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【聖書】2ペトロ3章

競撻肇蹐亮蟷3章・・・・・・主の日に備えよ
「主の日は盗人のようにやって来ます。」3:10

くぅ〜ママのちょっと一言
終わりの時、終末、再臨、主の日、最後の審判、色々な表現がされていますが、イエス様が再び来られるその日を表しています。その日は突然来るということが聖書に書かれています。そして主を信じる者は新しい世界に住むことができるということです。しかし、神は一人も滅びることがないようにと願っておられるというのです。確かにノアの洪水のときもそうでしたし、ソドムとゴモラの時もそうでした。神の言葉が世界中に行き渡らなければならないのです。既に聖書は世界各国の言葉で訳され、少数民族が住む山奥にも宣教師は出向き宣教します。数年前にフィリピンの山奥で文字のない民族の中に入り、言葉を文字化して、聖書の翻訳をされた虎川先生のお話をお聞きしたことがあります。神を伝えることの出来ない国で困難な中で宣教しておられる先生もおられます。クリスチャンは神の言葉を宣べ伝えるという使命があるのです。

聖書要約
主の来臨の約束
愛する皆さん。わたしは2度目の手紙を書いています。あなたがたに、純真な心を思い出してほしいからです。それは聖なる預言者が語った言葉や使徒たちが伝えた、主の救いについてです。
それは昔、預言者が預言したことであり、神の言葉を伝えた使徒から学んだことです。それは終末(イエスが再び来られる再臨の時)には、真理をあざけり、悪の限りを尽くす者どもが現れるということです。そしてこんなことを吹きかけます。「本当にイエスは再び帰ってくるといったのか?この世界は創られたときから何も変わっていないじゃあないか。イエスが帰ってくるなんてありえない」と。彼らはノアの時代の洪水にことを認めようとしません。もちろん洪水は天地創造のあとのことです。天地は、終末のときに火で全てを焼き尽くすために、そのままにしておくようにと神が命じられたのだとペトロは言います。その日が神を畏れない者は全て滅びますと。
終末がなかなかやってこないのは、神にとっては一日が千年のようで、千年は一日のようだからです。また全ての人が福音にふれ、神を畏れる者となるのを忍耐強く待っておられるのです。主の日は突然やってきます。天は消えうせ、全ての者は溶けてなくなるとペトロは言います。しかしその後新しい天地が創造されるという約束を頂いており、主の目に適うものだけが住むことが出来るというのです。だから再び主が来られたときに喜んでいただけるように精一杯励みなさいとペトロは勧めます。
学識者であるパウロもこのことを多くの手紙で書いていますが、彼の手紙は難しいところがあるので、それをいいことにわざと的外れな解釈をする人がいます。惑わされないようにと警告しています。イエスキリストの恵と知識において成長しなさいとペトロは励まします。

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【聖書】2ペトロ2章

競撻肇蹐亮蟷2章・・・・・・不義の報い
「不義を行う者は、不義にふさわしい報いを受けます」2:13

くぅ〜ママのちょっと一言
ペトロは1章で神の知識の大切さについて語ってきましたが、2章ではその知識を否定する者について語ります。「何をしてもいい」と自由を謳歌しているようですが、実は罪の奴隷になってしまっていると指摘しています。罪の本質は自己中心です。「自分さえよければいい」という不義の世界、享楽の世界ではよい人間関係を築くことは困難です。仲たがい、憎しみ、争い、戦争の根底には自己中心があります。そこから自己中心から解放されることが真の自由なのです。それは他者中心、神中心の生き方であり、喜び、幸せ、平和の世界です。

聖書要約
偽預言者についての警告
かつて偽預言者がいたように、あなた方の間にも偽預言者が現れます。偽預言者は巧妙なうそをつきで主に逆らいますが、その最期は恐ろしい滅びです。多くの人が彼らの教えに引き込まれますが、神は昔からそのような者を厳しく罰してこられました。
 天使でさえ、罪を犯せば最後の審判の時まで閉じ込められ、手加減なく滅ぼされます。また神は、神を畏れないものの住む世界を洪水で滅ぼされました。神の言葉を語ったノアの家族を除いては…。また不道徳の町ソドムとゴモラは硫黄で滅ぼされました。そのような町の中でも正しく生きたロトを除いては…。このように主は正しい人を様々な誘惑から必ず救い出してくださいます。
しかし自己中心で神の目から正しいとされた人をあざけるような者には、主は特に厳しく臨まれます。
神の言葉を否定する偽預言者たちは理性のない動物よりも劣ります。不義、享楽、姦通、まさに呪いの子です。かつてろばの口を通して罪を指摘されたバラムは罪の道をそれ以上進まないように警告を受けました。(民数記22:28)しかし偽預言者たちは干上がった泉のように役に立たず、嵐の時の雲のように落ち着きがなく、その行く手は闇に覆われた落とし穴です。
またやっとの思いで罪から救われた人を再び罪に引き込みます。「やりたいことをやればいい、それが自由だ」と。しかし自由どころか罪の奴隷になってしまいます。罪の生活に舞い戻ってはいけないのです。

