をするはずでしたが、敵とは言え息子の死を悼むダビデ王の悲しみのために喪に服したような様子でした。ヨアブはダビデに「王はご自分を憎む者を愛し、ご自分を愛する者を憎まれるのですか。今すぐ兵士に勝利を祝してやってください」と進言しました。そこで王は立ち上がり兵士の前に出て行きました。
エルサレムへの帰還
アブサロムを支持したイスラエル軍はそれぞれの天幕に逃げ帰ったのですが、まもなく再びダビデを王として迎えようという話で持ちきりになりました。その声はダビデにまで届いたのです。ダビデは祭司ツァドクとアビアタルに命じてユダの長老にこういわせたのです。「私を王に連れ戻すことでイスラエルに遅れをとっても構わないのか」と。またイスラエル軍の司令官ではありましたが、ユダ族のマアサにもダビデが帰還した後も、ヨアブに代わって司令官に任命することを伝えたのです。このようにしてダビデはユダ族の心を一つにすることによって帰還の準備をしたのです。
ヨルダン川を渡る
いよいよダビデとその家臣たちがヨルダン川を渡りエルサレムに帰還します。ユダが全面的にその助けをしました。そこにやってきたのがサウルの一族のシムイです。ダビデが都落ちする時に呪いの言葉を言った無礼を謝り、助けを請います。ダビデはそれを赦します。またサウルの孫のメフィボシェトも出迎えに来ます。王について行きたかったのに従者ツィパに留められ、その上王に中傷されたことを話します。王と別れてから髭も剃らず衣服も洗わずにいたのです。ダビデはメフィボシェトに「何も話さなくてもいい。わかっているよ」と言葉をかけました。
王とバルジライ
ダビデのマハナイムでの生活を支えていたバルジラムですが、ダビデがその恩に報いる為に宮殿で過ごすことを勧めますが、高齢を理由に辞退します。代わりにキムハムがダビデに従うことになりました。
イスラエルとユダ
ユダの全兵士とイスラエルの半分の兵士が王と共に進みました。イスラエルはユダだけが王の川越を助けたことに抗議しました。もともとダビデ王の帰還を言い出したのはイスラエルなのにと。ユダ側もダビデはユダ族の出身であることなどユダ族も負けずと応酬しました。

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【聖書】サムエル記下18章

サムエル記下18章・・・・・・父ダビデの愛
「若者アブサロムを手荒に扱わないでくれ」18:5

くぅ〜ママのちょっと一言
ダビデはよほど息子アブサロムのことを愛していたのでしょう。父親に反乱を起こし、王の座を奪おうとした息子ですが、憎しみどころかその息子をも愛しとおしたダビデです。伝令者が一人なら吉報とダビデがそう勝手に思っていたのですが、二人目の伝令者が来たときも二人目と考えないで、これも一つのいい知らせと言っています。無条件のダビデの愛が伺えます。徹底的に息子を愛した父の姿は新約聖書にもあります。放蕩息子の例えに出てくる父です。そしてまた聖書を通して私たちに語っておられる神さまの私たちへの愛の広さ、深さも計り知れません。私たちが罪のために滅びることを悲しまれて、一人子イエスキリストをこの世に遣わしてくださいました。そのイエスキリストを信じることによって私たちは滅びることなく、救いに入れられる道を開いてくださったのです。この父なる神の大きな愛に安心して抱かれて生きていきたいと思います。

聖書要約
ダビデは戦闘の準備をします。3部隊にわけてヨアブ、アビシャイ、イタイに指揮させました。ダビデ自身の出陣は家来の猛反対にあい、留まることになりました。ダビデは指揮官3人をはじめ兵士たちに、反乱を起こした息子アブサロムだが、手を下すことは止めて欲しいと頼みました。
戦闘とアブサロムの死
エフライムの森で戦いは始まりました。戦いはダビデ軍の圧勝でしたが、戦って倒れた兵士より、森で行方不明になった兵士の方が多かったのです。アブサロムも森の中をラバで逃亡中に髪が木の枝にひっかかり、宙ぶらりになったのです。出くわした兵士はダビデの言葉を思い出し、手を下す事はしませんでした。しかしその報告を受けたヨアブはアブサロムに槍を突き刺し止めをさしたのです。そして勝利のラッパが吹き鳴らされ戦いは終わりました。
二人の急使
勝利の報告をアヒアマツはダビデに知らせる役を買って出ますが、ヨアブはダビデ王にとって勝利は息子の死であることので、決して吉報ではないことを教えます。ヨアブはクシュ人に報告を頼みます。しかしアヒアマツは「是非私が知らせたいのです」と言ったためヨアブは許可します。アヒアマツはクシュ人を追い越して先にダビデの下に行きます。ダビデは一人が知らせに来たので、いい知らせだろうと言いました。続いてクシュ人が走ってきたのですが、その一人もいい知らせを持ってきたのだと言いました。しかし一人目のアヒアマツからは勝利だけが伝えられたのですが、二人目のクシュ人からアブサロムの死が伝えられてしまいます。