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【聖書】2ペトロ1章

 競撻肇蹐亮蟷1章・・・・・・主イエスを知ることによって
「神とわたしたちの主イエスを知ることによって、恵みと平和が、あなたがたにますます豊かにあたえられるように」1:2

くぅ〜ママのちょっと一言
直弟子のペトロそして、キリストの変貌を目の当たりにし、神のみ声を聞いたたペトロだからこそ言える言葉で語られています。またペトロは自分の死期が迫っていることを感じながら書いているので非常に迫力が伝わってきます。
なんとかクリスチャンたちが主に導かれ、信仰を守り通すようにとの思いが書かれています。
この章から学ぶ事は、信仰が全てのスタートであり、原動力です。
信仰することによって、御心を知ることができ、それと共に主から愛を頂き、愛の世界が広がります。
それが愛ある行動へとつながっていくということではないでしょうか。

聖書要約
挨拶
使徒シモンペトロから同じ信仰をもつ皆さんへ神と私たちの主イエス・キリストを知ることによって、恵みと平和があなた方に豊かに与えられますように。
神の素晴らしい約束
主イエスは神の力によって、命と信仰に関わる全てのものを与えてくださいました。神の慈しみと平安をもっと知りたいと思うなら、もっと深くイエスキリストについて学びなさい。キリストを知れば知るほど、神に従う生活を送るために必要なもの全てと、キリストの栄光と磨かれた品性まで頂くことが出来るのです。そればかりか以前から約束されていた祝福もすべて与えられるのです。この約束のゆえに陥りやすい誘惑から守られて、キリストの品性を備えたものとなるのです。
これらのものを頂くのに必要なものがあります。信仰はもちろんですが、神が喜ばれる為に励むこと。
それには神が何を望んでいるか知ること。そして自分勝手な思いを捨てて、忍耐と敬虔を身につけ、神に全てをゆだねなさい。そして次の段階は人に好意をしめし、深い愛の絆で結ばれることです。
こうなれば霊的に益々強められ、キリストために有益な働きができるのです。そして天国に入ることができるでしょう。皆さんは既にそのような事はしていると思いますが、もう一度思い起こしてほしいのです。もうわたしのいのちは長くありません。私がこの世を去った後もこれらの事を絶えず思い出して欲しいのです。わたしは主イエスが再び来られることについて話しましたが、わたしはキリストの栄光を実際この目で見たのです。
また預言の言葉も目の当たりにしました。夜が明けて全てのものが明るみになるまで、暗闇をともすともし火として預言者の言葉があなたの心を照らします。それは決して人間の意志で書かれたものではなく、神の霊に導かれて神の言葉を人間が語ったことなのです。

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【聖書】1ペトロ5章

汽撻肇蹐亮蟷5章・・・・・身を慎んで目を覚ましていなさい
「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神があなたがたのことを心にかけていてくださるからです」5:7

くぅ〜ママのちょっと一言
汽撻肇蹐亮蟷罎虜能章は、苦難に備えるために教会い内のそれぞれに立場の人たち、すなわち長老(牧師)や若者を初めとする信徒達への勧めが書かれています。
その一つとして謙遜に生きることを勧めています。イエスキリストが示されたクリスチャンの生き方も「仕える」ということでした。十字架にかかられる前の日、最後の晩餐の前に、イエス様は弟子達の足を洗われました。「あなた方も互いにこのようにしなさい」と。つい心の中に「高慢」がもたげることがあります。そんな時、高慢になるほどの自分でもないことを自覚したいと思います。そしてこの章でペトロが教える、神に祝される生き方、それは謙遜に生きる、思い煩いを主にゆだねる信仰に踏みとどまるような生き方が出来るように、日々心がけたいと思います。
この手紙はシルワノが筆記をしたもののようです。シルワノは使徒言行録ではシラスという呼び方で、パウロの伝道旅行に同行しました。この手紙は読者が力づけられるように、どうしたら神に祝されるかが記されています。
最後にローマにいるクリスチャンやマルコからの挨拶を記し、愛ある交わりが説かれています。