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【聖書】サムエル記下17章

サムエル記下17章・・・・・・主が定められたからである
「アヒフトフェルの優れた提案が捨てられ、アブサロムに災いが下ることを主が定められたからである」17:14

くぅ〜ママのちょっと一言
フシャイのアブサロムへの進言により、アヒフトフェルの意見が退けられました。ダビデが望んでいたとおりになりました。聖書には主が働かれたからだと書かれています。
ダビデはきっと「主が働いてくださるように」と祈ったことでしょう。自分の努力の範囲以外のことは主にお任せするしかありません。そしてそのように祈った結果であれば、それがどのようなものであっても、たとえ自分の思いと違っていても受け入れることができるような気がします。なぜなら主は私たちに最善のことを用意してくださっているのですから。「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない、将来と希望を与えるものである。そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。わたしを尋ね求めるならば見出し、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしに出会うであろう、と主は言われる」エレミア29:11〜14

聖書要約
アヒフトフェルはアブサロム王にダビデが疲れているところを襲ったらどうかと奇襲作戦を提案しました。長老全員がその計画に賛成しましたが、フシャイの意見も聞いてみることになりました。フシャイはその意見に反対し、全イスラエルを集結してアブサロム自らも戦う総力作戦を提案しました。誰もがフシャイの意見のほうが優れていると思いました。アヒフトフェルの良策が捨てられたのは、主がアブサロムに災いが下るようにされたからでした。さてフシャイはこのことをヨナタンとアヒマアツを通してダビデに伝えようとしました。今夜中にヨルダン川を渡ってしまわれるようにと。ダビデの下に行こうとする彼らの行動はアブサロムに知られてしまいますが、ある家の井戸に匿ってもらい、無事任務を果たします。そしてダビデはその夜ヨルダン川を渡り終えたのです。アヒフトフェルは自分の意見が退けられたことで、故郷に帰って首をつって死にました。
会戦の準備
ダビデがマハナイムについた頃、アブサロムはヨルダン川を渡ることが出来ました。ダビデ軍の指揮官はヨアブの代わりに、ヨアブの従弟のマアサが務めました。マハナイムについたダビデを暖かく出迎えたのはショビ、マキル、バルジライの3名でした。寝具や調理器具、食べ物などを持って来てくれたのです。

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【聖書】サムエル記下16章

サムエル記下16章・・・・・・主がダビデを呪えとお命じになったのなら
「主の命令で呪っているのだ。主がわたしの苦しみをご覧になり、今日の彼の呪いを代えて幸いを返してくださるかもしれない」16:11

くぅ〜ママのちょっと一言
都落ちするダビデの下にやってきた人がいます。
一人はシムイ。ダビデに取り入ろうと多くの食料を持ってやってきます。その時、自分の主人であるメフィボシェトを中傷します。自分に評価を高める為に人を中傷するのはなんて浅ましい心かと思います。
またサウロ一族の者がダビデに呪いの言葉を言いながらついてきます。ダビデはこの呪いの言葉を甘んじて受けます。本当に悔しかったと思います。最後までサウルを主が油を注がれたものとして大切にしただけに耐えられない言葉だったことでしょう。
私たちの人生においても事実と違う評価を受けたり、言い訳の出来ない状況や理解してもらえないようなことが起ります。そのような時私は「天に対しても人に対しても私は真実を尽くした」と自分に言い聞かせます。いつの日か分かってもらえる日が来る事を信じて。たとえそのような日が来なくても天におられる主はすべてをご存知であると思うことが耐える力になります。

聖書要約
ダビデとツィパ
ダビデが山頂から降りようとした所にヨナタンの息子のメフィボシェトの従者のツィパが2頭のろばと200個のパン、100房の干しぶどう、100房のぶどう、ぶどう酒1樽をダビデに献上しようとやってきました。そしてツィパはダビデに言いました。「メフィボシェトがこの機に祖父サウルの王国を取り戻すのだと言っている」と。ダビデは「メフィボシェトのものはすべてツィパのものにするがいい」と言いました
ダビデとシムイ
ダビデがバフリム村を通りかかるとサウル一族の者でシムイという男がダビデに「出て行け、人殺し、サウル家から王位を奪ったことで主は報復される。お前が人殺しをしたから息子に追われる羽目になったんだ」と石を投げつけながらダビデを呪いました。家臣が切り付けましょうかとダビデに言いましたが、ダビデは「主がダビデを呪えとお命じになったから呪っているのだろう。どうしてはばめよう。神は私がこの不当な扱いに甘んじて受けていることをご存知です。きっとあののろいに代えて私に祝福を下さるだろう」と言いました。
アヒトフェルとフシャイ
アブサロムはエルサレムに入城しました。ダビデの指示でアブサロムの元に来たフシャイもアブサロムに新しい王の誕生を喜びます。アブサロムはけげんに思って問うと、「私は主が選ばれた王に仕えるのです」と詭弁を使って納得させたのです。
さてアブサロムはこれからどのようにすればよいかをアヒトフェルに意見を求めました。ダビデ王もそうであったように、彼の言葉は神からの言葉のように受け取られていたのです。アヒトフェルはアブサロムにダビデ王が残しておいた側女を我がものにすることで、父に変わってあなたが王になったことを民に知らしめることができる。またダビデとの亀裂が決定的になったことが民に伝わると進言したのです。そこで屋上に天幕が張られ、誰の目にもそのことが分かるようにことが成されたのです。

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