聖書要約
長老達への勧め
教会の長老たちに、同じ長老職のわたしから勧めます。羊の群れを牧しなさい。信徒達は主からあなたに委ねられた者たちですから、喜んで献身的に世話をしなさい。権威を振りかざすのではなく、りっぱな模範を示して指導しなさい。そうすれば偉大な羊飼いであるキリストが来られた時に栄光の冠を頂くことが出来ます。また若者を初めとする信徒達へは牧師の指導に従いなさい。そして互いに謙遜になりなさい「神は高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵をお与えになる」と旧約聖書(箴言3:34)に書いてあるからです。また思い煩いのすべてを神にお任せしなさい身を慎んで悪なる力に負けないように気をつけていなさい。世界中のクリスチャンが悪なる力との戦いに苦しんできました。私たちも苦しむかもしれませんが、必ず神は苦しみの後に永遠の栄光を与えてくださいます。
結びの言葉
この手紙を記してくれたのは、忠実な信徒シルワノです。この手紙によって皆さんが力づけられるように、どうしたら神に祝されるかが記しています。あなたたちの信仰がしっかりとするために役立つと信じます。
最後にローマにいるクリスチャンやマルコからからあなた方に宜しくとのことです。キリストを信じる皆様に平安がありますように。

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【聖書】1ペトロ4章

汽撻肇蹐亮蟷4章・・・・・・苦しみに同行して下さる主イエス
「何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。」愛は多くの罪を覆うからです」4:8

くぅ〜ママのちょっと一言
私達が受ける苦難について、私達が人生の中で出会う「苦しみ」が何であるのか、何の為に「苦しみ」があるのかが書かれています。私達は「苦しみ」には遭いたくないというのが本音です。しかし「苦しみ」のない人生を送る人はまずいません。いや「苦しみ」のない人生を歩む方が苦痛のような気もします。それは苦しみを「苦しみ」で終えるのではなく、「苦しみ」の中で人生の意味を見出すことによって、人生を深く味わい、私らしく彩られると確信するからです。そして聖書には私の「苦しみ」に同行してくださるイエスさまの姿がはっきりと描かれています。主の手に引かれて、主の栄光に向って、苦しみを忍耐して乗り越えていきたいと思います。

聖書要約
神の恵みの善い管理者
私よりも前にまずキリストが苦しまれたのです。私達も苦しむことで罪との関係を絶ち、御心にかなう生活をするよう細心の注意を払うようにしなさい。かつての罪の生活から離れることによって昔の仲間は驚くかもしれません。しかし偉大な裁判官である神の前に裁かれる日が必ず来ることを知らなければなりません。既に肉体が死んだ人たちについては、生前、福音が伝えられたことによって、霊的には神との関係で永遠にいきることになります。
終末(再臨)の時が近づいているので、真剣で、分別のある祈りの生活をしなさい。何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。また神さまからそれぞれに頂いた特別な才能を出し合って、協力し合って互いに仕えあいなさい。それは神が栄光をお受けになるためなのです。
キリスト者として苦しみを受ける
降りかかる試練にあわて怖気づかないで、むしろ喜びなさい。むしろキリストと苦しみを味わうことができ、やがてキリストの栄光の時にあなたも栄光に預かることができます。特にキリスト者として苦しみを受ける時はやがていただける大いなる栄光のゆえに喜びなさい。人殺しや泥棒、問題をおこしたり、問題に首をつっこんだりすることによって苦しみを受けるのは別です。そんな事はしてはなりません。クリスチャンとしての苦しむなら大丈夫です。裁きの日が近づいています。裁きはクリスチャンからから始まるのです。クリスチャンが裁かれるのなら、主を信じたことのない人が裁かれるのは当然です。ですから、今の苦しみが御心にかなうものであるなら、そのまま善を続けなさい。必ず、主はあなたを見捨てられる事はありません

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【聖書】1ペトロ3章

汽撻肇蹐亮蟷3章・・・・・・祝福を受け継ぐ者として
「悪を持って悪に、侮辱を持って侮辱に報いてはなりません。かえって、祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」3:9

くぅ〜ママのちょっと一言
異邦人の中にあって、神の民がこの世とどう関わっていけばいいのかについて語ってきたペトロは3章で夫婦ついて語ります。妻の主を畏れる生活振りが夫を信仰に導くことになると。また2章でも不当な扱いを受けた者への配慮ある言葉がありましたが、3章でも同様の内容が記されています。迫害下にあって、不当な扱いを受けても主の目に正しいことを行いなさい。そのことを主はご存知なのです。現代においても人間関係で心を痛めることがありますが、あなたが弁明しなくても、あなたが抗議しなくても「主が報いてくださる」のです。人と人との心の交流の難しさにうなだれてしまうことがありますが、そのような時には、痛む心に手を当てて、ただ主を見上げたいと思います。祝福を受け継ぐために私たちは主に呼び集められた者たちなのですから。そして「なぜあなたは信じるのか」と問われたら、いつでも答えることができるように用意しておきたいと思います。

聖書要約
妻と夫
妻は夫に従いなさい。クリスチャンではない夫であってもです。神への畏れをもって生活する妻の姿はどんな言葉よりも良い影響力があります。また外面を飾るのではなく、内面を飾りなさい。夫アブラハムに仕えたサラを見習いなさい。また夫は弱者である妻をいたわり、主の祝福を受け継ぐ者として尊敬しなさい。
正しいことをするために苦しむこと
皆心を一つにして、お互いに心から思いやり、優しい心と謙遜な思いで愛し合いなさい。侮辱する者を祝福しなさい。あなたは祝福を受け継ぐために選ばれたのですから。幸せに暮らしたいのなら、舌を制して悪口を言わない。唇を閉じてうそをつかない。悪から遠ざかり、善を行い、平和を願いなさい。そのような祈りに主は耳を傾けてくださいます。正しいことを願うあなたに危害を加える者はありません。もしそのような事があったとしたら、主がそれに報いてくださいます。心を揺るがさないで、ただ主を信じなさい。もし「なぜキリストを信じているのか」と尋ねられたら、いつでもその理由が話せるようにしておきなさい
またもし苦しむことが神の御心ならば、善を行って苦しむ方が悪を行って苦しむよりいい。なぜならキリストも同様に苦しまれたからです。キリストの肉体は死にましたが。霊は生きておられます。ノアの時代に堕落して囚われている霊を訪ねて、神の言葉を伝え、その支配下におかれました。人類の罪を取り除くための洪水から助かったのはノアの家族8人だけでしたが、同様にキリストを信じてバプテスマを受けることによって、人は死と滅びから救い出され、神に立ち返り、罪をから清められるのです。キリストは今や神の右の名誉ある席につき、すべてのみ使い、天の軍勢を支配しておられます。

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【聖書】1ペトロ2章

 

汽撻肇蹐亮蟷2章・・・・・・乳飲み子のように慕い求める
「生まれたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。」2:2

くぅ〜ママのちょっと一言
「だから」から2章は始まっていますが、1章の23節の「神の変わることのない生きた言葉によって新たに生まれたのです」「だから…(成長しなさい)」とつながります。ペトロは離散して異郷の国で生きる人たちが直面する多くの問題を思いながら信仰生活のあり方を説きます。
また為政者のために祈るのはクリスチャンの役目です。国家が間違った方向に行くことがないように祈ります。日本の総理大臣のために、アメリカの大統領のために祈るわけです。私の祈りは小さいかもしれませんが、主はこの小さな祈りを聞いて下さると信じて祈ります。。そして少なくとも、信仰の自由が保障されている日本でクリスチャンとして祈りの生活ができることに感謝したいと思います。

聖書要約
生きた石、聖なる国民
憎むことや善人ぶること、不正直、ねたみ悪口から遠ざかり、乳飲み子のように熱心に救われることを祈り求めなさい。あなた方が霊的に成長するためです。そして憐れみ深いキリストに近づきなさい。人々はキリストを見捨てましたが。主はキリストを土台として神の家を建てられたのです。あなた方も神の家を建てあげる土台(石)となったのです。しかも神の祭司として選ばれたのです。神に喜ばれる霊的ないけにえをイエスを通して神にささげなさい。そのことは旧約聖書に預言されている通りです。「家を建てる時の要石であるイエスを人々は捨てたが、神には尊い石である。また聖書の御言葉を信じない者にはつまづきの石となる」と。
しかしあなたがたは神に選ばれた者たちです。暗闇から光の世界で生きるようにと救い出してくださった神を広く伝えるために選ばれたのです。そしてそのことも旧約聖書ホセア書2:23に預言されています。「かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けている」と。
神の僕として生きよ
愛する人たち、あなたがたに勧めます。あなたがたはこの地上では単なる旅人です。故郷は天にあるのですから、この世の快楽から遠ざかりなさい。また、この世の社会のルールにしたがって生きなさい。善を行いなさい。ただ神に従うという自由はありますが、その自由を悪事を覆い隠すために使ってはなりません。神のしもべとしてすべての人を敬い、クリスチャン同志愛のある交わりを保つこと、そして国家を尊びなさい。
召使たちへの勧め
召使は主人に従いなさい。良い主人であっても、悪い主人であってもです。もし不当な扱いを受けても耐えなさい。神がそれに報いてくださいます。イエスキリストはまさにそのような十字架の道を歩まれました。そしてキリストが傷つくことで私達の傷は癒されました。私達は神からはなれて迷子の羊のようでしたが、今ではどんなことからも守って下さる神の元に帰ってきたのです。

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【聖書】1ペトロ1章

汽撻肇蹐亮蟷1章・・・・・・キリストにある希望
「あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びにあふれています」1:8

くぅ〜ママのちょっと一言
この手紙の著者も諸説あるようですが、おそらく12弟子の一人のペトロと考えてよいようです。もしかしたらペトロが指示し、それに沿って書いたものをペトロが認証したのかもしれないとのことです。執筆の年代はクリスチャンの迫害が激しくなったネロの時代(62〜64年ごろ)とのこと。エルサレムを追われ、小アジアに離散したユダヤ人クリスチャンに対して書かれた手紙ですが、離散という言葉は難民という意味もあるのだそうです。私達はそのような寝食が脅かされるということはなく、その点、恵まれた環境にいます。しかしストレス社会にあって、心が病むこともあり、煩雑な人間関係の中で、生きることがむなしいと感じたり、病気に不安を覚えたりと、精神的には難民のような状況に陥ることもあります。そのような私達にまさしく語られた言葉ではないかと思うのです。迫害の中にあっても、神に信頼し、希望を持つように励ました手紙から、私たちも生きる希望を見出して、神様から与えられた命を精一杯有効に生きていきたいです。

聖書要約
挨拶
イエス・キリストの使徒ペトロから小アジアに離散し、仮住まいを強いられているクリスチャン達へ。あなたがたは父なる神からあらかじめ選ばれ、十字架の血潮によって聖なるものとされたのです。神の祝福があなたがたに益々豊かにありますように。
生き生きとした希望
子なるイエスを復活させられた神が、わたしたちを新たに生まれさせ希望を与え、朽ちることのない「永遠の命」を継ぐ者としてくださいました。だから喜びなさい。今は試練に遭っているかもしれませんが、素晴らしい喜びが待っています。試練によって信仰が固く純粋になることは、まるで金が火によって不純物が取り除かれるのと似ています。そしてあなた方はキリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉で言い尽くせないすばらしい喜びに満ち溢れています。これは魂が救われているからです
かつて預言者たちにこの救いは知らされましたが、それが実際どのようなものであるかははっきりと知らされていませんでした。また十字架の苦難とその後の死者の中から復活されるという栄光について書き記すように命じられましたが、それがいつ起るかはわかりませんでした。しかしわたしたちは今全てが知らせれています
聖なる生活をしよう
だから再びキリストが来られるのを待ち望みながら、悪から遠ざかり、神の子らしく聖なる生活をしなさい。あなたがたが「父なる神」と祈るお方は公平な方ですので、天に行くその日まで主を畏れて慎み深い生活をしなさい。私達の先祖伝来、滅び行く者でしたが、その私達を救うために、キリストは犠牲の血潮を流されました。これは世の始まりから神のご計画の中にあったことですが、今、あなたがたに祝福として与えられたのです。この神を信頼して間違いありません。あなた方の信仰と希望はこの神にかかっているのです。そしてキリストを信じたということは自己中心やねたみの心から解放され、だれでも真実に愛することができます。だからお互いに愛し合いなさい。「人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない」これこそあなた方に与えられた福音です。

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【聖書】ヤコブ5章

 

ヤコブの手紙5章・・・・・・苦しむ人の祈りを聞いて下さる主
「あなた方の中で苦しんでいる人は、祈りなさい。」5:13

くぅ〜ママのちょっと一言
この手紙を読む人の中には貧しい人をしいたげているような金持ちがいたのでしょう。その人たちに対して、後生大事にと、あたかも幸せの保証であるかのようにためてきた富が、裁きの日には、なんの役にも立たないどころか、それがかえって滅びに導くことになるとヤコブは忠告しています。旧約の預言者にしろ、ヨブにしろ、波乱万丈の人生でした。しかしどんな時でも主にゆだねきった人生でした。ヨブは生前に目に見える形で、もう一度主から祝福を頂いたのですが、生きている間は、祝福どころか辛いことばかりという人生もあるかもしれません。でもたとえそうであっても私達クリスチャンはこの世の終わりが最終とは思っておらず、むしろ天国に希望を置いているという点で、世の中の評価とは違う価値観で生きています。それはたとえ、どんな辛い状況に遭ったとしても、最終的にはハッピーなんだという確信なのです。

聖書要約
富んでいる人たちに対して
お金持ちは聞きなさい。迫りくる恐ろしい災いのために泣き叫びなさい。あなたの富みは腐り、美しい着物も虫に食われてぼろぼろになってしまいます。金や銀も値打ちがなくなってしまいます。それどころか金持ちだったことが、返ってあなたに不利な証言となります。後生大事にと、あたかも幸せの保証であるかのようにためてきた富が、裁きの日、(主の再臨の日)には、なんの役にも立たないどころか、それがかえって滅びに導くことになります。搾取された労働者の声が主に届いたのです。
忍耐と祈り
だから主の再臨の時まで忍耐しなさい。収穫を待つ農夫の忍耐に学びなさい。苦難に耐えた預言者を見倣いなさい。彼らは苦しみの中で主を信じ続けたので、天では幸せに満ちているでしょう。ヨブは忍耐した末、前以上に祝福されたのです。
大切なこととして、天にも地にも「誓わないこと」ただ「はい」「いいえ」と言いなさいと。誓ったばかりに神の裁きを受けることがないためです。苦しんでいる人は祈りなさい喜んでいる人は讃美をしなさい病気の人は祈ってもらいなさい。主が癒してくださいますし、主が罪を許してくださいますから。また正しい人の祈りは大きな力があります。エリヤは祈りによって雨を降らしました。信仰を持ちながら、そこから離れてしまった人を、どうか連れ戻してあげてくださいと。魂を死から救い出し、神さまに罪を赦していただけるようにしてあげなさい。

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【聖書】ヤコブ4章

ヤコブへの手紙4章・・・・・・主が許して下さるならば
「むしろ、あなたがたは「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです」4:15

くぅ〜ママのちょっと一言
クリスチャンの生き方を示す御言葉が満載の4章です。中でも特に教えられるのは「得られないのは求めていないから。」また「動機が自分の喜びのためなら得られない」「私達が神に近づいたら、神が私達に近づいてくださる」「主の御心であれば、あれもしようこれもしようと言うべきです」などです。
「祈りがきかれる」という表現をよくクリスチャンはしますが、これらの御言葉は「きかれるための祈りの姿勢」を示していると言えるかもしれません。ただ「祈りがきかれる」というのは大変主観的なことだと思います。客観的に聞いた人には伝わらない、霊的な流れがあり、それを感じた者は確かに主が働いてくださったと確信します。その積み重ねが揺るがない信仰へとつながっていくように思います。

聖書要約
神に服従しなさい
私達の間で起る戦いや争いはそれぞれの心にある欲望が原因です。人を殺してでも欲しいものを手に入れたがり、力ずくでもと取ろうとします。得られないのは神に願い求めていないからです。もし神に願い求めても得られないときは、自分の楽しみのためという間違った動機で求めるからです。
また、この世の快楽を求めるということは神を敵に回すことになります。わたしたちの愛が不信仰なこの世に向けられた時、神はそのようなわたしたちをねたむほど深く愛されます。そしてわたしたちが悔い改めた時にはもっと豊かな恵みをくださいます。神は高慢な者を敵とし謙遜な者には恵をお与えになるのです。神の前に謙遜になったら、悪なる力は離れていきます。神に近づきなさい。そうすれば神は近づいてくださいます。そして罪の生活から足を洗いなさい。神への思いだけで心を満たしなさい。悪いことをしたときは涙を流して心から悲しみなさい。この世の楽しみに興じていた自分を悔い改めて、虚しい笑いや喜びを、心から憂い悲しんで、神の前に謙りなさい
兄弟たちを裁くな
悪口を言い合うという事は律法の「互いに愛し合いなさい」という御言葉を守っていないばかりか、御言葉が間違っていると裁いていることになりますと。
誇り高ぶるな
色々なことを私達は計画しますが、明日の命の保証はないのです。だから「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。自分に頼ったり、成すべき善を知りながら、しないのも罪です。

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